074:ヒカリ市再訪
翌朝、僕は、親友の金森翔太、彼の従兄の金森智哉、そして母さんの四人で、ハッピーアイランド州ヒカリ市へと向かった。
移動手段は、金森さんがレンタルした七人乗りのミニバンだ。
前回、僕らがヒカリ市に戻った時は国道六号線を延々と走ったから時間が掛かったけど、今回は高速道路を使ったので、朝方、トキオで渋滞に巻き込まれた以外は順調だった。
高速道路は修復されたとは言っても、工事が間に合っていない所が割とあって、時々一車線になっていたり、あちこちで波を打っていたりしている。八十キロ規制が基本で、所々で六十キロ制限になっていた為、通常時よりは時間が掛かったけど、下道を行くよりは断然に早かった。
途中、手頃なパーキングエリアで、出がけにコンビニで買ったサンドイッチや総菜パンを食べた。昼食にしては少し早い時間だったけど、ヒカリ市での食事は出来るだけ減らしたいと思ったんだ。
ところが、ハッピーアイランド州に入る直前のインターチェンジで、僕らは下道に下ろされてしまった。そこから先は道路の改修が終わっていないのかと思ったら、違っていた。料金所の所で言われたのだ。
「お手数をお掛けして申し訳ありませんが、この先ヒカリ市に行かれる方は、国道六号線を北上して検問を通って頂きます。その後、ナコソのインターからは、再び高速道をご利用頂けます」
それで、しばらくの間、僕らは国道六号線を使うハメになった訳だが、そっちは四月の上旬に僕らが通った時とほとんど変わっていなかった。つまり、道路の応急処置はされているものの完全な改修工事は終わっておらず、津波でやられた家屋もそのままの状態という事だ。
ただ少し不審に思ったのは、交通量が少ないという事と、ほとんど人の姿を見かけない事だった。それでも、全く見ないという訳ではないので、普通に生活している人もいるようだ。
やがて、検問所が見えてきた。と言っても、一車線を残して道路が閉鎖されており、近くに二台のパトカーが止めてあるだけの簡単なものだ。
検問所でのチェックは、思ったよりも簡単だった。金森さんが提示した書類を若い男の警官がチェックし、金森さんと母さんの免許証、翔太と僕のマイナンバーカードの写真を見て本人だと確認しただけだった。荷物のチェックとかは一切ない。警官は三人いたけど、何だか暇そうに見えた。
検問所を過ぎると、ナビゲーションの音声案内が「ハッピーアイランド州に入りました」と告げた。その直後、ハッピーアイランドに入った事を示す見慣れた立て看板が現れた。それを見た僕は、『ああ、本当に帰って来たんだな』と思って、胸の奥が温かくなった。
★★★
ヒカリ市に入ると、車窓から懐かしい景色が次々と現れては通り過ぎて行く。ナコソ地区を過ぎると直ぐにバイパスに入ってしまったので、街の様子はまだ分からない。だけど、車の量が少ない事だけが気になった。やっぱり人の数が減っているせいだろうか?
「さあ、ここからはこれ付けてね」
母さんは、僕等にひとつずつマスクを手渡してくれた。これでいよいよ臨戦態勢だ。
やがて、バイパスを下りて、道の両側に様々な店が続く幹線道路へと入る。相変わらず人も車も少ないけど、一応、街は機能しているように思えた。レストランとかは閉まっているようだが、意外と開いている店があるみたいだ。
そうこうするうちに、センターヒルズニュータウンの大きな看板が見えてきた。そこで右折して上り坂を登れば、いよいよ僕らが住んでいた街だ。そこからは見慣れた街並みが次々と現れて、気が付くと僕の家の前に到着していた。
★★★
時刻は、正午を少し回った辺りだった。
僕と母さんが自分のキャリーバックを持って車から降りると、金森さんと翔太も手伝ってくれて、段ボールに入った水や食料とかの荷物を玄関先まで運んだ。
その後、金森さんと翔太の二人は、再びミニバンに乗って、ヒカリ市の中心部へと向かって行った。今日の午後はまず市役所を訪問して色々と情報を収集してから、駅周辺での聞き込み調査を行うらしい。
僕が鍵を開けて久し振りの我が家に足を踏み入れると、熱が籠っているせいか、もわっとした空気が身体に纏わり付いてきた。それに、少し黴臭い感じがする。雨戸を締め切っているせいだろうか?
それでも雨戸を開ける気にはなれなくて、部屋の照明を点けた後、すぐにエアコンのリモコンを探して手に取った。スイッチを入れる前にチラッと母さんの顔を見たけど、首を縦に振ったので、そのままスイッチを入れた。
ここでは多少はイルージョンの存在に目を瞑ってしまわないと、やって行けない。
それから、僕らはリビングダイニングのあちこちを見て、そこが思ったよりも片付いていたのに少し驚いた。いや、むしろ人が生活している気配が感じられないと言うべきだろうか?
母さんが言うには、台所回りとかも、家を出る時に掃除した時のままだそうだ。
「あの人、『洗濯の為に家へ帰ってるようなもんだ』って言ってたけど、本当みたいね。それでも、家に帰ってきたら、普通は何かは作ろうとすると思うんだけど……。コーヒーを沸かしたり、カップ麺にお湯を注いだりとか……」
残しておいたインスタントコーヒーとか、カップ麺とかも全て手付かずのままだったようだ。
「案外、洗濯するのに家に戻ってたってのも、五月までだったのかもしれないわね。その後は、全然、家に戻ってないのかもしれないわ」
電話機の青く点滅しているボタンを押すと、『録音メッセージは十九件です』とアナウンスされた。でも、大半のメッセージは無言で、それらは恐らく母さんからのものだろう。残りのメッセージも、セールスばかりが続く。だけど、それらも六月の上旬辺りで途絶えてしまっていた。
そこで母さんは、おもむろに受話器を取ると、父さんの工場に電話を架けた。職場への直通電話だという。
「あ、繋がった。スマホだとダメだけど、ここの電話は繋がるみたい」
そうこうするうちに相手が出て、その人に様々な部署を探してもらって、やっと父さんが捕まったようだった。僕は、そっと手を伸ばしてスピーカーホンに切り替えた。
『何だ、お前、こっちに来てたのか』
父のそっけない声がした。
「だって、何度電話しても繋がらないんだもの。心配して来てみたのよ」
『俺の方は、一応、大丈夫だ。ただ近々、うちの工場も閉鎖することになった。もう部品が入って来ないんだ。今の手持ちの在庫で来月の頭ぐらいまでは持ちそうなんだが、それ以後はもう閉鎖だな』
「じゃあ、次は何処に行くの?」
『たぶん、トキオの本社だな。でも、ひょっとするとナコヤの支社に行けるかもしれん。まだ分からんが、そっちに工場を建てる話もあるんだ。やっぱり、海外の工場だけだと不安だからな』
それからも父さんは、「差し当たり、今の注文は何とか海外の工場にシフトする事が出来て、思ったよりも損害が少なかった」だとか、「それによって今期の業績悪化は、最低限で切り抜けられそうだ」といった事をペラペラと話した。『こんな事、社外の僕らに話して良いんだろうか?』って思ったけど、父さんは気にしていないみたいだ。
新型発電所で爆発が起きた当初は、最悪、倒産も覚悟したそうで、その後も大幅な人員削減は避けられないと考えていたようだけど、若手の大半が自主的に退社して行った事に加えて、実質的な損害が少なかった事で、役員報酬のカットとボーナスの減額で済みそうだ……。
「あなた、そんな事より、こっちには来れないの?」
『そうだな……。すまん。やっぱり無理そうだ。いずれにせよ、お盆には、お前の実家に顔を出すようにするよ』
会社の事を僕らなんかに長々と話してしまう所は少し心配だけど、父さんの話し方自体は割と変わっていなくて安心した。それに、ヒカリ市の工場から転勤になるってのは、何よりも朗報だ。とはいえ、ここから一刻も早く脱出して欲しいんだけど……。
『そう言えば、今、センターヒルズの自宅か?』
「ええ、そうだけど」
『そうか。まあ、外線から電話が架かってきたんだから、ハッピーアイランドに来てるって事だとは思ってはいたんだが……。とにかく、気を付けろ。一日、二日なら大丈夫だとは思うが、できるだけ早く帰れ。さっきも言ったが、俺はそっちには行かない。気を付けて帰ってくれ』
父さんは最後の所を早口で言って、いきなり電話を切ってしまった。相変わらず忙しいようだ……。いや、そうじゃないかもしれない。会社の事は長々と話していたくせに、最後の所が早口だったのは何か変だ。
僕は、父さんが言った『気を付けろ』という言葉が何となく気になったけど、母さんは別の所に引っ掛かりを覚えたようだ。
「ふふっ、『俺は、そっちには行かない』ですって。『行けない』じゃなくて、『行かない』と言う所があの人らしいわね」
僕は、苦笑気味に呟いた母さんを元気付けようと口を開いた。
「でも、良かったね、母さん。父さん、元気そうで。それに、父さんがヒカリ市から転勤になりそうで良かったじゃない。まあ、実際に顔を見るまでは安心できないってのはあるけど……」
「そうね。その通りだわ。それに、あの人も言ってたように、ここは危険だわ。私達も気を付けましょう」
最後に僕が付け加えた言葉に乗っ掛かるようにして、母さんも改めて気を引き締めたようだった。
END074
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、隣の鯨岡家での出来事です。
物語も終盤に差し掛かり、これからは大きく動いて行きます。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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