表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第二章:地震(三月十一日PM)
8/16

008: 地震発生直後


「さあ、みんな、外に出て頂戴!」


学級委員長の青木麻衣の指示に従って、クラスメイトの全員が、ぞろぞろと教室から出て行く。誰もがまだ白い粉を身体からだ中に纏ったままだ。


「ほら、瑞希みずきいつきくんも行くよ」


麻衣が僕の背中を軽く押してくる。

彼女の声に釣られて、僕は何気ない仕草で緑川瑞希の小さくて柔らかい手を取ると、ギュッと力強く握った。瑞希は、反応を示さない。彼女の視線は、麻衣の方に向いていた。


「麻衣も一緒に行く?」

「もちろん、行くよ。だって、あんた達が最後なんだから、当然よ」


その言葉で、僕は後ろを振り返った。

麻衣が言ったように、そこには誰もいない。教室の中は、机も椅子も含めた全てが乱雑な状態で、まるで廃墟のようだった。

それでも、ほぼ一年間を過ごした教室は何だか名残惜しい。もう二度と帰って来られない気がしたからだ。


「ほら、何してんの。さっさと行くよ」


足を止めてしまった僕に、麻衣の叱責が飛ぶ。僕は、何かを断ち切るようにして前を向くと、足を前に踏み出した。



★★★



廊下も教室の中と同様に色々な物が転がっていて、随分と歩き難かった。階段も同様に、あちこちが崩れ掛かっている。でも、麻衣がいてくれたお陰で助かった。すぐ後ろから、「そこ、危ないよ。気を付けて!」といったアドバイスが、頻繁に飛んで来たからだ。

それに、僕らがいた三階とは違って、二階、一階と降りて行くにつれて、建物の被害が減って行く。どうやら、天井や壁が崩れていたのは、三階だけだったようだ。


ところが、下駄箱の所まで来た時、僕ら三人は、そこで思わず立ち尽くしてしまった。下駄箱の周囲には、無数の靴が散乱していたからだ。

瑞希が泣きそうな顔で、「これじゃあ、私の靴が分からない」と呟いた。

その直後、目の前の下駄箱がカタカタと鳴った……と思ったら、すかさず激しい横揺れが襲ってくる。少し離れた所の下駄箱が、バーンと大きな音を立てて倒れた。


僕ら三人は、咄嗟にしゃがみ込んでいた。繋いだ瑞希の手が小刻みに震えている。僕は彼女に覆いかぶさるようにして、上からの落下物から彼女を守ろうとしていた。


「お二人さん、もう揺れは治まってるよ」


麻衣に言われてハッとなった僕は、慌てて瑞希の身体からだから離れて立ち上がる。そんな僕らの後ろを、別のクラスの生徒達が通り過ぎて、そのまま外へ出て行った。


いつきくん、気付いた? みんな、上履きのまま校庭へ避難してるみたいね」


きっと、他のクラスには先生がまだ教室にいて、そういった指示があったんだろう。

僕は、再び瑞希の手を取ると、麻衣に促されて上履きのまま校舎を出て行く。


校舎から出てすぐに、再び強い余震があった。僕は怯える瑞希を宥めすかして、できるだけ校舎から離れてから、地面にしゃがみ込んだ。

揺れが治まると、僕らは手を繋いだままの状態で、今度こそ校庭の方へと歩いて行った。



★★★



校庭は、大勢の生徒達で溢れ返っていた。

『同じクラスのみんなは、何処どこだろう?』と思って探してみても、全然、見当たらない。

僕らと同じように、仲間を探してうろうろしている生徒が大勢いる。先生達が大声で何やら叫んでいるけど、周囲が騒がしくて聞こえない。

僕らは、先生達の声が届く辺りまで走った。


「二年は中央、左から順番にA組、B組……」


僕等は二年C組だから、三列目だ。それで、だいたいの見当を付けて、そっちに早足で向かって行くと……。


「もう、樹に瑞希ったら、いったい何処どこに行ってたのよっ!」


いち早く僕らを見付けた鯨岡菜摘くじらおかなつみが、寄って来て言った。


「まっ、二人が一緒だったんなら、それはそれで良しって事かな」


ニヤニヤ顔の菜摘の視線は、今も堅く握ったままの僕らの手に向いていた。それに気付いた瑞希は、「あっ!」と小さく叫んで、慌てて僕の手を放した。その瑞希の顔は、耳たぶまで真っ赤だ。

でも、周りの連中は、さっきの地震の事を夢中になって話していて、菜摘以外、誰も僕らの様子なんて気にしちゃいないだろう。


「凄かったよねー。あたし、一瞬、身体からだが浮いたよ。どっかに飛ばされるかと思っちゃった」

「私もそう。もう、マジに死ぬかと思っちゃった。今、生きてるのが不思議って感じ」


地震直後の教室とは打って変わって、誰もが饒舌だった。そして、とってもハイになっている。普段の全校朝礼の時のようには先生も注意したりしないから、余計に騒々しかった。


ようやく担任の菊池里香先生が、僕らの所に走って来た。先生は珍しく真剣な顔で、僕らが無事に揃っているかを、一人ずつ顔を見て確認して行く。そして、最後尾の僕らの所まで来ると、「全員無事ね。良かったあ!」と呟いて、他の先生方が集まっている所に向かって、再びバタバタと走り去って行った。

その様子を黙って見ていた瑞希が、「あんな真面目なリカちゃん、初めて見たかも」と言う。


「そんなの当たり前でしょう。先生なんだから」

「麻衣の言う通りだぞ。一応、リカちゃんにだって責任感はあるんだ。大人だかんな」

「一応ねえ……」


金森翔太かなもりしょうたの言葉に菜摘は疑わしげではあったけど、ここにいるみんなは、それでも菊池先生の事は信用している。少なくとも、学年主任の先崎先生なんかよりも、ずーっと生徒思いだからだ。

その菊池先生が再び僕らの前に現れたのは、それから十分じゅっぷん後のことだった。


「さあ、みんな、このまま今日は帰るのよ」


戻って来るや否や、菊池先生は大声でそう言って回った。


「できるだけ同じ方角の人達で、集団になって帰りなさい。靴は上履きのままで良いから。鞄は、取りに行っちゃ駄目。校舎内は一切、立ち入り禁止よ」

「先生、来週の月曜日の授業は、どうなるんですか?」


男子生徒の声がした。


「そんなもん、休みに決まってるだろ」


この声は高萩勇人たかはぎゆうとだ。


「なっ、そうだろ、先生?」

「まだ決まってません。決まったら連絡するから、おうちで待ってるのよ」


相変わらず菊池先生の声は大声で、少し上ずっている。


「連絡ったって、電話も携帯も繋がらねえんじゃないのかよ」

「それは分からないけど、何か考えるわ」


なおも高萩の奴は、菊池先生に食い下がる。


「そんなこと言って、先生、おれらの家を一軒一軒、回ってくれんのかよ」


それに答えたのは、菜摘だった。


「うるっさいなあ、月曜までには電話だって通じてるでしょうが」

「そんなもん分かんねえだろ」

「とにかく、まず家に帰るのよ、高萩くん。言うこと聞きなさい。おうちの人が心配してるわ」


いつになく強い口調の菊池先生に、それ以上は高萩も反論しなかった。



★★★



結局、朝来た時と同じメンバーで、僕らは家路に着いた。

五人全員が黙り込んだまま、ひと塊りになって足早に自宅の方角へと向かって歩く。


いつの間にか雲が空一面を覆っていて、辺りが薄暗くなっていた。風も出てきて、思いのほかに寒い。僕は、『コートが必要だったかも』と後悔し始めていた。


校門を出てすぐに、信号機が消えているのに気が付いた。


「あれっ、停電?」

「そうみたいだね。学校でもそうだったから」


そんな翔太と麻衣の会話が耳に入ってきた。僕らは、車が来ないのを念入りに確認して、注意深く横断歩道を渡る。

ふと足元を見ると、路面が大きく波を打っていた。それにアスファルトが、所々ひび割れている。特に、端の方は酷かった。


横断歩道を渡った先の右手の家は、屋根瓦がすっかり落ちてしまっていた。その向かいの家は雨樋あまどいが外れていて、片側が地面まで垂れ下がった状態だ。

その先の路上に、近所のお婆さんが佇んでいた。両手を後ろに回して、腰を屈めて瓦の落ちた家をぼんやりと眺めている。

その前を僕が黙って通り過ぎようとすると、菜摘が声を掛けた。


「お婆さん、大丈夫?」

「あれまあ、菜摘ちゃんかね。学校、もう終わったんかい?」

「うん。今日は地震があったから、早く帰れって事なんだ」

「そうかい。母ちゃんも心配しとるだろうから、それがええわな。そんでも、菜摘ちゃん、無事で良かったなあ」

「うん、お婆さんもねっ!」


菜摘の元気な声が、僕には妙に場違いに感じた。


みんなも、気を付けてお帰りや」


ようやく、お婆さんの顔に笑みが浮かぶ。菜摘がニッコリと笑って頷いたのを見た僕は、ちょっとだけ、この幼馴染のことを見直したのだった。




END008


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。

次話は、「帰宅」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ