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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十三章:焦燥(夏休み)
88/106

088:ナコヤへの帰還


僕と母さんがトキオへ旅立って七日目、僕らは無事にナコヤへ戻って来た。

新幹線ナコヤ駅の改札を出た所で僕らを迎えてくれたのは、香澄かすみ叔母さんだった。


「もう、あおいお姉ちゃんもいつきくんも、入院したって聞いた時は、すっごく心配したんだからね」


その叔母さんは、いきなり僕に抱き付いてくる。

周囲の人達の視線が気になって、僕は恥ずかしい事この上ない。


「入院ったって言っても、検査が目的なんだから、全然、大した事じゃないわよ」

「そんでも、心配なもんは心配なのっ! お姉ちゃん、今まで病気らしい病気はしてこなかったじゃない。それがいきなり入院だなんて、心配するに決まってるでしょうがっ!」

「はいはい。こんな所で怒鳴らないでよ」


そういや、今日は日曜日。しかも夏休みとあって、駅のコンコースは人が多い。こんな所で、立ち止まってるだけでも迷惑だ。

僕らは、慌てて隅の方へ寄った。


「でも、良かったわあ。こうして無事に帰って来てくれて……。ほんと、気が気じゃなかったんだからねっ」

「もう、香澄ったら大袈裟ねえ」

「全然、大袈裟じゃないわよ」


確かに、大袈裟なんかじゃなかった。ヒカリ市の現状は、それだけ異常だったし、子供達を中心に、既に多くの人命が失われていたんだ。


「そういや、萌香もえかちゃんは、どうしたの?」

「萌香なら、彩人あやとくんと一緒にお留守番してるわよ」

「えっ? てことは、椿つばきも来てるの?」

「当然でしょう。今は、車で待ってるわ。さあさあ、早く行きましょう」



★★★



車の運転席で僕らを迎えてくれた椿叔母さんは、僕の頭を見た途端、「うわあ、いきなり茶髪に染めちゃって、どうしたの?」と騒ぎ出した。


「樹くん、夏休みだから染めたとか?」

「そんな訳ないですよ。てか、そんなの母さんが許す筈ないじゃないですか」

「そうよねえ……。あれ、葵お姉ちゃんも茶髪って事は、二人で染めたとか?」

「だから、僕ら入院してたってのに、何で髪を染めなきゃなんないんですか?」

「うーん、看護師さんの気を引く為とか?」


僕の髪の毛が茶色いのは、もちろんイルージョンの影響だ。でも、たった一日でこんな風になっちゃうなんて、確かにおかしい。金森さんも言ってたけど、やっぱり、イルージョンの濃度が相当に高かったとしか思えない。

ちなみに、これは山口医師から聞いた話なんだけど、髪の毛も瞳や肌の色も一度こうなってしまうと、なかなか元には戻らないらしい。

僕は、椿叔母さんの様子から、夏休み明けの先生やクラスメイト達の反応が心配になった。


そんな風に僕が悩んでいる間にも、母さんと椿叔母さんの言い合いは続いていたようだ。


「もう、イルージョンの影響じゃなかったら、椿は何で髪の毛の色が変わったと思うのよ?」

「うーん、マジで染めたんじゃないとなると……、突然変異とか?」

「呆れた。そっちの方が、ずーっと不思議じゃないの」


それから僕らは、四人で少し高級そうな和食のチェーン店に入った。椿叔母さんも香澄叔母さんも、子供がいない時だからこそ、こういう店でゆっくりと食事を楽しみたいという事らしい。

僕らが案内された席は個室になっていて、注文したのはランチメニューの解析定食。法事とかの時しか食べられないような料理だけど、椿叔母さんによれば、夜だったら倍の値段がするそうだ。

僕と母さんは、ゆっくりと食事を味わいながら、ヒカリ市で見聞きした事を淡々と説明して行った。


「ふーん。やっぱり、私がアメリカで知らされたのは、だいたい事実だったって訳ね」

「まあ、そういう事になるのかな」

「でも、人が消えて行くっていうのは、想像以上だわ。まさか、あの可愛かった愛奈あいなちゃんまで……あ、ごめんなさい」

「いや、僕も『現実を受け入れなきゃ』とは思ってるんです。だけど、気持ちが付いて行かないっていうか……」

「まあ、そうだよねえ」

「あのー、香澄も樹くんも、その与太話、本当に信じちゃってるわけ?」

「えっ、与太話?」


僕が、『この人、何を言ってんだ?』という目で見ても、椿叔母さんは動じないようだった。仕方なく僕は、別の方向から押してみることにした。


「あの、椿叔母さん。別に僕が言ったのを信じなくても良いですけど、この事を誰かに言いふらしたり、ネットに書き込んだりだけはしないで下さい。あ、もちろん、マスコミに知られるのもダメですからね」

「えっ、どうして? 話としては、面白いわよ」

「僕は、全然、面白くなんかありません。それより、今回の訪問には守秘義務ってのがありまして、ヒカリ市で見聞きした事をむやみに口外しないって契約なんです」

「あはは、ますます作り話めいてきたわね」

「だから、そういった事をされた場合、ここにいる四人の命が危険です」


僕が真顔で言うと、椿叔母さんは更に激しく笑い出した。

母さんがボソッと、「椿に話すのは、止めておいた方が良かったわね」と呟いたのだが、それさえも演技としか思っちゃいないようだ。


「あの、椿お姉ちゃん。樹くんが言ったのは、全然、冗談なんかじゃないのよ」

「あはは……、香澄ったら、まだそんなこと言ってんの?」

「あのね、椿が公安警察に引っ張られるのは自業自得だけど、その場合、彩人くんはどうなるの?」

「えっ、何で私が捕まるわけ?」

「たぶん、国家反逆罪ってとこかしらね」

「あはは、いくら何でも大袈裟でしょう」

「椿ったら、まだ分かんないの? ヒカリ市だけで十万人以上、ハッピーアイランド全体では、その倍以上の人が、既に亡くなってるのよ。その事実を政府は必死で隠したがってる。その為だったら、あんたやあんたの家族を殺して口封じをするぐらい、今の公安警察は平気でやってのけるわよ」

「ちょっ、ちょっと待ってよ……。それ、本気で言ってんの?」

「さっきから、そう言ってるでしょうが。私と樹は、そういう危険な所へ行って来たの。と言っても、証拠は髪の毛ぐらいしかないんだけどね」

「あの、僕の元担任の先生の姿を見てもらえれば、椿叔母さんも信じざるを得ないと思いますよ」

「いや、それも簡単じゃないわよ。麻衣ちゃんだって菊池先生のお見舞いの後は、横暴な私服警官二人に、しつこく尋問されたって話だもの」

「えっ、それ本当なの?」

「もちろん……。まあ、私達だって、当面は要注意人物ではあるんだけどね」


僕の問い掛けに、母さんは即答だった。母さんは母さんで、そういった警官と入院中に接触したりして危機感を持ったみたいだ。


「とにかく、国は新型発電所事故について、非常にナーバスになってるの。あんたが信じる信じないはどうだって良いんだけど、あんたの変な思い込みで大切な人を失わないように注意しなさい。これは、姉としての真面目な忠告だからね」


いつになく真剣な表情の母さんを前に、さすがの椿叔母さんも頷かざるを得ないようだった。



★★★



僕らが祖父母の家に戻ると、直ぐに彩人と萌香が走って来て出迎えてくれた。その後に来た祖母は、「おかえり」の挨拶もそこそこに、母さんに向かって、「弘道ひろみちさんが帰って来るみたいだよ」と言った。


「いつ?」

「あんたらを出迎えに椿と香澄が出て行って、ほんの二十分もしない頃だったんだけど、電話があったんだよ。あの人、もうずーっと電話ひとつ寄越さなかっただろ? それで、あたしもついつい嫌味を言ってやったんだ。そしたら、何でも新幹線の中から架けてるって言うじゃないかい」

「えっ?」

「やっぱり、葵も聞いてなかったのかい? まさか、向こうで会えなかったんじゃないだろうね?」

「うん、会えなかったわ……あ、でも、電話では話したのよ」

「何なんだい?、弘道さん、そんなに忙しいのかい?」

「いや、そういう事じゃないんだけど……、取り敢えず仏さんにお参りしてくるわ」


母さんは長話になると思ったのか、僕を連れて仏間に行き、仏壇に手を合わせた。それから、ダイニングに入って行くと、食卓テーブルの上にお茶と和菓子が用意してあった。和菓子は、香澄叔母さんが買って来た物らしい。

母さんは、改めて祖母に向き直って言った。


「お母さんね、もうだいぶ前から、ハッピーアイランドから外への電話は繋がらないようになってるそうなの。それで弘道さんは、電話したくてもできなかったらしいわ。彼、ずーっと会社で寝泊まりしてて、家には帰ってなかったみたい。それに、外は危険だからって、なかなか外出もできなくって……、なんて話をしても、どうせまた、お母さんは信じちゃくれないんでしょうけど……」


祖母の顔が次第に怪訝なものになって行ったのを見て取ってか、母さんの話が途中で途切れた。

代わりに香澄叔母さんが口を開いた。


「あの、お母さん」

「どうしたんだい、香澄?」

「葵お姉ちゃんの言うこと、もっと信じてあげて欲しいんだけど……」

「香澄、もう良いのよ。それより、お母さんには、あんまり本当の事を言わない方が良いかもね。変な事を言いふらされて、公安警察に目を付けられたりしたら大変だもの……」

「分かったわ」

「葵も香澄も、いったい何を言ってるんだい? ていうか、警察がどうしたんだい? あんたら、何か悪い事をやったんじゃないだろうね?」

「あ、いや、大丈夫だから」

「お母さんには、言っても分からないだろうから、忘れて頂戴」


祖母は、相変わらずイラ立った顔をしている。だけど僕がいるからか、怒りたくても怒れない状況のようだ。

ところが、その祖母が僕の髪の毛に気付いてしまった。それで、今度こそ怒ろうとしたようなんだけど、途中で言葉を飲み込んでしまい、更に困惑の色を増しただけだった。たぶん、母さんも同様の髪の毛をしていて、その母さんが僕を叱らない事に気付いたからだろう。

その後は、椿叔母さんの時と同じ様な会話の繰り返しだったのだが、祖母の方がもっとしつこかった。それで母さんは、僕らがトキオで入院していて髪を染めている時間なんて無かった事を、入院の時の書類を見せながら丁寧に説明した。


それなのに、話が入院した理由になって、母さんがイルージョンという言葉を出した途端、またしても祖母の顔に怪訝な表情が浮かんでしまう。

そんな母さんと祖母との噛み合わない会話に、僕らがウンザリし出した時だった。母さんのスマホに父さんからのメッセージが入った事で、突然、母さんの顔にパッと笑顔が浮かんだ。

そして母さんは、嬉々として家を出て行くと、自分のミニバンを走らせてナコヤ駅へと向かったのだった。




END088


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、政府の新しい動きを中心に話が進んで行く事になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。


また、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

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