071:アメリカの叔母の再訪
イルージョンが人体に与える影響には、未だに定説が無いと言われてはいるものの、それは「細胞と遺伝子を破壊して複製を阻害する一連のプロセスが解明されていない」という事でしかない。つまり、人体への影響そのものを否定する学者は皆無なのだ。また、「どの程度の量を体内に取り込めば、具体的な症状が現れるか?」といった情報が不足しており、更に、その症状自体も謎とされている。
そんな状態なのだから、先日の電話で青木麻衣が言った、「イルージョンの影響が、具体的な症状として出始めた」と判断する材料は、ほとんど無いと言って良い。
しかし、そうだとしても、僕は麻衣の言葉を否定する気にはなれなかった。
その後も麻衣とは何度か電話で話したけど、取り立てて新しい情報が得られる訳では無かった。だけど、時間が経つにつれて、僕の焦りは増して行く。緑川瑞希や鯨岡菜摘と話しても、要領を得ない言葉しか返って来なくて、ネットからも情報が得られないとなると、もはや現地に行くしかない。
そこで改めてヒカリ市へのアクセスを調べてみると、JRの特急は一日に一往復あるものの、高速道路は閉鎖されたままなので、高速バスは使えない。それと麻衣からの情報では、国道四号線や六号線を北上した場合、ハッピーアイランド州に入る手前に検問所が設けられているらしい。
『……まあ、ハッピーアイランドが危険であるのは間違いないのだから、検問所を設けて、悪戯半分に訪れようとする若者とかを取り締まるってのは、一理あるとは思うんだけど……、どうも納得が行かないんだよねえ』
「まあ、そうだよな。未だに人が住んでて、普通に生活してる訳だし」
『そうなのよねえ……あ、それと、JRの特急なんだけど、自由席は無くて、立ち乗りも禁止らしいの。で、指定席なんだけど、向こう何週間かの分が満席で、簡単には切符が取れないんだって』
「えっ、どういう事?」
『首都電力の方で、買い占めされてるんじゃないかっていうのが、一番有力な説ではあるんだけど、「政府が一般人をハッピーアイランドに行かせない為だ」って書き込みも多いわね。と言っても、そういうのはだいたい一晩で削除されちゃうんだけどね』
ともあれ、ヒカリ市には「ちょっと遊びに」って感じで行ける所じゃなくなったのは間違いない。
僕は、いよいよ緑川瑞希との繋がりが希薄になった気がして、絶望的な気分になってしまった。
★★★
更に、僕の頭痛の種は、もうひとつあった。一学期の期末テストが、もう間近に迫ってきていた事だ。
僕だって、ヒカリ市にいた時は、成績上位者に名前を連ねていたんだ。いつまでも平凡な成績に甘んじている訳には行かない。
そうやって焦り出した僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、隣の席の田中美佳だった。
ちなみに、彼女が声を掛けて来た時には水野と中村君もいて、僕が彼らに「どうする?」の視線を送ったんだけど、速攻で「オレらは遠慮するわ」と返されてしまった。それで僕も断ろうとしたんだけど、田中さんの泣きそうな表情を見た途端、「じゃあ、お願いしようかな」という返事が口から零れ落ちてしまっていたんだ。
しょうがないだろう。田中さんとは、新型発電所事故の事で関係がギクシャクしたままだったから、『これは、関係修復のチャンスじゃないか?』って、つい思ってしまったんだから……。
そうして、急遽、設定された勉強会は、近くの区立図書館で行われる事になった。そこには学習室があって、少しの会話だったら容認してくれるからだ。
だけど、そこに田中さんだけじゃなくて、犬飼さん、丹羽さん、そして杉浦さんまで現れたのには驚いた。つまり、女子四人に対して、男子は僕一人。僕は犬飼さんに、「香山くん、夢のハーレム状態だね~」と揶揄われてしまい、ますます肩身の狭い思いを味わう事になってしまった。
それでも、田中さんは優等生だけあって、教え方は青木麻衣に負けず劣らずってぐらいに上手い。途中から僕は女子だらけの状況を忘れて、勉強に没頭する事ができた。
そんなこんなで、僕が何とか期末テストを乗り切った七月上旬の週末の午後、祖父母の家に思いがけない訪問があったんだ。
★★★
「いやあ、やっぱ、思い立った即行動だねー。最近は、ニホンへの渡航者が減ってるみたいでさ。予約もすぐ取れたし、飛行機もガラガラだったよ」
突然、祖父母の家にやって来たのは、母さんの下の妹である香澄叔母さんと、歳の離れた従妹の萌香ちゃんだった。
「あんた、次はお盆かお正月に来るんじゃなかったの? こんなにちょくちょく帰って来ちゃって、お金とか大丈夫なの?」
「大丈夫。うちの旦那って割と高給取りだし、安いチケット取ったから。アメリカに赴任すると、お給料が上がるんだよ」
「それは知ってるけど、あんたの思い付きに付き合わされる萌香ちゃんの身にもなってみなよ。可哀そうじゃない」
「それはどうだろ。『小さい子には、旅をさせろ』だよ」
「小さすぎるでしょうがっ!」
あっけらかんとした香澄叔母さんは、母さんの小言なんて簡単にスルーしてしまう。そして、急に僕の方に向き直って言った。
「どうしたの、樹くん? 憧れの香澄お姉さんに会えたっていうのに、嬉しくないの?」
「まあ、色々とありまして……、てか、どうしたんです? アメリカで旦那さんとケンカでもしたんですか?」
「そんな訳ないじゃない。相変わらずラブラブよー。海外にいるとね、だいたいにおいて、夫婦の絆は強まるもんなのよ……って、樹くんの話をしてたんだからね。はぐらかさないでくれる?」
なんか、香澄叔母さんの追及は、いつにも増して厳しくて、次第に真剣なものになって行った。
「まあ、良いわ。先に私の方から二人に重要情報を提供してあげる。ニホン政府は、西部地域を除くハッピーアイランド州とイーストゲート州東北部の一部地域に、非常事態宣言を発令したみたいよ」
「えっ?」「ええーっ!」
一瞬、僕は、香澄叔母さんが言った事の意味が飲み込めなかった。だけど、大声を上げた母さんは、事前に何か知ってたんだろう。
「二人とも混乱しているようね。そんなニュース、どこにも無いって言うんでしょう? ニホン政府は、それすらも秘匿してるって話よ」
「で、でも、何の為に?」
「これは、この情報を私に与えてくれた人の推測なんだけど、ハッピーアイランド州を隔離して、そこから情報を外に出さない為だそうよ」
「香澄、その情報を与えてくれた人ってのは……」
「向こうの政府関係者なんだけど、詳しい事は言えない。たまたま知り合って夫婦で親しくさせてもらってる人なの。当然、秘密情報だから漏らした事がバレたら迷惑が掛かっちゃう。だけど、アメリカの方はまだ良いの。問題は、ニホンの方。こっちは公安警察が動いてて、最悪、冤罪とか吹っ掛けられて逮捕されちゃうみたいだから」
「えっ、まさか?」
「お姉ちゃん達も、薄々感じてるんじゃないの? ニホンで、いやハッピーアイランドでとんでもない事が起きてるって事」
ああ、そうだ。イルージョンによる人体への影響が、いよいよ症状として現れ出したんじゃないかって事に気付いてる。
「ニホン政府はね、ハッピーアイランドの人達がイルージョンに冒された症状が出てるのを隠したがってるようなの。ほら、今までパニック発生を恐れて、情報を隠蔽しようとしてたじゃない。その責任を問われるのを、政治家や役人たちが恐れてるってことね」
「そんな……。それより、人の命の方が大切でしょうに」
「そういう連中は、人が何百万人死のうと関係ないのよ。自分の保身の方が大切なの」
「だけど、そんなのはネットで情報を拡散しちゃえば、お終いでしょうが」
「だから、連中はやっきになってネットに介入しようとしてるじゃない。それに、これからは、それだけじゃ済まないと思うわ。連中は積極的に『悪質な儀情報を流した』人達を取り締まるでしょうね」
「そんな……、本当の事なのに」
「真実ってのは、自分にとって都合の良い情報のこと。真実はいくらでも作れるの」
「……っ」
「公安が動いている以上、電話でもメールでもハッピーアイランドの情報は監視されてるって考えた方が良いわ。お姉ちゃん達も気を付けてよね。お姉ちゃん達みたいにハッピーアイランドから逃げて来た人達は、集中的に狙われてるみたいだから」
「……」
「私が、わざわざこっちに来たのはね。直接、口で話すしかないからなの。お義兄さん、まだヒカリ市にいるんでしょう?」
その時、香澄叔母さんは、いつになく真剣な顔で父さんのことを口にしたのだった。
END071
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「増幅する不安」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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