表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十二章: 浸食(夏休み)
83/92

083:その夜の出来事


時刻は、そろそろ夜の九時になろうとしていた。


「それで、明日なんですけど、どうされますか? 市の幹部は既に逃げてしまったようですし、街の様子もだいたい分かりましたので、私の方の用事は無くなりました」

「そうですね。ここまでイルージョンの濃度が濃いとなると、正直、ここから早めに離れたいです。いくら短期間の滞在であっても、身体からだに良くない事は間違いないでしょうから」

「私も同意見です。ですが、お隣の鯨岡くじらおかさんとの話し合いとかは、宜しいのですか?」

「たぶん、黙って出るしかないと思います。正直、今の朱美あけみさんでは、きちんとした会話が出来るとは思えませんし」

「そうですよね……。あ、そうだ。ご主人の方とは連絡が付きましたか?」

「はい。電話ですけど、ここに来て直ぐに話しました。割としっかりした受け答えでしたので、イルージョンの方は大丈夫な気がします。あ、それと、ヒカリ市の工場は今月で閉鎖になるみたいです」

「そうですか。ご主人の会社は一流企業ですし、恐らく市外への移動が止められる事はないと思います。となると問題は、この家の事でしょうか?」

「その辺の事は話してないんですけど、たぶん、このまま放置ですよね?」

「残念ながら、そうでしょうね……。あの、持ち出したい物があれば、運びますけど……って、車に乗る分だけですけど」

「大丈夫です……あ、でも、食器とか持って行こうかしら? いつきも、持って行きたい物は、持ってって良いわよ。段ボール箱は、和室の押し入れにあるのを使ってくれれば良いわ」

「分かった……。あ、それより、母さん。持って来た食材とか、どうするの?」

「それなら、半分は由希ゆきさんに、残りの半分は朱美あけみさんに、もう渡してあるわよ。どのみち、明日には帰るつもりだったもの」


母さんの言葉で、僕は二階に上がって、持って行きたい小物類とかを段ボール箱に詰める作業に入った。そして、それが終わってから、再び一階に下りた時だった。

急に母さんから声が掛かったんだ。


「樹、金森さんと話して、明日は早朝に出発する事になったから、そのつもりでいてね」

「えっ、昼頃じゃないの?」


僕は、少し動揺した。明日、もう一度、緑川瑞希みどりかわみずきと公園で会う約束をしていたからだ。

まあでも、あの状態の瑞希が、その約束を覚えてくれているかは微妙な気がするんだけど……。

それでも僕は、おずおずと切り出した。


「あの、母さん。瑞希とか菜摘なつみの事は、どうするの?」


それに答えたのは、金森さんだった。


「さっきの説明で分かったと思うんだが、たぶん彼女達は、ここから出て行きたがらないんじゃないかな。それを無理に連れ出そうとすれは、検問所の警官だって、黙ってはいないと思う。そうなると、僕ら全員が、あらぬ疑いを掛けられる事にもなりかねない」

「てことは、連れて行けないって事ですか?」

「いや、それならそれで、対策を練っておく必要があるって事だよ。本人達の意思に反して連れ出す訳だから、そっちの準備だって必要だ」

「菜摘ちゃんの方は、難しいわね。今の朱美さんは、話が出来る状態じゃないもの。瑞希ちゃんの場合は、お父さんの方が問題だわ」

「市役所に泊まり込んでるんじゃないの?」

「ちょくちょく帰って来てるみたいよ。その時に娘がいないとなると、黙っていないでしょうね。それに実は由希さんから、『瑞希ちゃんの事は諦めて欲しい』って言われちゃってるの」

「えっ、そんな……」

「となると、その二人を連れて行くのは、やっぱり難しいかな。非常に残念ではあるんだが……」


金森さんは、今までで一番に真剣な表情だった。それに彼から言われたのは、もっともな内容だ。

僕は、胸が潰れる思いだった。二人とも僕にとっては、言葉で言い表せないくらいに大切な女の子なんだ。それなのに……。


「樹、あんたが考えてる事くらいは、私にだって分かるわよ。親なんだものね。だけど、樹があの子達に対して思っている事は、私があなたに対して思っている事と同じなの。私は、あんたを縄で縛ってでも連れてくからね」

「樹、お前には悪いが、俺もお前のお袋さんと同じ意見だ。俺も必ずお前を連れて戻るって、麻衣に約束して来てるんだ。俺にだって責任がある」


母さんに続いて、まさかの翔太しょうたからの反撃に、僕は返す言葉が無かった。

どうやら僕は、このままヒカリ市を出て行くしかなさそうだ。


いつまでも項垂れたままの僕に、母さんが言った。


「とにかく明日は早いから、樹もさっさとシャワーを浴びて寝なさい」


僕が「金森さんと翔太は?」と訊こうとして、二人とも既にジャージ姿なのに、はたと気付いた。僕が二階に行っている間に、シャワーを浴びたようだ。

それで僕は、着替えを手に浴室へ向かった。


僕は、シャワーを浴びながら、溢れ出る涙を止められなかった。



★★★



シャワーを浴びた後、僕は何となくリビングのソファーに腰掛けて、いつもの癖でテレビを点けた。ところが画面には、いわゆる砂の嵐しか映らない。どのチャンネルも同じだった。

僕の後で浴室に行こうとしていた母さんに、僕は言った。


「母さん、テレビ壊れちゃったのかなあ?」

「違うわ。放送してないの。たぶん、余計なものを見せないようにしてるんだと思うわ」


そう言えば、ネットの接続も制限されていると母さんが言っていたのを、僕は思い出した。

仕方がないので、諦めて寝ようとソファーから立ち上がった時だった。突然、インターホンが鳴った。

『こんな時間に誰だろう?』と訝しげにドアを開けると、小柄で金髪の女の人がいて、いきなり僕の胸に倒れ込んで来た。


「ど、どうしたんです。菊池先生?」


僕もまた先生の重みで倒れそうになったものの、何とか彼女を支えて踏み留まった。先生は、夏なのにコートを着ていた。


「ひょっとして、まだいるんじゃないかと思って来たんだけど、会えて良かったわ」


僕は、柔らかい女の人の身体からだを両腕に感じながら、小声で言った。


「先生、何か臭いです。飲んでます?」

「そうよ。最近、飲まずにはいられないの」


リカちゃん、つまり菊地先生は、そう言ってふらふらと僕から離れて行く。

直ぐに、みんなが集まって来た。


「あの、一生のお願いです。私も連れて行って下さい」


リカちゃんが突然、ガバッと頭を下げた……と思ったら、そのまま前のめりに倒れそうになる。今度は金森さんが軽々と彼女を抱き上げて、お姫様だっこでリビングのソファーまで運んだ。

母さんがペットボトルの水をコップに注いで渡した所、彼女は「ありがとうございます」と言って、それをゴクゴクと一気に飲み干した。


「えーと、樹くんや翔太の先生でしょうか?」

「はい……あ、と言っても、元担任ですけど」

「そうですか……。あの、失礼ですが、意識はハッキリしてるんですよね?」

「ええまあ。多少は、ぼんやりしてますけど……。えーと、こうやって飲んでる時の方が、ちゃんとしてるっていうか……」

「なるほど。だいぶイルージョンの浸食が進んでいるようですね」


それを聞いた僕は、気が付くと金森さんに問い掛けていた。


「あの、先生は大丈夫なんですか?」


僕は、口を開いてから後悔した。本人の前じゃ、「大丈夫」としか言えないじゃないか。

金森さんは、そんな僕の思いを察したのか苦笑いだったけど、それでも、「大丈夫だと思います」と言ってくれた。


「ですが、事前に知っておいて頂きたい事が幾つかあります……。でも、まずは自己紹介をさせて下さい」


そう言って金森さんは、自分が翔太の従兄いとこで、安斎あんざい代議士の第三秘書である事を打ち明けた。どうやらフリージャーナリストの設定は、もはやお払い箱になったようだ。

その後で金森さんは、ニホン政府がイルージョンによる人的被害の事を必死に隠そうとしている事、その為であれば最悪、殺人でさえ平気で行う気でいる事などを話した。

だけど、何故かリカちゃんは、そうした事を既に知っていたようだった。


「実は、校長先生から聞かされていたんです。それで、一部の先生は逃げたんですけど、ほとんどの先生は信じてなくて……」

「先生は、信じたんですか?」

「私も最初は信じませんでした。ですが、だんだんと変だって思うようになって……。でも、その時は正直、車の運転さえ覚束なくなってて……。それで、思い切って今日……」

「なるほど。良く分かりました。」

「あの、やっぱり、ヒカリ市から出るのは危険なんでしょうか?」

「いや、そこまで危険って事はないと思います。今のヒカリ市の状況からすると、ここから自力で逃げ出して情報漏洩するような人は、ほぼ皆無でしょうから。ここに来るときに検問所を通りましたけど、全く警戒しているようには見えませんでした」


そこで僕は、思い切って訊いてみた。


「てことは、さっき金森さんが心配してた公安警察とかは、この辺には来てないって事ですか?」

「そうだね。危険なヒカリ市まで、わざわざ出向いては来ないよ。イルージョンは、どんな奴にだって公平に災いをもたらすんだ。僕らが監視されるとしたら、トキオに着いてからなんじゃないかな」


その次に金森さんは、改めてリカちゃんの方に向き直って言った。


「それでも、検問所を通る時だけは、荷物の間にでも隠れていてくれますか? ここに来る時は、荷物はチェックされずに済みましたが、帰りもそうだとは限りません」


そこで僕は、再び気になった事を訊いた。


「あの、金森さん。ヒカリ市に入る時の検問は分かりますけど、ヒカリ市に住んでいた人が外に出て行くのは自由ですよね? 移動の自由は、憲法で保障された権利なんじゃないですか?」

「そうだね。だけど、残念ながら今は非常時だ。だから憲法は適用されないし、人を拘束する理由なんて、いくらでもでっちあげが可能なんだよ」

「なるほど」


金森さんは、その後で、「まあでも、たぶん大丈夫だと思いますよ」と優しい声で言ってくれた。きっと、リカちゃんの表情がサッと強張ったのを見て取っての発言なんだろう。


「政府の関心は、コオリ市とハッピー市の方なんです。政治家も役人も、ヒカリ市の事なんて眼中にありません。連中にとってのヒカリ市は、もはや終わった場所なんです」




END083


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、菊池里香先生の話になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ