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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十二章: 浸食(夏休み)
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081:鯨岡家での夕食会


僕が家に戻ると、リビングに金森智哉かなもりともやさんと母さんがいて、何やら深刻そうに話し合っていた。だけど、直ぐに僕が入って来たのに気付いた母さんが、「いつき、遅いわよ。何処どこに行ってたの?」と言われてしまい、母さん達の話の内容は聞けなかった。


「ほら、何をボーっとしてるの? さっさと隣に行くわよ」


母さんに言われて、ようやく僕は、今日の夕食は隣の鯨岡くじらおか家に呼ばれているのを思い出した。


「そういや、翔太しょうたは?」

「もう随分と前から、隣に行ってるわよ」

「そうなんだ……」


そう呟きながら、再び僕は鯨岡家にお邪魔した。ところが、最初に僕を迎えてくれたのは翔太で、いきなり彼は僕の耳元で囁いたんだ。


「なあ、樹、お前、大事な事を見落としてねえか?」


さすがの僕も、それだけじゃ何の事か分からない。ところが、その直後に朱美あけみさんから、「樹くん、いらっしゃい。待ってたわよ」という声が掛かり、それ以上、僕は翔太に確認できなかった。

朱美さんは相変わらず陽気で、リビングダイニングの食卓テーブルに早く座れと促してくる。

食卓の上には既に食事の準備があらかた終わっていて、あとは食べるのみになっていた。メニューは、そうめんにサラダ。焼きナス。そして、ビールを飲む金森さんのおつまみとして、チーズとハムが用意されている。


菜摘の父親の栄太さんは、今日も遅くなるらしい。今日、僕が見聞きした事から判断するに、たぶん栄太さんも信用金庫では仕事なんてしていない筈。それでも、今までの習慣は変えられないって事なんだろうか?

いや、それ以前に、そんな状態で仕事が回っている事が僕には不思議でならない。お金の貸し借りとかは、いったいどうなっているんだろう?

その時、翔太が隣に座ったので、さっきの事より先に僕は訊いてみた。ここへ来る車の中で、市役所の後、「できればスーパーにも寄りたい」と、金森さんが言っていたのを思い出したからだ。


「なあ、翔太。スーパーには行ったんか?」

「ああ、行った。けどな……」


またもや翔太は、僕の耳元で囁いた。


「一応、商品はあったんだ。だけど、カートンに入ったまま置かれてて、客は欲しい物を自分で持って行くって感じ」

「それって、レジを通さないって事か?」

「そうなんだ。金なんて払わすに、ただ持ってくだけでさ、レジには誰もいないんだ」


残念ながら翔太との会話は、そこで途切れてしまった。菜摘が僕に話しかけて来たからだ。


「ねえ、樹。久しぶりの学校はどうだった?」


僕は、少しだけ考えてから、「別に」と言って受け流すことにした。


「ふふっ、びっくりしたでしょう? 今は、何だって自由なんだ。アタシには、今のやり方が合ってるみたい」

「確かに、お前にはそうなんだろうな」


僕は皮肉を込めて言ったつもりだったんだけど、菜摘は素直に受け取ったようで、ニコニコと笑っている。

朱美さんには、そんな僕らの会話など聞こえていなかった様だ。最後に冷奴が乗っているお皿を運んできて食卓の上に置くと、「さあ、揃ったわ。じゃあ、食べましょうか」と言った。そして、自分もエプロンを取って空いている金森さんの隣の席に座った。


「さあさあ、樹くんも翔太くんも食べて食べて……」


朱美さんの言葉で、菜摘が勢い良くそうめんの入った器に箸を伸ばし、つゆに付けて啜り出す。それを見た翔太が、「しょうがねえな」といった感じで、いつもより控えめに食べ始める。母さんも同様だった。

仕方がないので、僕も箸を取ったけど、色々な事が在り過ぎて全く味がしない。


今、この場にいるのは六人。大人が金森さん、母さん、朱美さんの三人で、子供が翔太、菜摘と僕の三人だ。つまり、どう考えても一人足りない訳で……。


「なあ、さっき俺が言った事、分かっただろ?」


翔太の言葉に、もはや僕は頷かざるを得なかった。

それは、あまりにも恐ろしいが故に、僕が今まで敢えて考えないようにしていた事だ。だけど、もはや目を逸らしている訳にはいかない。


「さっき菜摘には言ったんだけど、こいつ、なーんにも覚えてねえんだ」

「どういう事だ?」

「直接、本人に訊いた方が早いぞ」

「ああ、そうだな」


僕は、思わず震えそうになるのを懸命にこらえながら、そうめんに夢中になっている菜摘に問い掛けた。


「あ、あのな、菜摘。『愛奈あいなちゃん』は、どうしたんだ?」


菜摘の箸がピタッと止まる。ところが、彼女の返事は意外なものだった。


「愛奈って誰の事?」

「えっ?」


菜摘の表情が険しいものになる。


「ねえ、樹? うちらって一人っ子どうしだよね? さっきも翔太にしつこく言われたんだけど、アタシには何の事かぜーんぜん分かんないんだけど」

「そう……なのか?」

「当然じゃん……。あ、でも、その名前を聞くと、なんかイラっとするっていうか、凄く嫌な感じがするんだ。だから、もうアタシに言わないでくれる?」

「あ、ああ、ごめん」

「別に、良いよ」


その後、何も無かったかのように、菜摘は再び箸を動かしている。

それから僕らは、ずっと無言だった。



★★★



僕にとっての鯨岡愛奈は、愛おしい妹のような存在だった。

僕は、愛奈の事を産まれた時から知っている。彼女が産まれた日、僕は母さんと一緒に産婦人科の病院に行って、顔を真っ赤にして泣いている赤ちゃんを見ているからだ。

その日から小学校に上がった愛奈まで、ずーっと僕は彼女の成長を見続けてきた。つまり、何が言いたいかというと、僕にとっての愛奈は、大事な大事な妹なんだ。


僕と母さんがナコヤに引っ越した日、せめて愛奈だけでも連れて来るべきだった……なんて、今更、そんな事を思っても後の祭り。もう手遅れだ。

僕は、人生には取り返しの付かない事があるのを初めて知った。


夕食の後、母さんは早々に僕んに引き上げたがった。朱美さんは名残惜しそうだったけど、「今日は疲れてるから」で押し通した。

僕はと言うと、見るからに憔悴している様に見えていたからか、全く引き留められなかった。それどころか、菜摘には「今日はグッスリ寝て、明日、また遊ぼう」と言ってくれた。


金森さんと翔太はホテルを予約していたけど、キャンセルしたとかで、僕んの一階の和室で寝る事になった。

今日の街の様子からして、まともにホテルが営業しているとは思えなかったからだという。言われてみれば、当然の事だ。


僕んに戻ると、母さんは僕らにコーヒーを入れてくれた。もちろん、トキオのスーパーで買ったレギュラーコーヒー。水もペットボトルの物を使っている。

その間、僕と金森さんと翔太は、無言で食卓テーブルに座って待っていた。どうやら僕は相当に緊張していたようで、いつも以上にコーヒーの香りが心に染みる。


母さんはコーヒーを淹れ終わると、僕に昼間の事をポツリポツリと話し出したのだった。



★★★



母さんが金森さんと街に行って訪れたのは、JRヒカリ駅とその周辺の商店街、銀行、病院だったという。そして、それらの全てが機能しておらず、従業員も医者も看護師も、まるで子供のように遊び呆けていたそうだ。

その間、金森さんは誰かれ構わずインタビューを試みたようだが、まともな会話が返って来た事は片手で数えるくらいで、その全員が今週末には出て行く予定だったという。


「私達は、午後五時前には帰って来たのよ。予定ではもう少しいるつもりだったんだけど、金森さんが「これ以上は、意味がありませんね」とおっしゃったんで早めに戻る事にしたの。そうしたら、家の前に由希ゆきさんがいらっしゃって……」

「えっ、由希さんって、瑞希みずきのお母さんの?」

「そうよ。緑川由希さん。彼女、こっちに樹が来てるって、瑞希ちゃんから聞いたんでしょうね」


僕は、それを聞いて一瞬、期待した。『瑞希をヒカリ市の外へ連れ出せるかも』って思ったからだ。だけど……。


「由希さんは、まだしっかりしてらしたわよ。でも、旦那さんは市役所から返って来ないらしくて……、時々、様子を見に行ってるそうなんだけど……」

「瑞希のお父さんもおかしくなってるって事?」

「いや、そうじゃないみたい。逆に、ちゃんと仕事ができる人がいないから、やる事がたくさんあるって事みたい」

「だったら、逃げちゃえば……」

「それが、駄目みたいなの。由希さんが言うには、『色々な事を知り過ぎたから』って事らしいわ」

「えっ?」

「それで、私、『それなら、由希さんと瑞希ちゃんだけでも逃げましょう?』って勧めたんだけど、どうしても首を横に振るばかりなのよ」

「どうして?」

「ひとつは検問所で止められるって事なんだけど、それをクリアしても、やっぱり旦那さんを置いては行けないみたい」

「でも、瑞希は……」

「それと、瑞希ちゃんの事もあるみたい。由希さんが言うには、瑞希ちゃん、ここを離れたがらないみたいなの」


僕には、母さんが言ってる事が今ひとつ分からなかった。ここから瑞希が離れたがらないのは、単に彼女が頑固だからじゃないんだろうか?


僕の疑問に答えをくれたのは、金森さんだった。


「樹くんは、イルージョン症候群シンドロームって言葉、聞いた事があるかい?」




END081


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「イルージョン症候群」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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