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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十二章: 浸食(夏休み)
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076 : 菜摘と瑞希の変貌


僕は、鯨岡くじらおか家のリビングダイニングで最愛の彼女、緑川瑞希みどりかわみずきと向かい合っていた。この部屋には、僕ら二人しかいない。他の人は全員、隣の僕の家に移動してしまったからだ。

今の瑞希は、白いワンピ姿。肩先までの髪の毛は見事な金髪で、碧眼色白のまごうことなき美少女だ。

その時になって、僕はようやく気が付いた。


「あれっ、瑞希、マスクは?」

「あのね、いつきくん。ここじゃあ、もう誰もマスクなんてしてないよ。暑くなって、みんな、外しちゃったの」


そう言って、その金髪の少女は無邪気に笑う。

それで、ようやく僕は思い出した。こないだ電話した時、そういった事を既に彼女は僕に打ち明けていたんだ。あの時は確か、菅波奈々子(すがなみななこ)にイルージョン対策の事を色々と忠告されて、珍しく瑞希は腹を立てていたんだっけか……。

だけど、自然と僕の口からも忠告の言葉が零れ落ちてしまった。


「それって危なくないか」

「何で?」


彼女は、心底不思議そうな顔で問い返してきた。


「イルージョンだけど」

「イルージョンって、実は身体からだに良いの」


目の前の瑞希は、以前よりも饒舌だった。そして、平気でトンデモな発現をする。


「ねえ、樹くんもこっちに戻って来てよ。ここの方が絶対、楽しいと思うよ。学校もね、今は行っても良いし、行かなくたって良いの」

「えっ?」

「今はね、全てが自由なの。教頭先生、『皆さんの自主性に任せます』って言ってくれてるんだ。あの、大っ嫌いだった避難民の子達も居なくなっちゃったし……」

「居なくなったって、どっかへ行ったの?」

「分かんない。知らないうちに居なくなってたっていうか……。あ、でも、リカちゃんが何か言ってたような……。うーん、思い出せないや。ふふっ。たぶん、あの子達も別の世界に行ったんだと思う」

「別の世界?」

「そう、別の世界。あのオバサン先生もいなくなっちゃった」

「えっ、猪狩いがり先生も?」

「うん。えーと、何でだったっけ……。菜摘なつみなら、覚えてるかもしんないけど、避難民の子達よりも前だったから、忘れちゃった」

「そうなんだ……」


今の瑞希は、何でも忘れてしまうようだ。僕は、最近の電話で瑞希と話が噛み合わない理由が、やっと分かったって思った。


「なんか、みんな、別の世界へ行っちゃうの。きっと私も、そうなる気がする」

「えっ?」


僕は、瑞希の言葉に何か不気味なものを感じたものの、強引に心の奥に押しやってしまった。まだ今は考えない方が良いって気がしたんだ。

それに今の瑞希の話は、どれも要領を得ない。話をしていると、こっちまで頭がおかしくなってくる……。

正直な所、僕は既に、この金髪の少女を持て余し始めていた。本当に彼女は、僕が知っているのと同じ瑞希なんだろうか?


「出ようか? 少し散歩とかしてみたいし」


僕がそう言うと、金髪の瑞希は自分から先に出て行こうとする。


「あの、戸締りとかしなくて大丈夫?」

「大丈夫だよ。もう悪い人なんて何処どこにも居ないから」


瑞希は、随分と嬉しそうだ。そして素早く靴を履くと、元気良く外へ飛び出して行った。



★★★



僕の目の前に、金髪美少女の後ろ姿が見える。白いワンピ姿の彼女は、両手を後ろに組んで、軽やかな足取りで歩いて行く。


「あれ?」


自分んの方を見た僕は、庭に母さんの姿を見付けて、思わず瑞希を呼び止めた。


「ねえ、瑞希。僕んの庭、ちょっと寄って行こうよ。みんな、いるみたいだしさ」


僕の声で瑞希は、急いで引き返して来た。前よりも痩せたからなのか、動作が実に軽やかだ。そのまま僕んの庭への階段を一気に駆け上がる。白いワンピースの裾が大きく捲れ上がり、僕はドキッとした。


「うわっ!」


庭の中央に横たわる物を前にして、僕は思わず息を飲んだ。

母さんと僕がこの家を後にした時、折れたミモザの巨大な茂みは、枯れて葉が茶色くなっていた。それが今は銀色に輝いて見える。それが、夏の午後の陽射しを浴びて、庭一面に強い光を放っていた。眩しくて目が開けられないくらいだ。


鯨岡朱美くじらおかあけみさんが、「樹くん、こっちよ」と僕を手招きしてくれた。


「ねっ、凄く綺麗でしょう。街のあちこちが最近、こんな風なのよ。街中が、どんどんと輝きを増していくの。ふふっ、うちらの髪の毛とおんなじね」


朱美さんの髪の毛は、さっきより更に明るさが増していて、もうほとんど金髪に近かった。菜摘、瑞希と、ここに住んでいる人達は、全員がニホン人離れした見た目に変わってしまったって感じだ。まるで、別の人種みたい……。


僕だけに聞こえる声で、そっと母さんが呟いた。


「何かが、おかしい。こんなの間違っているわ!」



★★★



それから間もなくして、金森さんのミニバンが到着した。そして、翔太しょうたと金森さんの二人が、この場に加わった。

車から降りた時の金森さんは、少し疲れたように見えた。それなのに、庭に現れるた時には、「うわあ。これは凄いですね」と感嘆の声を上げる。そして、その場に見知らぬ女性を見付けた彼は、早速、声を掛けた。


「あ、申し遅れました。僕は、フリージャーナリストの金森智哉かなもりともやと申します。翔太くんとは従兄いとこの関係になります」


金森さんは、そう言って朱美さんに名刺を手渡した。それを受け取った朱美さんの頬がほんのりと赤い。

その金森さんから、「色々と聞かせて頂いて良いですか?」と言われた朱美さんは、嬉しそうに頷いた。


金森さんが朱美さんに取材している間、僕と翔太は、瑞希と菜摘を連れて公園に向かった。


その途中、翔太が僕に小声で話しかけてきた。


「さっき、市役所に行ったんだけどよ、ひっでえ状態だったんだ」

「えっ、どういう事?」

「誰も、まともに仕事しねえで、好き勝手な事をやってんだ」

「何だ、それ?」

「そう思うよな。でも、本当なんだ」


僕は、少しだけ考えてから言った。


「それって、イルージョンの影響なのか?」


翔太は、確信めいた物言いで相槌を打った。


「ああ、そうだろうな」


その直後、菜摘の声がした。


「おーい、樹も翔太も遅―い!」

「わりい、今行く」


答えたのは、翔太だった。

金髪美少女の菜摘に急かされて、僕と翔太は慌てて公園の方へと走って行った。



★★★



夏の盛りなので、公園の中は青々としている。

何だか、凄く暑い。いくらヒカリ市の夏は涼しいと言っても、今は一年で一番暑い季節なのだ。

僕の隣で翔太がボソッと、「暑いな」と呟いた。すると、すかさず菜摘が、「こんなの、全然、平気よ」と返す。いつも「暑い、暑い」と愚痴るのは菜摘の専売特許の筈なのに、やっぱり、今の彼女は変だ。


「トキオだって、ナコヤだって、ここよりはずっと暑いんじゃないの? アタシは、全然へいき」


そう言うと菜摘は、ブランコの所へ走って行って、立ったまま勢い良く漕ぎ出した。裾が短めのワンピースなので、直ぐに中が見えそうになる。でも、今の菜摘は、そんな事なんて全く気にしていない様子。

ふと、小さい頃の菜摘と今の菜摘とがダブって見えた。この公園は、僕んの庭と同様、僕らが昔よく遊んだ場所だ。


「ああやって菜摘がブランコに乗ってると、ちっちゃい頃の事、思い出さないか?」


翔太がボソッと言った。翔太も僕と同じ事を感じていたようだ。

再び、僕は菜摘を見た。金色の髪の毛が揺れている。今度は、見知らぬ碧眼の少女がそこにいた。

そして僕の隣にも、もう一人の見知らぬ別世界の少女がいる。

僕の腕を掴み、僕の肩に寄り掛かった彼女が、そっと耳元で囁く。


「樹くん、来てくれて嬉しい」


甘酸っぱい匂いがした。忘れもしない瑞希の匂いだった。

やっぱり、彼女は瑞希なんだ。だったら、僕には、きちんと伝えておく事がある。


「ねえ、瑞希。僕と一緒にナコヤに行かないか? 瑞希が良ければ、僕が瑞希のお母さんに頼んでみるから」

「駄目!」


即答だった。


「私は行かない。何処どこにも行かない。ここハッピーアイランドのヒカリ市が好きなの。ここが私のいる場所なの」


瑞希の強い言葉に、僕は思わず狼狽うろたえた。


「ねえ、樹くん。お願い、樹くんがここに残って。また昔のように、みんなで一緒に学校へ行きたいの。ねえ、樹くん、良いでしょう?」


菜摘は、相変わらずブランコを漕いでいる。ギーコ、ギーコ、ギーコ。単調な音が、静かな公園に響く。

菜摘の金色の髪が揺れる。前に来て、また後ろに戻って行く度に、水色のワンピの裾が際どい辺りまで捲れ上がる。菜摘の太股が見える。それは、驚くほどに白い……。


「あ、猫だあ!」


瑞希が猫のいる方に、いきなり走って行った。


「あの猫、この辺で良く見かけた猫に似てないか?」


翔太が、僕の所に寄って来て呟いた。


「まさか。ここで良く見かけた猫って、黒猫だろ?」と僕が言うと、翔太が答えた。


「菜摘や瑞希が金髪になるんだから、黒猫が白い猫になったって、全然、不思議じゃ無いだろ」


そういや、こないだ瑞希と電話した時も、公園に居た猫が黒いか白いかで言い合いになったっけ。それって、あの猫の事だったのかもしれない。

だけど、良く見ると、あの猫って白というよりも銀色じゃないか? さっきのミモザの木の残骸のように、身体中の毛がキラキラと輝いて見える。


相変わらず瑞希は、猫をあやしている。彼女が喉の辺りを撫でると、猫は気持ち良さそうに目を細めてニャーと鳴く。


「ねえ、樹くん、いつまでいるの?」


ふいに瑞希が、振り向かずに言った。少しだけ見えた横顔が、妙に淋しげに見える。でも、それは一瞬のことで、僕の目の錯覚だったのかもしれない。


「明日の昼頃には、ここを出るつもりだよ」

「そう」


瑞希の白いワンピの背中は、やっぱり、どこか淋しげだった。


「ねえ、まだ時間も早いし、これから学校に行かない?」

「えっ、学校?」

「良いじゃないか。学校、行ってみようぜ」


横から翔太の賛成の声が上がった事で、僕らは菜摘と瑞希を連れて、久しぶりの学校へ行ってみる事になったのだった。




END076


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「変わり果てた教室」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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