089:隔離された故郷(1)
その時、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。最初に入って来たのは、母さんだった。その母さんは、最近には珍しい笑顔であり、更に何故か勝ち誇ったような表情でもあった。
この母さんの事だ。どうせ、「私が夫を理不尽な災厄から救い出してやった」とでも思っているに違いない。僕の母さんは、どこまでも勝ち気で不遜な性格の女性なんだ。
だけど、その次に入って来た父さんと思われる男性を見て、僕は思わず息を飲んだ。ほとんど三ヶ月ぶりに見た父さんは、まるで見知らぬ人のようだったからだ。
覚悟はしていた。あのリカちゃんの外見が、あんな風に変わってしまったんだ。父さんだって、変わっていない筈がない。
「ふふっ、樹ったら、何をボーっとしてるのよ」
「あ、ごめん」
父さんは、ほとんど白髪に近いような髪をしていた。それに、瞳は薄茶で肌だって白い。だけど、何よりも気になったのは、身体が驚く程に痩せていた事。そして、顔には深い皺が刻まれており、明らかな疲れの跡が見て取れた。
「父さん、痩せたね」
「ああ、そうみたいだな。実は昨日、ヒカリ市を出たんだが、そのままトキオの本社に顔を出したら、出迎えてくれた社長秘書の子に気味悪がれてな。その後、社長にも驚かれちまった。で、そのまま病院に連れて行かれて、検査入院させられてな……」
「あなた、立ち話もなんだから、まずは台所へ行きましょうよ」
相変わらず、父さんは饒舌だった。たぶん、イルージョンの影響でハイになっているんだろうけど、久しぶりにナコヤに来て家族に会えたからってのもあるのかもしれない。
その父さんは、祖母や叔母さん達がいるにも関わらず、ダイニングでも大声で喋りまくっていた。
「……そんでな、簡易検査の結果なんだが、俺が体内に取り込んだイルージョンの量は、こんな見た目の割には大して多くないんだとよ。まあ、遠隔で指導してもらっている医師の忠告を守って、徹底的に外出しないようにしてたからな。と言っても、仕事が忙しくて出ようにも出られなかったんだけど、それが結果的には良かったって訳だ。うちの防塵対策は完璧だから、工場にいる限りは比較的安全なんだよ」
「あの、あなた。それで、異動の話はどうなったの?」
「ああ、予定通り工場の方は閉鎖する事になった。いくら、ライン設備とかが無事でも、部品が入って来ないんじゃ、どうしようもないからな」
「そうなのね」
「そんでも、まだ工場の中身は、そのままにしてあるんだわ。社長が、『取り敢えず、本社の方に顔を見せろ』って言うんで、いったん、全員で撤収したんだ」
「てことは、もう一度、ヒカリ市に行く事になるの?」
「あ、いや、その必要は無くなった。行くとしても、別の奴が行く事になると思う。それも、だいぶ先になるだろうな。それより、この後の事なんだが、今日はここに泊めてもらって、その後は、また大学病院に入院だ」
「えっ、大学病院って、何処の?」
「安心しろ。ナコヤだよ。そこん所は、会社も気を利かせてくれたみたいだ。それに退院した後は、たぶん、こっちの勤務になると思う」
「そっか。良かったね、父さん」
「まあな。『今回の事で迷惑を掛けたから』っていう詫びの意味も込めてなんだろうけど、部下の連中は地元出身者が多いから、あんまり喜ぶ気にもなれん。うちみたいに、地元以外の連中は全員、五月中には家族をヒカリ市から逃がしたんだが、地元出身者の中には、どうしても外に出て行かない家族が多くいてな。とても残念なんな事なんだが……」
それ以上、父さんは言わなかったけど、その先の事が僕には分かってしまった。だけど、その事には気付かないフリをして、僕は別の事を訊いた。
「あの、父さん以外の従業員の人達も皆、入院するの?」
「当然だ。中には俺よりも酷い奴らがいてな。たいてい、そういうのは地元出身の連中なんで、トキオの大学病院に強制入院だ。それ以外の奴らは、だいたい俺と同じで、希望する所の病院に送り込まれる事になると思う」
「そっか。で、父さんの入院は、どのくらいになるの?」
「ハッキリとは分からんが、イルージョンが身体から抜けるには、半年くらい掛かるそうだ」
「えっ、そんなに?」
「ああ、半年だ。でも、その前に退院はできると思うんだが……」
「そっか。そうだよね」
僕が安心していると、母さんが少し意外な質問をした。
「あら、体内に取り込まれたイルージョンは、簡単には身体から排出されないんじゃなかったの?」
「おいおい、お前は俺がいなくなった方が良いのか? ていうか、それを言ったのは、お前だろう?」
「いや、そういう事じゃなくて、単純に疑問に思ったから……」
「まあ、言いたい事は分かるけどな。体内に取り込んだイルージョンが少ない分には、何とかなるみたいだ……。と言っても、髪の毛とかは、このままだそうだけどな」
僕は、父さんの話を聞いて、ふと『リカちゃんは、大丈夫なんだろうか?』と心配になってきた。
「まあでも、最近は割と良い薬もあるみたいでな。まだ治験段階なんだそうだが、それを俺に処方してくれるらしいんだ。それで、中毒症状とかも多少は抑えられるらしいぞ」
ヒカリ市の自宅で電話した時と同様に、父さんは口数が多かった。それに今の父さんは、自分の事でも、何だか他人事のように話す。
そういう所からすると、やっぱり、かなりイルージョンの影響を受けてるって感じがする。
「あれ、お母さん、どうしたの?」
突然、母さんが祖母さんに声を掛けた。いつの間にか祖母さんは固く口を閉ざして、驚愕の目で父さんを見詰めていたんだ。
だけど、その間も、父さんの話は続いて行く。
「しっかし、今回は本当に酷い目に遭ったよ。ここ最近は外出もままならない状態で、ほとんど働きづめだったからな。食い物も缶詰だとかレトルトばっかりだったし、テレビは映らんし……、いやあ、こんな事は、もう二度と御免だな」
「なるほど、大変だったのね」
「まあな……。あ、そういや、センターヒルズの家の事なんだが、やっぱり放置するしかなさそうだ。ただ、会社の方も事情を理解してくれていて、だいぶ同情的でもあるんだ。それで、今回の新型発電所事故に関わる一連の対応を理由に、特別報奨金が出るらしい。要は、家の方の損害は、それで賄えって事なんだろうけど……」
「あら、それでも助かるわ」
「まあ、そうだな。今回の損害の一部でも補填してもらえれば御の字だわな。だけど、家具の持ち出しとかは難しくってな、結局、俺が持ち出せた物は、ほとんど無かったよ」
「大丈夫よ。どうしても欲しい物は、今回、私の方で運んだから」
「そうか……。あ、それとだな……」
それから、父さんは少し躊躇った様子を見せてから、先を続けた。
「実はな、いよいよ政府がハッピーアイランドを本格的に隔離するらしいんだ。俺が得た情報だと、今日か明日にでも発表になるらしいぞ」
★★★
僕の父さんと再会した日の翌朝、暦は八月になった。そして、この月曜の朝、さすがの祖父母をも驚愕させる程の衝撃的なニュースが、僕らの食卓を襲ったんだ。
『本日の早朝六時に行われました枝松官房長官による緊急の記者会見で、ハッピーアイランド州の西部を除く地域の隔離が発表されました。今回の新型発電所事故で外部に流出したイルージョンの作用によって、従来とは全く異なるタイプの病原菌が発生した為、それを封じ込める目的による緊急措置ということです。その病原菌は既に対象となる地域全体に蔓延しており、これ以上、その病原菌が広がるのを防ぐ必要があることから、記者会見での枝松長官は、「今回の緊急措置を菅野首相は、まさに断腸の思いで下されたと思う」と述べられました。これに対して記者団からは、「今回の措置は、あまりにも突然すぎる。このような広範囲の市町村の隔離にまで至った経緯を、もっときちんと説明して欲しい」とか、「何故、もっと早く情報を公開できなかったのか?」といった質問が相次ぎ、最後に枝松長官は、「今回は、我々の想像を絶する想定外の事態であった為、判断が遅れた。今後はこれを教訓として受け止め、速やかに万全の対応をしていく」といったコメントを述べられました。尚、この病原菌の人体に対する影響につきましては、まだ一切分かっておりません……』
チャンネルを替えてみると、司会役のタレントがゲストの政治家に対し、『このような重大事態が何故起こったのか?』と噛み付いていた。その老獪な代議士は、そのタレントを落ち着いた表情で見据えながら、悠然と言葉を返した。
『今回の事故は、いわば神様の仕業のようなもんです。とても予測なんて出来る筈もない……』
END089
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、「隔離された故郷」の続きになります。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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