073:翔太からの申し出
金森翔太からの、『俺と一緒にヒカリ市に行ってみる気はないか?』という申し出に対し、僕は、「取り敢えず、母さんに聞いてみる」と答えた。速攻で「行く」と返さなかったのは、母さんが反対すると思ったからだ。
ところが、この事を母さんに話してみると、意外にも二つ返事でOKされてしまったのだ。ただし、「私も一緒に行くわ」と言う。
反対したのは、香澄叔母さんだった。彼女は珍しく動揺した様子で、「絶対に行っちゃ駄目!」と涙目で頼み込んできたのだが、ひさびさの姉妹ゲンカを止めに入った祖父さんに、「旦那に会いに行くのに、反対する奴があるかっ!」と一喝されてしまった。
僕はというと、相変わらず詳しい事情を知ろうとはしない祖父に呆れたし、香澄叔母さんの事は少し可哀そうだったけど、自分には都合が良いので黙っておいた。
とにかく、こんなチャンスが二度とあるなんて思えない。これを逃したら緑川瑞希にも、鯨岡菜摘と愛奈の姉妹にも、もう永遠に会えない可能性だってあるんだ。それにヒカリ市には、まだ僕の父さんだっている。多少の危険なんて、目を瞑ってしまったって当然じゃないか。
そして、その思いは香澄叔母さんにだって伝わってようで、尚も彼女は涙を流しながら、僕らの決心を認めてくれたんだ。
「分かったわ。確かに、葵お姉ちゃんも樹くんも、それなりの覚悟があるんだろうから、私はもう何も言わない。だけど、できるだけ危険な事は避けて頂戴。それと、生きて帰って来て。どんな状態だろうと、帰って来る事を優先して欲しいの。私の一生のお願いだから……」
再び泣き崩れてしまった香澄叔母さんの姿に、さすがに祖母はか狼狽した様子だった。だけど祖父は、最後まで「何を大袈裟な。戦地に行くのでもあるまいし……」と呆れていたのだった。
★★★
『そっか。樹くん、翔太の誘いに乗ってくれたんだ。どうもありがとう。この話を翔太から聞いた時に私、「これって翔太よりも樹くんの方が適任なんじゃないかな」って思ったんだよね』
「なあ、麻衣。その提案は凄く有難かったんだけど、ひとつ言っとくと、僕は翔太の代わりにヒカリ市に行くって訳じゃないんだ。翔太も行くって話だからね」
『えっ、翔太も?』
青木麻衣は、電話先で珍しく酷く動揺した様子だった。
「実はさ、僕も『お前は行く必要ないんじゃないか?』って言ったんだよ。だけど、あいつも頑固でさ。『絶対に付いてく』って言い張ってんだ。まあ、もう一度、トキオで会った時に説得してみるけど……」
『そ、そうなんだ……。もう、あのバカ……』
「まあ、翔太にしたって、ヒカリ市に思い入れはあるんだと思う」
『そんなの当たり前じゃない。私達にとって、生まれ育った故郷なんだよ。私だって、私だって本当は行きたいよ。でも……』
「分かった、分かった。麻衣の分も僕がちゃんと見て来るからさ……。あ、それと、リカちゃんの事も心配なんだよね」
『あ、それは私も思った。リカちゃん、ずっとヒカリ市を出たがってたもんね。何とかしてあげたいんだけど……。まあでも、樹くんは、まず自分が無事に帰って来る事を一番に考えて』
「あはは……」
『もう、いきなり笑い出したりして、どうしちゃったの?』
「あ、いや、おんなじ事、他の人にも言われちゃってさ」
『まあ、良いわ。それより、私、翔太に電話してみる……。あ、それと私、夏休みはトキオに行くつもりだから、トキオか、その途中のナコヤで樹くんにも会えたら良いなって……、と言っても、まだ具体的な予定は決まってないんだけどね』
「分かった。僕もできれば麻衣と会いたいから、日程が決まったら教えて」
★★★
そんな訳で、僕は翔太のヒカリ市に行くという提案を受けたのだけど、その際、保護者として母さんの同行を条件とした。それを翔太が従兄の人に打診してもらった所、返事は直ぐに返って来て、僕の母さんも大歓迎だと言う。現地に詳しい大人がいた方が、取材には何かと好都合だからということだ。
そして、夏休みに入った最初の日の朝、僕は母さんと二人で新幹線に乗ってトキオの金森家を訪れた。
その翔太の家族は、最初のうち母方の実家で間借りしてたらしいけど、今は2DKの賃貸マンションに移っていた。翔太が一人っ子とはいえ、家族で2DKでは手狭だ。でも、今は緊急事態だから仕方がないとの事。
翔太のお父さんは最初のうち単身でヒカリ市に残っていたけど、六月に入って直ぐにトキオの本社へ異動になって、今は同居。ヒカリ市の工場は、閉鎖されてしまったらしい。
「ごめんなさいね。本当は、泊まって行って欲しいんだけど、ごらんの通りこんな狭い所じゃ却ってご迷惑でしょう」
「いやいや、どうぞおかまいなく。今回は、お世話になる身ですから」
「それは逆ですわ。本当は、私も付いて行きたいんです。あっちの家、まだ売れないみたいだし……。でも、最近パートを始めちゃって、今はどうしても行けないもんですから……。あら?」
その時、ちょうどインターホーンが鳴って、現れたのは翔太に似た顔立ちの背の高い男の人だった。
もっとも、良く見てみると翔太よりも彫が深くて、目鼻立ちがしっがりしている。翔太の欠点を無くした、正統派のイケメンだ。年はアラサーだと聞いていたけど、もう少し若く見える。
その彼は、会って直ぐに名刺を渡してくれた。「フリージャーナリスト、金森智哉」とあった。
その金森さんによると、最近、ハッピーアイランドに入るのが非常に難しくなっているという。
そうして語られた内容は、だいたい香澄叔母さんから聞いたものと同じだった。つまり、香澄叔母さんの話の信憑性が、これで裏付けられた事になる。
「ハッピーアイランドの州境には、検問が作られていてね。許可証が無いと通れないんだよ。今回、僕は特別に許可証を入手していて、これで高速道路と検問の両方を通れるんだ」
「あの、そんな凄い通行証がどうして……」
「そこの所は、残念ながら明かす訳には行かないんだ。だけど、この通行証がある限り、通行は許可される……あ、でも、身分証明は持ってるよね」
「はい」
事前に翔太から言われていたので、僕はマイナンバーカードを持参していた。母さんは、常に運転免許証を持ち歩いているので問題はない。
僕は、ダメ元で金森さんに質問してみた。
「あの、単純に疑問に思ったんですけど、何の目的で検問所なんて設置されたんでしょうか?」
「さあ、どうしてなんだろうね。僕が得ている情報では、『現地の治安悪化を防ぐ為に、不審な車をチェックしている』とのことなんだけど、でも、本当の所は、行ってみないと分からないんじゃないかな」
金森さんからは、残念ながら、あいまいな回答しか得られなかった。
その後、僕らは外で夕食を一緒にして、翌日のスケジュールについて簡単な打ち合わせを行った。そこには翔太の母親の金森敏江さんも一緒だった。
その席で僕は翔太に、「本当に、一緒に行くの?」と訊いてみた。
「別に、翔太まで僕らと一緒に行く必要は無いんじゃないの? 麻衣が心配してたよ」
「いやいや、こんな機会はめったに無いんだから、行くに決まってるだろ」
「でも、危険化もしれないよ。イルージョンの濃度によっては、一日でも影響が出るかもしれないし……」
「あはは。それは無いだろう。それだったら、もう誰も生きてないって事になるぞ」
「それはそうだろうけど……」
そこで僕は金森さんの方を見たけど、彼は何やら考え込んでいる様子。
「実はさ、危ないかもしんない事は、金森さんにも言われたんだ。でも、瑞希とか菜摘とか、まだ向こうにいる訳だしさ。俺だって、ちゃんと故郷の現状をきちんと自分の目で見ておきたいんだよ。な、俺だけ置いてくみたいな事、言わないでくれよ……」
そんな風に親友の翔太から言われたら、僕だって「分かった」と返すしかない。
こうして、明日の朝、僕と母さん、翔太と金森さんの四人で、ハッピーアイランド州ヒカリ市を車で訪れる事になったのだった。
END073
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「ヒカリ市再訪」です。次話からは、第十二章「浸食」になります。
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