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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十二章: 浸食(夏休み)
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082:イルージョン症候群


金森智哉かなもりともや翔太しょうた、そして母さんと僕の四人は、僕んの食卓テーブルに座って、コーヒー片手に語り合っていた。

とはいえ、最後に帰宅した僕以外の三人は、夕食前にある程度の情報交換をしていたようだ。そして話題は、金森さんが口にした「イルージョン症候群シンドローム」の事になっていた。


「イルージョンが人体に与える影響は、ニホンではほとんど知られていないとされてきました。ですが実際には、四半世紀前にロシアで起きた事故で、そうした症例を既に数多く得ている訳です。従来、それらの記録は共産主義政権の崩壊によって散逸したとされてきましたが、それは嘘です。実際は、『新型発電の普及を妨げるから』といった政治的理由で、政府が隠蔽してきただけです」


金森さんの発言は、僕にとって意外なものだった。


「てことは、金森さんは、その情報を持ってるって事ですか?」

「あはは。もちろんだよ」


彼は、アッサリと肯定した。僕は、『案外、この人は割と偉い人なのかもしれない』と思った。


「イルージョンを人体に取り込んだ事による様々な症状については、ロシアでの事故の時から、総じて『イルージョン症候群』と呼ばれているんだ。鯨岡くじらおか家の朱美あけみさんや菜摘なつみちゃんは、そのイルージョン症候群の典型的な症例そのものだよ」


そこで、母さんが口を挟んできた。


身体からだに取り込んだイルージョンの量が一定値を超えると、体内の色素が失われて行って、髪の毛が淡い茶髪になったり瞳の色が変わったり色白になったりするんだけど、本当は、それだけじゃないの。性格が明るくなって常にハイな状態になったり、人によっては子供っぽくなったりするのがひとつ。それと合わせて、嫌な事を忘れちゃって幸せな気分になれるって作用もあるみたい。きっと、脳に生じる何らかのダメージが、そんな風にさせるんじゃないかしら」


母さんは、ゆっくりと先を続けた。


「菜摘ちゃんや瑞希みずきちゃんが、あんな風に幸せそうに笑ってばかりいたのも、朱美さんが、ずーっと陽気だったのも、ある意味、脳が破壊され掛かってるんじゃないかと思う。それと、都合の悪い事は忘れちゃうってのも同じよ。愛奈ちゃんの事を覚えていなかったり、いなくなっても笑っていられるのは、たぶん、そういう事なんじゃないかな」

「つまり、『イルージョンが人を幸せにする』って訳だよ」


母さんの話が途切れた所で、金森さんが言った。

その後、すかさず母さんが、「でも、それは偽りの幸せだわ」と呟く。


どうやら母さんは、この話を僕が家に帰る前に金森さんから聞いていたようで、きっと愛奈の消失についても心の整理を終えていたんだろう。

僕が黙り込んでいると、再び金森さんが口を開いた。


「イルージョン症候群には、もうひとつ特徴がありまして、それは『中毒性』なんです。ある程度までイルージョンを体内に取り込むと、身体が継続してイルージョンを欲するようになるんです。その結果、そうした患者は、イルージョンに汚染された土地から離れたがらなくなります」

「そ、それって……」

「はい。先程、あおいさんが話されていた緑川瑞希さんのケースは、その典型ですね。それに、イルージョンに汚染された地区から強引に連れ去った場合、麻薬中毒患者のような副作用が起こるんです。本人にしてみれば、そこにいるだけで多幸感が得られる訳ですから、そのままだと死が待っているとしても、保護する事が非常に困難になります。ロシアの事故では、そういった人達を、『イルージョンに囚われた人々』と呼んでいたそうです」


つまり、今日、僕が感じたように、瑞希を説得するのは一筋縄では行かないという事だ。

僕は、その事から思考を逸らす意味もあって、母さんに向かって問い掛けた。


「ねえ、母さん。イルージョンは人体に『直ちに影響は無い』んじゃなかったの? 僕らがヒカリ市を出て三ヶ月も経ってないっていうのに、何で、こんなに酷いことになっちゃってるの?」


そんなつもりは無かったけど、結構、大きな声になってしまった。

母さんは、困った顔をしている。僕だって、別に母さんを困らせたい訳じゃない。でも、どうしても納得が行かないんだ。それは、きっと翔太だって同じだと思う。

答えてくれたのは、金森さんだった。


「恐らく、このヒカリ市におけるイルージョンの濃度は、一般的に思われているものよりも格段に濃いんでしょうね。首都電力もニホン政府も、ここまで早く住民に症状が出始めるとは思っていなかったんだと思います。少なくとも六月に入るまでは、そうだった筈です」


そこで僕は、叔母の平松香澄ひらまつかすみから聞いた非常事態宣言の話を思い出した。

僕は、思い切って訊いてみることにした。


「それで、慌てたニホン政府が、非常事態宣言を発令したって訳ですね?」


僕の言葉を聞いた金森さんは、少し焦った様子だった。


「樹くん、それ、誰に聞いたのかな?」


僕は少し考えて、「内緒です」と答えた。


「まあ、良いでしょう。でも、その事は絶対に言わないで下さい。葵さんも保護者として、宜しくお願いしますよ。とにかく、非常にマズいです。と言っても、こういう状況のヒカリ市にいる時点で、僕らは公安警察に目を付けられてはいますけどね」


そこで口を開いたのは、翔太だった。


「本当を言うと、智哉さんはジャーナリストなんかじゃないんだ」


僕は金森さんと翔太に、「えっ、それって僕に言っちゃって良かったの?」と訊いた。


「大丈夫だよ。もう葵さんには話したしね。樹くんにも言わなきゃとは思ってたんだ。僕は、安斎あんざい代議士の第三秘書でね。代議士の指示で視察に来たんだ」

「なるほど……、そうだったんですね」


安斎代議士は、ハッピーアイランド州選出の参議院議員だ。何度も大臣を経験している与党の重鎮でもある。

金森さんは、やや躊躇ためらいがちに再び口を開いた。


「政府も今は混乱していてね。ハッピー市やコオリ市の方は、自治体や企業を通して割と積極的に住民を避難させているんだが……、と言っても、マスコミに騒がれない範囲での事なんで、僕らがこっちに来る前の時点での避難者が、やっと半数強。今月末でも六割って所じゃないかな。このままだと、三分の一以上の人達が消えてしまうだろうね」

「やっぱり、消えちゃうんですね?」

「ああ、そうだ。大量のイルージョンを体内に取り込んだ場合、最終的には肉体が消滅する事になる」

「……っ」

「まあ、そんでも、コオリ市やハッピー市の場合は、自治体が住民を避難させる方向で動いてはいるんだ。問題は、ヒカリ市だよ」

「どういう事です?」

「樹くんも知ってる通り、渡部市長が安全宣言を出しただろう? それで市民の避難を妨げるどころか、逆に避難した市民を引き戻してしまった。しかも、その大半が子供を持つ若い世帯だ」


そうなんだ。あの安全宣言さえ無かれば、瑞希だって菜摘や愛奈だって、ずっと僕の祖父母の家にいられたかもしれないんだ。


「確かに、渡部市長が安全宣言を出した四月頭の時点では、今の状態は予測できなかった訳なんだが……、それでも、何の根拠も無しに安全宣言を出すってのは、どう見たっておかしい。『市民の命をないがしろにした』って言われてもしょうがないだろうね」

「しかも、市長は子供達を生贄にしたのよ」


そこで声を上げたのは、母さんだった。つまり、強引に公立学校を再開する事をダシにして、子供を持つ世帯をヒカリ市に呼び戻した事を言っているんだろう。


「とにかく、この件は安斎代議士も問題視されてましてね、その対策を話し合う目的もあって市役所を訪れたんですが、渡部市長も助役も不在でした」

「えっ?」

「たぶん、逃げたんでしょうね。それ以外にも、幹部は誰もいない状態でして、もはや打つ手なしって感じです」

「そんな……」


僕は、思わず絶句してしまった。それでも何とか、「これって、ひょっとすると大量虐殺事件なんじゃ……」と呟いたのだが……。


「その通りなんだけど、どこにも証拠が残らないんだよ。なにせ、生き物は全て消えてしまうんだからね」


金森さんは、更に話を続けた。


「子供の方がイルージョンの影響を受けやすいっていうのは、事実のようだね。実際、今日も街では、全く子供を見掛けなかった。本当に酷い話だと思うよ。そして子供の次は、菜摘ちゃんや樹くん、それと翔太のような、十代の少年少女なんだ」

「……」

「体内に取り込んだイルージョンは、人の細胞の核に入り込んで、徐々に遺伝子を破壊して行く。遺伝子の鎖を断ち切られた細胞は、複製が正しくできない為、次第に数を減らして行くんだ。そうして、身体は、徐々にスカスカの海綿状になってしまう。身体の色素が失われて行くのは、その表れなんだよ」

「……」

「やがて、組織全体が硬化し始め、終いに身体の形を維持できなくなって、粉々になってしまう。その粉は、イルージョンの粒子が取り付かれて銀色に輝いて見えるんだ。しかも、ほとんど重量を持たない微細な粒は、少しの風でも空へと舞い上がり、銀色に輝きながら消えて行く……」


最後に金森さんは、こう言った。


「これは恐ろしい話ではあるんだけど、見方を変えれば美しくも儚くもあるよね。イルージョンに冒された人達は、死ぬ直前まで生きていて普通に話すんだ。しかも、誰もが幸せな思いに満ちていて、楽しそうな笑顔のままに消えて行く。だから、ロシアの事故の時はね、イルージョンに冒されて助からないとされた人達は、そのまま放置されたんだ。そうして、幸せな状態で天国へ旅立って行くのを、残った人達が見送ったって言われている」


僕は、そんな風に瑞希を見送る事が出来るんだろうか?


それを思うと、僕は胸がギュッと締め付けられるように苦しかった。




END082


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


もう一話、香山家での夜の話が続きます。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


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