086:ヒカリ市脱出(2)
ヒカリ市を出て直ぐの所にあるコンビニを出た後、僕らの車はすんなりと高速に乗る事が出来た。ここまでくれば、後は一直線に南へ向かうだけだ。途中で片道一車線の所があろうと、二時間も掛からずに都心に入れるに違いない。
僕は、ふと気になった事を金森さんに訊いてみた。
「あの、さっきのコンビニの神永さんって、奥さんや子供さんはいないんですか?」
「いるけど、先月のうちにトキオの実家へ行かせたそうだよ。実は、この辺もまだ非常事態宣言の範囲内なんだ。と言っても、ヒカリ市とは違って出入りは自由なんだけどね……。まあでも、多少なりともイルージョンに汚染されてる筈だから、避難して当然なんだろうな。お子さんは女の子で、まだ二歳だったと思う」
「そうだったんですね」
「あのコンビニの辺りは、人がまばらになってるって言ってたな。それで、売上が相当に落ち込んでるそうなんだ。今は夜間営業は無しで、彼だけのワンオペで何とか回してるらしい。それも、そろそろ限界だって言ってたよ」
「なるほど、大変なんですね」
「そうみたいだね。今月中は何とかなるみたいだが、来月から商品の配送が難しくなるみたいなんだ。そうなると、しょうがないだろうな。あいつは、そんでも在庫がある限りはやるって言ってたけどね」
「あの、そうなると、ヒカリ市の方にも商品が行かなくなるんじゃ……」
「いや、そっちは救援物資の意味合いもあるから、まだ大丈夫だとは思うんだが……、僕からは何とも言えないね」
「そうですか……」
どうやら、色々と大変なのは、ハッピーアイランドの住民だけじゃないみたいだ。
「あの、金森さん。僕、昨日から不思議だったんですけど、新型発電所の爆発の直後は、トキオの方も汚染されたって感じでしたよね? ほら、首都圏の水だとか、ホウレンソウからイルージョンが検出されたって、ニュースで良く言われてたじゃないですか? それなのに、その後のトキオの話は、あまり聞かないですよね? コオリ市とかハッピー市の事は分かりませんけど、ヒカリ市があんなに酷い状態だってのに、何でトキオは割と普通なんでしょうか? 確かに、新型発電所との距離の差はあるかもしれませんけど、あまりに差があり過ぎるって気がするんです。それとも、そのうちにトキオもヒカリ市みたいになっちゃうんでしょうか?」
金森さんは、僕の質問に真面目に答えてくれた。
「本来、イルージョンは非常に微細な粒子なんだが、空気中を漂っているうちに、時間が経つと塵や埃とかに吸着して、次第に粒が大きくなって行く性質があるんだ。そうなると重量が増して、そんなに遠くには飛ばなくなる。それで、かろうじて今はハッピーアイランド州の中に汚染地帯が治まっているって感じだと思う。もちろん、イルージョンの粒子が様々な物にくっ付いて遠くに運ばれて行くことはある訳で、他の地域が安全だとは言えないんだが、少なくとも、今のヒカリ市のような状態にはならないと思うよ」
「なるほど、分かりました」
「事故が起きた直後は、更に大きな爆発の可能性があったから、ニホン政府どころか国際社会までもが大騒ぎになったんだが、そうした懸念は、もうほとんど無いと言って良い。それで、今の政府の関心は、ようやくハッピーアイランドに向かってるって思うんだ」
そこで僕は、心の底から湧き上がってきた疑問を思い切って訊いた。
「あの、金森さん。その場合の政府の関心って、ハッピーアイランドの人達を助けようって事とは違いますよね?」
金森さんが黙ったままだったので、僕は更に言葉を続けた。
「あの、金森さん。前々から思ってた事なんですけど、元々政府は、ハッピーアイランドの僕らの事なんて、どうだって良いと思ってたんじゃないですか? いや、それどころか、今までのヒカリ市に対する対応を見てると、僕らをスケープゴートにしてたって感じがするんですけど」
それまで、僕と金森さんは比較的小声で話してたんだけど、狭い車内なだけに全員が聞いていたようだ。突然、三列目のシートのリカちゃんが声を上げた。
「そうですよ。絶対に酷いです。どう見たって、うちらの命なんて、ゴミくらいにしか思ってないんじゃないですか!」
リカちゃんの叫び声の後、しばらくの間、金森さんは黙り込んでいた。
だけど、やがて彼はボソッと、「そうかもしれませんね」と呟いた。
「所詮、政治家も役人も、他人の命なんて二の次だって考えて、平気で見殺しにできる人種です。今回は、犠牲になった人の数が多過ぎたきらいはありますが、本質的な所では変わっていません」
金森さんは、そこで言葉を止めてから、再び話し出した。
「ヒカリ市が安全宣言を出した時、うちのボスは渡部市長を電話で叱り飛ばしたんです。だけど、その後は忙しさにかまけて、必要なアクションが後回しになっていたのは否めません。せめて、政府が非常事態宣言を発令した時には、直ぐに動くべきでした。だけど、その時はコオリ市とハッピー市の対策を優先して、ヒカリ市にまで手が回りませんでした。誠に申し訳ありませんでした」
金森さんが、ハンドルの上に頭を擦り付けている。見ていて危なっかしいので、助手席の翔太が慌てて止めさせたのが、僕には少しだけ滑稽だった。
★★★
さっき、ニホン政府の対応に避難の声を上げたリカちゃんは、しばらくの間、黙り込んでいた。
早朝に出発したせいか、隣の席の母さんも今は眠っているようだ。助手席の翔太も静かな所からすると、彼も寝てるのかもしれない。
この高速道路は、震災後も応急処置しかされていない為、時々車体が大きく揺れる。それで八十キロ制限になっている訳だが、金森さんは、その速度をきちんと守って走っていた。
相変わらず、上りも下りも車は少ない。時折、明らかな速度違反の車が僕らのミニバンを追い越して行く。
ちなみにリカちゃんの席は、二列目シートの僕のすぐ後ろ。荷物が多い事から、前後の座席の間は、最小限にしてある。つまり、この体勢はリカちゃんが僕に話しかけるには最適な訳で、しばらくすると僕の耳元に顔を近づけて、小声で話し掛けてきた。
「ねえねえ、香山くん。金森さんって歳は幾つかな?」
「さあ、二十代だとは思いますけど」
「年下かあ。うーん、微妙だな……」
リカちゃんは、ぶつぶつと呟いている。
さっきの発言から落ち込んでいると思っていた僕には、全くの拍子抜けって感じだ。
やっぱりイルージョンの影響が未だに続いていて、頭の中がお花畑のままなのかもしれない……。いやいや、この人って、前からこんな感じじゃなかったっけ?
「香山くん、ひょっとして私に失礼なこと考えてない?」
うわっ、気付かれた。イルージョンに冒されてても、女の勘は健在なのかも……。
「まあ、良いわ。それより、金森さんの連絡先とか知らない?」
「えーと、名刺ならありますけど……」
僕が金森さんのフリージャーナリストとしての名刺を差し出すと、それをリカちゃんは引ったくるように取って、電話番号を素早く手帳に書き写した。
「やっぱり、お礼はちゃんとしなきゃ駄目よね。だって、金森さんは私の命の恩人なんだもの……。あ、そうだ、今度お食事に誘っちゃおう」
『命の恩人ってだけじゃないでしょ』と思いつつ、僕は真後ろの席に座るブロンドの髪の女性を眺めた。
金森さんの女性に対する趣味は知らないけど、今のリカちゃんは金髪碧眼で真っ白な肌。体型は少々痩せ過ぎだけど、実年齢よりもだいぶ若返って見える。これなら、案外、ワンチャンあるのかもしれない。
その事を僕がリカちゃんに話してやると、彼女は「そんなつもりじゃないわよぅ」と言いながら、身をクネクネとさせている。
確かに昨夜、僕ん家の玄関で倒れ掛かったリカちゃんをお姫様抱っこでリビングのソファーへ連れて行ったのは、金森さんだった。彼女にしてみれば、金森さんが王子様にでも見えているのかもしれない。
まあ、頭がイルージョンに冒されたせいでもあるんだろうけど、異常なヒカリ市の状況による吊り橋効果の影響の方が大きそうだ。
僕があれこれと考えているうちに、だんだんと交通量が増えて行った。
その後もリカちゃんは僕に色々と話し掛けてきて、僕が居眠りするのを許してくれない。彼女も昨夜は短時間しか寝てない筈なのに、彼女だけ元気なのが不思議である。
やがて車は首都高速に入った。
すると、久しぶりに金森さんが声を上げた。どうやら彼は、リカちゃんと僕が時々話しているのを知っていたようだ。
「菊池さん、トキオに着いたら、僕の知り合いの医師の所に半月くらい入院してもらいます。お願いできますか?」
「えっ、でも……」
「費用の方なら、たぶん大丈夫でしょう。タダで交渉してみます。その医師もイルージョン症候群の患者を扱えるんだし、きっと喜ぶと思いますよ。それより、今のハイな状態の反動が来る筈ですから、覚悟しておいてくださいね」
「あ、あの、金森さんが時々顔を見せてくだされば、私、どんな状態だって耐えられますから……」
最後の所は脅しのつもりで言ったんだろうけど、今のリカちゃんには効果なしのようだった。
「そうですか。では、それで進めさせて頂きますね」
金森さんの顔に苦笑が浮かんだのが、僕にはバックミラー越しに見えた。
★★★
僕らを乗せたミニバンは、金森さんが言った医師のいる病院に向かっているとの事だった。そして、その病院の最寄りの出口から下道に下りた時、一台の白バイが寄って来た。その瞬間、金森さんが溜め息を吐いたのが、僕には分かってしまった。
金森さんは、速やかに一番端の車線へ移動すると、路肩に寄って車を停めた。
普通、こういう場合は運転手だけに免許証を求めるものだが、その警官は母さんとリカちゃんにも免許証の提示を求めた。
「いやあ、後ろのお姉さん、見事な金髪ですねえ?」
警官の顔は笑っているけど、目は笑っていない。
僕らが何も言わないでいると、その警官は急に無表情になって、「まあ、良いでしょう」と言った。
「えーと、安斎代議士の所の金森秘書官ですよね?」
「そうですけど」
「私は、公安警察の者です。あちらのお嬢さんは『サンプル』って事で良いですか?」
その言葉に一瞬、僕は怒鳴りそうになったけど、グッと堪えた。
金森さんが無言で首を縦に振ると、その警官は「分かりました」とだけ言って僕らを解放してくれた。
僕らにとって、とっても不愉快な出来事だった。
END086
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話からは、ようやく次章「焦燥」になります。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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