087:病院にて
トキオに戻った僕ら五人は、ひとまず金森智哉さんの知り合いの医師がいる病院に入院させられる事になった。入院と言えば聞こえは良いけど、要するに隔離である。
もちろん、短期間とはいえイルージョンに身体が蝕まれた訳で、その治療の意味もある。だけど、それ以上に大きいのは、ヒカリ市で見聞きした事の聞き取りがメインで、それと合わせて、それらの事をむやみに言いふらさないようにといった念押しというか脅迫の意味もあるように思われた。
もっとも、聞き取りのスタイルは、刑事ドラマで良く見る取調室で厳ついオジサンが行うものとは違っていた。ていうか、むしろ正反対で、場所は病室。僕を担当してくれたのは、リカちゃんよりも若い二十代の綺麗なお姉さんだった。その彼女は、安斎代議士の事務所に勤務している事務官なのだという。
ちなみに、何回かに分けて行われた聞き取り調査の後、僕は金森さんに訊いてみた。
「あの、僕には守秘義務があるって事ですけど、どのくらいの制限があるんでしょうか? えーと、イルージョンって言葉を人前で言ったらダメだとか……」
「あはは。そんな訳ないよ」
「じゃあ、僕の叔母さんとかにしつこく訊かれたりした時は、どこまで話して良いんでしょう?」
「身内って事だよね? まあ、微妙ではあるんだけど、基本的に樹くんが身内の人や親しい友達とかに話す分には、問題にならないと思って良いよ」
「えっ、そうなんですか?」
「だって、考えてもみなよ。四六時中、樹くんの行動が見張られてる訳じゃないんだ。だから、誰かに話した時点では、通常の場合、問題にはならない」
「なるほど」
「だけど、樹くんが漏らした情報が、ネットに上がったりマスコミに流れたりした場合は、それなりの対応を取らせてもらう事になるからね。つまり、絶対にそういう事をしないっていう人だったら、話しても良いって感じかな」
てことは、やっぱり話せる相手は厳選する必要があるって事だ。
★★★
病院として本来の役割で僕らの世話をしてくれたのは、五十代の温厚な山口医師と、まだ大学の看護学部を卒業したばかりだという若い看護師の青木さんだった。
金森さんの知り合いの医師というのは、どうやら山口医師の事らしい。実際にどういった関係かまでは聞いてないけど、幼少時から世話になっているという事なので、いわゆる掛かり付けの医者といった関係なんだろうと僕は思う事にしていた。
入院と言っても、具体的なイルージョンの症状としては、多少髪の毛の色が茶色くなった程度で、自覚症状はほとんどない……。いや、翌日の朝、明らかに身体がだるいという自覚症状はあったんだけど、それが疲れによるものなのか、多量のイルージョンを身体に取り込んだ影響なのかは、山口医師も調べてみないと判断が付かないという事だった。
僕ら五人には、それぞれに個室が用意されていた。僕は母さんか翔太と一緒でも良かったんだけど、あいにくと二人部屋というのは無いらしい。
僕の病室にはカード式だけどテレビがあって、それから、病院の図書室みたいな所に古いマンガ本がいっぱいあったから、暇な時間でも退屈しないで済んだ。入院とは言っても、メインは検査。残念ながら空き時間が重ならず、それに例の聞き取りと検査とで意外と忙しかった事もあって、なかなか翔太と話す時間は取れなかった。
そんな中、僕らが入院して三日目の午後の事だった。青木麻衣がひょっこりと僕の病室に現れたのだ。
その麻衣の話では、実は山口医師と彼女のお父さんとは、大学時代からの友達なのだと言う。
「翔太の従兄の金森さんに山口医師を紹介してあげたのは、実を言うと、この私なの。五月に山口医師が出張でオサカに来た時に会って、前々からイルージョン症候群に興味があるって話を聞いてたんだよね。それで、ちょうど良いかなあって思ったの」
麻衣は、実は昨日も病院に来ていて、僕が検査をしている間に翔太と会っていたそうだ。
「昨日も待ってたんだけど、樹くん、ちっとも検査から戻って来なかったからさ。今日、出直して来たってわけ」
「そっか。悪かったね……。あ、そういや、リカちゃんとは、もう会ったの?」
「昨日、会ったわよ。金森さんとも葵さんとも会った。会えなかったのは、樹くんだけ。でも、リカちゃんとは少ししか話せなかったから、この後も会いに行くつもり」
「そっか。驚いただろ?」
「うん。ガイジンさんみたいだったよ。それに、凄く痩せちゃったよね」
僕は、鯨岡菜摘と緑川瑞希の見た目も、リカちゃんと同じように変わってたって言おうとして、口に出さないでおいた。麻衣の前でも二人の名前は、言っちゃマズいって気がしたんだ。
「リカちゃん、見た目はあんなだけど、全然、中身は変わってなくてさ。帰りの車の中で僕に、金森さんの事、訊いてくるんだ」
「ふーん。相変わらずリカちゃんって、面食いだなあ。智哉さんって、相当なイケメンだもんね。うーん、翔太も智哉さんくらいに背が高かったらなあ」
「あいつなら、まだ伸びるだろ」
「そうだと良いんだけど……って、別に私は、翔太の身長には拘ってないんだけどね」
「あはは。まあ、そうだよな」
麻衣は、ヒカリ市であった事のほとんどを、既に翔太や金森さんから聞いていたようだ。だから、そんなに僕から話さなくて良いのは、心底、助かった。
それに麻衣は、ヒカリ市での事を話題にするのを敢えて避けているようだった。案外、翔太から何か言われたのかもしれないと、僕は思った。
「それでさ、あれから隣の席の子とは、どうなの? ちゃんと仲直りした?」
麻衣が田中さんのことを聞いてきた。田中さんのことは、前々からちょくちょく麻衣に相談していたのだ。
でも、麻衣に田中さんのことを話したのは、七月上旬が最後だった筈だけど、えーと、サッカー部の夏季大会の時の事を話したかどうかは、覚えてないや。
「一応、上手く行ってるんじゃないかな。夏休みの間も、ちょくちょく会って勉強教えてもらう約束もしてるんだ。もっとも、サッカー部の友達や、クラスの他の女子も一緒だけど。えーと、サッカー部の大会に応援で来てくれたのは、言ったっけ?」
「聞いてないよ」
「そうだっけ。えーと、田中さんだけじゃなくて、友達の子とかも一緒に来てて、弁当とかも作って持って来てくれたんだ。試合の方は一回戦で負けちゃったんだけど、そん時には、もう普通に話せるようになってたって感じ」
「そっか。良かったじゃない。その子、樹くんの新しい彼女にしちゃいなよ」
麻衣にサラッと言われたことに、不思議と僕は反論する気にならなかった。麻衣だって、そんなに簡単なことじゃないことは良く分かってる筈。それを敢えて言ったってのは、麻衣なりの思いを込めての発言だったって事だ。そんなの、怒ったらバチが当たるってもんだ。
「田中さんとのことは、まあ、気長にやるよ。だけど正直な所、彼女の方に、そんな気があるとは思えないんだよな」
「そんなこと無いって、前からずっと言ってるじゃない。その子、樹くんに気があるわよ。たぶん私、その子と似たような性格だから、良く分かるの。絶対、間違ってないと思う」
麻衣のあまりの剣幕に僕は、「そうだと良いな」と呟くので精一杯だった。
その時、看護師の青木さんが談話室に顔を出して、「そろそろ次の検査だから、準備するように」って言われた。
「麻衣も、あんまり長く香山くんを引き留めちゃ駄目でしょう。香山くんも金森くんも検査で忙しいんだし、身体の方も充分じゃないのよ」
「それは分かってるんだけど、そこまでの病人って訳じゃないじゃないの。特に香山くんの場合は久しぶりに会ったんだから、ちょっとぐらい良いでしょう?」
青木さんと麻衣の会話を聞きながら、僕はようやく気付いた。二人が同じ名字だということは、麻衣のお姉さんの……。
「ひょっとして、果歩さん?」
「そうよ。香山樹くん、やっと気が付いてくれたのね。まあ、しばらくの間、会ってなかったから仕方ないかもね」
果歩さんは麻衣の歳の離れたお姉さんで、トキオの大学の看護学部に行ってから、もう五年近く会っていない。だけど、僕が小さい時は、良く遊んでもらったって記憶がある。
麻衣は、僕らがヒカリ市から戻った日にトキオに来て、それから果歩さんの所で寝泊まりしているそうだ。その麻衣は、四日目にも来てくれて、その時は翔太も一緒だったから、昔のことをあれこれと話して盛り上がった。
だけど、鯨岡菜摘と緑川瑞希の名前は、誰も一度も口にしなかった。
そして五日目の朝、リカちゃんを除く僕ら四人は退院し、僕と母さんはナコヤに戻ったのだった。
END087
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、ナコヤに戻っての話になります。
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