084:リカちゃんの告白
「リカちゃん」こと菊地先生と金森さんとの間の話が一段落すると、彼女は母さんの勧めで軽くシャワーを浴びに浴室へ向かって行った。その間に母さんは再度、全員分のコーヒーを用意してくれた。
シャワーを終えた後のリカちゃんは、「ああ、落ち着くわあ」と言いながら、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。
リカちゃんは、大小二つのキャリーバックを持っていて、大きい方は玄関の外に放置されていたので、先程、僕が家の中に運び込んだのだが、何だか凄く重かった。
僕が、「先生、ここまで良く運んで来られましたね」と言うと、だって、必死だったのよ」との事。
「これって、何が入ってるんですか?」
「うーん、あんまり覚えてないかも。もう随分と前に学校へ運び込んで、そのまま放置してたんだもの……」
「それ、大丈夫なんですか?」
「さあ……。開けるの、ちょっと怖いかも……。私もね、最近はほとんど学校で寝泊まりしてたの」
「理科準備室ですか?」
「そうよ。あの部屋、冷房が効くから快適だったわよ。お布団とかも運び込んであったんだけど、置いてきちゃった」
「着替えとかは、小さい方のバックですか?」
「まあね」
それから直ぐに金森さんと翔太は、割り当てられた寝室に引っ込んでしまい、母さんも「おやすみ」を言って寝室に向かって行った。
リカちゃんは今晩、母さん達の寝室の二つあるベッドのひとつを使う事になっている。だから、当然、母さんと一緒に行くと思っていたんだけど、何故か僕だけ呼び止められてしまった。
本当を言うと、明日の朝が早いから僕も二階へ行きたかったんだけど、リカちゃんは、「私、今夜は、眠れそうにないわ」なんて言うんだ。もちろん、変な意味なんて無いのは分かるんだけど、結局、彼女の長話に付き合わされるハメになってしまったのだった。
★★★
僕が転校した時点で、僕の前のクラスメイトは二十一人。その内、実質的に学校へ来ていない四家さんを除くと二十人だ。そこには北からの避難民や菅波奈々子も含まれるから、元からいたクラスメイトは十五人という事になる。
「知っての通り、五月から私は担任を下ろされて、理科準備室に引き籠ってた訳だけど、そんでも、その頃はまだ普通だったのよ。まあ、あのオバサン先生の態度が普通かっていうと疑問が残るけど、一応、授業は出来ていたもの。その後、六月に入って少ししてから、父親が勤める会社がヒカリ市から撤収するってんで、男子三人が転校する事になったの。で、その生徒達が私と藤田先生に、『一緒に、ヒカリ市から出て行きましょうよ』って勧めてくれて、私は断ったんだけど、藤田先生は校長先生の承認を取り付けて、トキオに行っちゃったのよね」
「へえ、それは良かったですね。藤田先生って、おっとりしてて、僕らの目から見ても危なっかしい感じでしたから心配だったんです」
藤田先生は、リカちゃんよりも若い英語の女性教師だ。
「そうなのよねえ。彼女、本当にラッキーだったと思うわ。校長先生から知り合いのトキオの私立高校に推薦状を書いてもらってたし……って、その後、その校長もいなくなっちゃったんだけどね」
「えっ、そうなんですか?」
「確か、六月の後半に差し掛かった頃だったと思う。突然、職員会議で、『私は、ここを辞める事になったから、後の事は滝沢君、宜しく頼む』って言い出して、騒然となったのよねえ。まあ、滝沢教頭には良い気味だって思ったんだけど……」
そこでリカちゃんは、少し躊躇うそぶりを見せた後でボソッと言った。
「正直な所、後悔してなくもないのよねえ。あの時、藤田先生と一緒にトキオに行ってたら、こんな事に巻き込まれずに済んだ訳じゃない」
「まあ、そうですよね……。でも、何で断ったんです?」
「だって、私には、まだ残りの生徒がいたんだもの。私だけ出て行く訳にはいかないって思っちゃったのよねえ……。だけど結局は、その大事な生徒達を見捨てる事になっちゃった……。あの、香山くん。私、あなたと仲の良かった女の子達を助けられなかった……。本当に、ごめんなさい」
いきなり、リカちゃんに謝られた。
「あの、菊池先生は悪くないです。なので、謝らないで下さい。菜摘も瑞希も、先生が何を言ったって、ぜーったいにヒカリ市から出て行ったりしなかったでしょうから」
「そう言うってことは、香山くんでも説得できなかったのね?」
「はい。あ、でも、菜摘には言ってませんけど……ていうか、言い出せませんでした。彼女、妹がいまして、その子が消えちゃったって事すら、覚えてないんです」
「そっか。それは辛いわね」
「あの、僕、さっき中学を出てから菅波奈々子に会って、一緒にセンターヒルズ南小学校へ行って来たんです。子供達、もう誰一人として残ってなくて……」
「そうね。ヒカリ市から全ての子供が消えちゃったわ。全部、渡部市長の安全宣言のせい……」
「そうですね」
それから一拍置いて、リカちゃんは更に話を続けた。
「六月に男子三人が転校して、藤田先生に続いて校長がいなくなった後の事は、私もハッキリとは覚えてないの。気が付くと、どの先生もまともな授業をやってなくて、教室では生徒達が好き勝手な事をやってたって感じ」
僕は、ふと気になって訊いてみた。
「あの、オバサン先生は、どうされてたんです?」
「そうねえ、その時点で猪狩先生は、もうだいぶ淡い茶髪にはなってたんだけど、まだ意識はハッキリしてたと思うわ。まあ、それも六月の終わりまでなんだけど」
「えっ、何かあったんですか?」
「まあね……。うーん、言っちゃって良いのかなあ?」
僕と翔太は、リカちゃんの言葉を待った。
「まあいっか。校長先生がいなくなった後は、滝沢教頭とオバサン先生の天下って感じになったんだけど、その後、その二人が職員室で大喧嘩しちゃってさ。そん時は、たまたま私も職員室にいて、一部始終を目撃しちゃったのよね」
「えっ、まさか?」
「そのまさかって感じなの。あのオバサン、いつの間にか両手で刃物を握ってて、滝沢教頭に突撃したのよ。ところが、教頭の奴、それをギリギリで躱したと思ったら、気が付くと、オバサン先生の胸に刃物が突き刺さっててさ。辺り一面が血の海で、もう大騒ぎ……。と言っても、その頃は私も意識がぼんやりしてて、どこまで本当だったのかイマイチ自信ないんだけどね」
「あの、警察とかは?」
「それが、不思議な事に、誰も通報しなかったのよねえ……。まあ、その時点で警察が機能してたかどうかは、微妙ではあるんだけど」
「で、でも、それって、怖くないですか?」
「うーん、なんか、感覚がマヒしてたっていうか……。あ、でも、男の先生方がオバサン先生の遺体を運び出す所は、ちゃんと覚えてるわよ。それから私は、モップで床の血を一生懸命に拭いたりして……、だけど、次の日には、何にも無かった事になってたわね」
僕は、リカちゃんの衝撃的な告白にしばらく黙り込んだ後で、おずおずと訊いた。
「教頭先生は、その後、どうなったんです?」
「別に、どうなってもいないわよ……。ただ、何だか無口なお爺さんって感じになっちゃったわね。それまでは、うちらにもガミガミと煩く言う人だったけど、反対に不気味なくらい何も言わなくなっちゃったの」
「てことは、『何をやっても自由』って感じで、先生も生徒も拭き勝手な事を始めたのは、その後って事ですか?」
「そうよ。うーん、正確には覚えてないんだけど、七月に入った頃だったのかなあ。男の先生が、段ボール箱に入った缶ビールを持って来たのよねえ。『こんなのでも飲んでなきゃ、やってられん』とか言い出して、私にも勧めてきたの。冷やしてないから、ぬるくて不味かったんだけどさあ、なんか、他の先生方が次々と飲み出しちゃって、それに釣られて飲んじゃったんだよねえ」
それを聞いた僕は、リカちゃんらしいと思った。この人は、何かと流されやすい性格なのだ。
「それからは、なんか、毎日がふわふわしてる感じになっちゃって、気が付くと今日になってたって感じなんだけど……」
そこで僕は、少し意地悪な質問をしてみる事にした。
「あの、先生。さっき僕、学校から帰る途中で菅波奈々子に会ったって言いましたけど、彼女から新妻さん達四人の話を聞いたんです」
そこで、リカちゃんは僕が何を言おうとしているかを悟ったようで、「そういや、あの子達、最近はずーっと見てないわね」と呟いた。
それで僕は、菅波さんから聞いた彼女達四人の最期の話をしたのだが……。
「そうなのね。まあ、新妻さん達は、ここに来る前に相当量のイルージョンを吸収しちゃってるみたいだったから、消えるのが早くても仕方がないわね。ああ、本当に、私って情けないわ。自分の大事な生徒達に、なーんにもしてあげられないんだもの」
「仕方がないですよ。でか、今の僕も全くおんなじ気持ちなんです」
「いや、香山くんと私は違うわよ。中学生は、まだまだ子供だもの。大人には、責任があるの」
「そういう先生だって、何も出来なかった訳じゃないですか。イルージョンの猛威の前じゃ、大人も子供も同じように無力なんです」
僕の言葉に、リカちゃんは少し考えてから、ボソッと「そうかもね……」と言った。
リカちゃんは、とっても淋しそうだった。
END084
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話では、ようやくヒカリ市からの帰路に着きます。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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