069:移り行く日々
五月も後半に差し掛かったある日の事、教室で隣の田中美佳のセーラー服が夏服になった。冬服は全身が黒ずくめだったのに対し、夏服はアッパーが襟の部分以外は白くて半袖だ。それにボトムのプリーツスカートも含めて、生地が薄い。つまり、見るからに涼しそうだ。
男子の学ランの場合、上着を脱いで中のシャツの袖を捲れば涼しくなるのだが、女子はそうは行かない。だから、男子よりも早く夏服に切り替える子がほとんどで、既に大半の女子が夏服になっていた。
ちなみに男子の夏服は、開襟シャツという奴だ。涼しくはあるんだけど、ハッキリ言って、あまりカッコ良くはない。
ちなみに、母さんが中学生だった時は衣替えというのがあって、六月になると全員が一斉に夏服に切り替えたという。だけど今は温暖化で五月でも暑い日が多く、最近は熱中症の問題がクローズアップされているせいで、五月でも個人の判断で夏服を着て来て良い事になっている。
昼休み、田中さんが席を外している間に、僕の席に水野と中村君がやって来て言った。
「ようやく田中美佳も、夏服になったよな」
「やっぱ、セーラー服は断然、夏服だよなあ」
僕は中村君に、「そうなのか?」と返すと、彼は意外そうな声音で、「そんなの、当たり前だろ」と言う。
「女子の服装は、薄着の方が良いに決まってるだろ。やっぱ、半袖ってだけで、ワクワクしねえか?」
「だな。願わくは、スカートの丈が、もう少し短けりゃサイコーなんだけどな」
「こらこら、声がデカいってば。ここ、教室だぞ」
「あ、ごめん」
僕が注意すると、中村くんは直ぐに謝ってくれた。
ともあれ、女子のスカートは短い方が良いってのには、僕も賛成なんだけど、それでもスカートってだけで御の字だと思う。だって、ヒカリ市の中学では、今もジャージでの登校だというからだ。
その話を僕が水野達にしていたら、いつの間にか席に戻っていた田中さんが、「ジャージでの登下校なんて、サイコーじゃない」と言い出した。
「特に、部活の後で帰る時なんて、ぜったいに着替えたくないのにさ。運動部の女子は全員そう思ってる筈だよ」
すると、そこに犬飼さんと丹羽さんがやって来て、「文化部だって、おんなじだよ」と言う。
「うちら、自転車通学じゃない。いくら下に履いてたとしたって、スカートが捲れたりするのは、嫌なのよ」
「ふーん、そういうもんなんだ」
「まあ、水野くんや中村くんは、残念かもしんないけど」
そんなやり取りを聞きながら、僕は本当の事を言おうかどうか悩んでいた。
だけど、犬飼さんの質問で、話さざるを得なくなってしまったんだ。
「でも、帰りだけじゃなくて、登校時までジャージ姿って不思議よね。えーと、朝練とか?」
「それなんだけど、実はイルージョンの対策なんだ。つまり、少しでも肌を空気に晒さないようにしてるんだ」
それでも、最近はヒカリ市でも暑くなった事で、白いウィンドブレーカーを羽織っての登下校は無くなったらしい。それに、上は長袖のTシャツの子もちらほらといるのだとか……。
そんな中、丹羽さんが核心に迫る質問を投げてきた。
「あの、新型発電所の事故って、もう収束したんじゃなかったの?」
僕は、『やっぱり、これがナコヤの人達の認識なんだろうな』と思いながら、手短に現状を話しておく。だけど……。
「正直、信じらんねえな」
「だよな。政府とマスコミがグルで情報を操作してるなんて、マンガとかじゃ良くある話なんだけどさ」
「そういうのって、確か陰謀説とか言うんだよね。ネットにいっぱい書き込みがあるんでしょう?」
「そうそう。『ネットの噂には、惑わされないようにしましょう』って奴」
散々な言いようである。だけど、こういった状況には僕もだいぶ慣れてきていた。だから、まずは、「別に、信じたくないなら、それで良いよ」とだけ言っておく。
「だけどさ。僕らは当事者なんだ。万が一にでも身体に被害があったら嫌だろ? それで、実際、僕のクラスメイトの半分は、もうハッピーアイランドの外の学校に転校しちゃってるんだ」
こうやって事実だけを言えば、誰も反論はできない。
それよりも僕は、田中さんが何も言わないのが気になった。
実は、僕と田中さんとの関係は、未だに少々ギクシャクしていたりする。たぶん、以前に彼女の言葉で僕が気分を害した事を、未だに気にしているんだろう。あの時以来、彼女が僕の前で新型発電所事故に関する事は絶対に言わない。だから、今も彼女が何を思っているのか、僕には分からないままだった。
★★★
新しい中学での最初の中間テストは、散々な結果だった。センターヒルズ南中学校では取った事の無いような点数が付いた答案が、次々と僕の手元に戻って来た。決して、勉強しなかった訳じゃない。それどころか、僕なりに精一杯やったつもりだっただけに、かなりショックだった。
その一方で僕は、田中美佳の凄さを再認識することになった。彼女の点数はどの教科も九十点を超えていたからだ。水野君に聞くと、田中さんはいつだって学年で五本の指に入る成績だと言う。
それで志望校の話になった。どうやら田中美佳は公立のトップ校狙いらしい。
ここナコヤは大都市だけあって、受験の厳しさはハッピーアイランドなんかの比ではない。受験までは残り九ヶ月しかないのだ。これから相当に頑張らないと、悲惨なことになってしまうのは目に見えている。
僕が逃げて来たこちら側の世界にも、この世界なりの厳しい現実が待っているという事に気付いて、僕は改めて心を引き締めたのだった。
とはいえ、成績のことを除けば、ナコヤの中学で僕は、とても順調な毎日を送っていた。
サッカー部の練習は楽しかったし、お蔭で親しい仲間も何人かできた。また、その事が突破口になって、クラスの中にうまく溶け込めた。
隣の田中美佳との少々気まずい関係は今も続いているものの、それがほとんど気にならない程に、僕のクラス内での人間関係はしっかりしたものになっていた。
だけど、その一方で、ハッピーアイランドに残してきた仲間達と僕とを結ぶ絆は、どんどんと細りつつあったんだ。
★★★
ヒカリ市にいる緑川瑞希とは、きちんと週末に電話するようにしていた。それと同じようなタイミングで母さんが鯨岡朱美さんに電話するから、その時に菜摘や愛奈とも話す機会が得られている。
今の所、僕の印象として、彼女達を取り巻く状況は良くも悪くもなっていない。
相変わらず、センターヒルズ南中学での状況だって、何も変わってはいないようだ。
例のオバサン先生こと猪狩先生は、教室内では傍若無人に振舞っており、菜摘も瑞希も相当な苦労を強いられているみたいだ。それでも、以前のように露骨なイジメまがいの叱責は控えているらしく、それだけでも少し楽になったとの事だ。
だけど、リカちゃんに関しては、今でも担当の授業の時以外、理科準備室に引き籠っているそうだ。
「四家さんなんだけど、結局、トキオの学校へ転校しちゃった。だからね、今のクラスは、男女合わせて二十人。前からいる子は十五人だから、ちょうど半分。二十人のうち、女子が五人しかいないってのも、なんか異常って感じ。もう、これ以上は減って欲しくないんだけど、男子で転校しそうな子が三人いるの。ほら、イルージョンだけじゃなくて、受験の事だってあるじゃない。転校するとしたら、今がラストチャンスなんだって」
「そっか。受験の事とか考えると、厳しいよな」
「そうなの……。あ、だけど、こっちの高校は、逆に入り易くなりそうだって、リカちゃんが言ってた。それどころか、どこも定員割れになりそうなんだって」
確かに、そうだろう。センターヒルズほどじゃないにせよ、他の中学だって、転校した生徒は相当数いる筈だからだ。
「リカちゃんが言うには、ヒカリ市から撤収を決めた会社や工場がいっぱいあるそうなの。だから、余計に転校する生徒が増えているみたい」
「そっか」
それから僕は少し考えて、前々から思っていた事を口にしてみた。
「なあ、瑞希。そんな風に女子の数が減ってんなら、お父さんを何とか説得して、瑞希もハッピーアイランドを離れられないか?」
「難しいと思う」
即答だった。
「お父さん、最近は、ますます頑固っていうか、意固地になってるみたいなの。それに、お母さんの方は、何となく元気が無くて、前よりもずっと、お父さんの言いなりって感じ……」
それからも色々と話したけど、最後まで瑞希の返事は、ハッピーアイランドを離れる事について否定的だった。
そして、結局、今週もまた僕は、何の成果も上げられないまま瑞希との電話を終えたのだった。
END069
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「変調の兆し」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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