085:ヒカリ市脱出(1)
翌朝、朝の五時半に僕らは、ヒカリ市センターヒルズニュータウンの僕の自宅を出発した。
メンバーは、金森智哉と翔太、僕と母さんの他に、僕と翔太の元担任教師の「リカちゃん」こと菊地先生を合わせた五人だ。
移動手段は金森さんがレンタルした大きめのミニバン。その空きスペースに行きは食料と水を積んでいたんだけど、帰りは代わりに僕と母さんの段ボール箱に入った荷物、それとリカちゃんの大小二個のキャリーバックが入れられていた。当然、差し引きでは増えてしまったんだけど、余りの座席まで使って何とか収まったって感じだ。
ヒカリ市は本州の東端に近い位置にある為、夏場は朝早くから明るくなる。だから、早朝の五時台だと外は充分な明るさがある。
出発の前、母さんが庭のミモザの大きな残骸の前にじっと佇んでいた。ちょうど朝日を浴びたミモザの残骸は、今朝も銀色に光っている。
「今思うと、この木がこうなることを教えてくれてたのかもね」
僕が後ろに立つと、更に母さんはボソッと呟いた。
「この家の歴史と一緒に育った木だものね」
僕は、『前に朱美さんからも同じようなことを聞いたような……』とか思いつつ、無言で母さんの肩を押して、金森さん達が待つミニバンの所へ誘導した。
その母さんは、車に乗り込む前にも立ち止まって、少しだけ家を眺めていた。たぶん、今回、ここを離れたら、母さんはもう戻っては来ない筈。母さんの夢や思い出がいっぱい詰まった家なのだから、名残惜しいのは当たり前だ。
その母さんは、車に乗る前に小声で僕に囁いた。
「私ね。この家を建てた時は、ずっと死ぬまで住むつもりだったの。それが、まさかこんな事になるなんてね。人生って、本当に何があるか分からないわ」
それから母さんは二度と振り向かずに車に乗って、センターヒルズニュータウンを出るまで、じっと前だけを見ていた。
★★★
ミニバンの中は、運転席に金森さん、助手席に翔太が座り、僕と母さんが二列目。リカちゃんは、三列目の隅にちょこんと腰を下ろすといった配置だった。
そのリカちゃんの隣には、もちろん荷物が置いてあって、僕ん家から持って来た毛布が掛けてある。僕と母さんの間と足元にも荷物が置かれていた。
昨日も見た筈のヒカリ市の市街地は、どこもかしこもキラキラしていた。
たぶん、朝の陽射しのせいなんだろうけど、僕の身体の変化も影響しているのかもしれない。以前、菅波奈々子に、「イルージョンを体内に取り込むと、イルージョンの粒子が見えるようになる」って聞いていたように思うからだ。
てことは、僕よりも多くのイルージョンに冒されてしまった菜摘や瑞希は、きっと、もっとキラキラした世界にいるんだろう。
そんな事をぼんやりと考えている間に車は国道六号線に入り、どんどんと南へ進んで行く。時間が早い事もあってか、他の車は全く見当たらない。
それでも、一度だけ目の前を自衛隊の車が横切った。その時だけ、運転する金森さんの顔に緊張の色が浮かんだ。だけど、その車は、何事もなく通り過ぎて行っただけだった。
その自衛隊の車の後ろに二台のトラックが追走していた所からすると、単に食料品や日用品とかの物資を運んでいただけかもしれない。
三十分後、僕らはハッピーアイランドの州境にある検問所にいた。
昨日と同じ若い警官は、金森さんの書類を今度は詳細に確認した。そして、僕ら四人が各々差し出した身分証明書とそれぞれの顔とを逐一確認してから、僕らの通行を許可してくれた。
行きと同じで荷物のチェックまでは無くて、僕らはホッとした。
実は、検問所の少し手前の所から、菊池先生には身を屈めてもらい、その上から毛布を掛けて荷物のように見せていたのだ。僕は、『リカちゃんが小柄な人で良かった』と思った。
金森さんが再び車を走らせると同時にナビが、「イーストゲート州に入りました」の言葉を発した。
僕は、振り返らなかった。
★★★
金森さんは、検問所から五百メートルくらいの所で、左にあるコンビニの駐車場に入って車を停めた。ここで朝食を調達して、車の中で食べようという事だ。
僕が、「菊池先生、もう良いですよ」と声を掛けると、毛布の中から金髪碧眼で色白の女性がもぞもぞと現れる。僕には彼女が、今更ながらに別人のように見えた。そして、それは本人にも見透かされていたようで……。
「どうしちゃったの、香山くん? 私に見惚れちゃった?」
「あ、いや……、でも、今の先生だったら、トキオで男の人を引っ掛け放題かもしれませんね」
「もう、年上のお姉さんを揶揄うもんじゃないわよ」
「あれ、アラサーなのに、お姉さんですか?」
「ひっどーい!」
「ふふっ、大丈夫ですよ。先生って童顔で小柄だから、僕の同級生にだって見えますって」
「あのね、香山くん。そこまで言われると、私、逆に凹むんだけど」
そんな会話をリカちゃんと交わしながらコンビニの自動ドアを通ると、男の人の野太い声が掛かった。
「おっ、戦士のご帰還ですかい?」
声の主は、レジで働いている人懐っこい笑顔の男性。その彼は、金森さんの所まで行って、固く握手を交わした。
彼は、このコンビニのオーナーだそうで、僕らに「神永壮介です」と名乗った。金森さんは、彼の大学時代の友達という事だ。
「いやあ、今回は本当に疲れたよ。やっぱりヒカリ市は、とんでもない所だな」
「まあ、噂は良く聞くがな。ここ一ヶ月の間は、さすがに俺も行ったことは無いよ。人が次々と消えていくんだってな?」
「ああ、本当だったよ。今でも信じられん気分だ。思い出すと背筋がゾクゾクする。もう小学生以下の子供は、誰も残ってないんじゃないか?」
「そうか。じゃあ、政府がイルージョンの被害をひた隠しにしてるってのも、本当なんだな?」
「そうだ。だが、そうそう隠し通せるもんでもないだろう? どうせ近いうちに何らかの発表があるさ」
「なるほど。お前が言うんなら、そうなんだろうな」
朝食のサンドイッチとおにぎりを適当に見繕いながら、僕が金森さん達の会話を立ち聞きしていたのは、そこまでだった。既に自分の分を選び終えたリカちゃんが、僕を雑誌のコーナーに誘ったからだ。
「ねえ、香山くん。やっぱり、ここって何でもあるのね。あっちは最近の雑誌とか全く入って来ないのよ。それに、テレビも見れなくなっちゃったから、なーんにも分かんなくてさあ……。うわあ、この人、離婚しちゃったんだ。やっぱ、こういった派手な女に普通の家庭生活は無理なのよねえ……」
リカちゃんが見ているのは、ありふれた女性週刊誌だ。たぶん、ゴールデンウィークの辺りから、リカちゃんはヒカリ市から一歩も出ていなかったんだろう。
「私の車、壊れちゃったの。修理工場に連絡したんだけど、取りにも来てくれなくてね。まあ、学校は自転車で通えない距離でもないから、何とかなったんだけど、でも、スーパーとかも行かなきゃなんなかったし、マジで大変だったわ」
リカちゃんが九死に一生を得たって感じで、僕に向かって捲し立ててくる。そのリカちゃんだって、以前はイルージョンが漂う中を自転車で走る事自体を嫌がっていた筈。そういうのに抵抗を感じなくなっている所からすると、この人もまた半分は壊れ掛かっていたのかもしれない。
人間は、希望を失くした途端に駄目になる。
リカちゃんの場合、きっと、それが彼氏と別れた事だったんだろう。
でも、僕ん家に来てくれて、本当に良かった。
今は、誰であれ、知ってる人がいなくなるのは嫌なのだ。
今も目を輝かせて女性週刊誌のページを捲るアラサー女性の姿を見て、僕は心底ホッとした。
「さあさあ、その雑誌は車の中でじっくりと見れば良いですから、そろそろ車に戻って頂けませんか、お嬢様?」
いつの間にか僕らの後ろに、金森さんが立っていた。彼はリカちゃんの肩越しに手を伸ばして雑誌を取り上げると、それをレジの神永さんの所へ持って行く。そして自分の金で購入し、改めてリカちゃんの手元に戻した。
既に、母さんと翔太は車に戻っている様子。僕はリカちゃんの手を引いて、慌てて車の方へ向かって行く。すぐ後ろから、金森さんが追い掛けて来る。背中の方から、「金森、またな!」という神永さんの野太い声が聞こえた。
END085
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「ヒカリ市脱出」の後編です。
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