068:田中美佳
「香山くん、サッカー部に入ったんだ」
田中美佳がそうやって話し掛けて来たのは、翌週の月曜日のことだった。サッカー部の練習があるのは、火曜、水曜、金曜の週三日。先週の火曜は見学で、僕が練習に加わったのは水曜と金曜。陸上部の練習がどういうローテーションなのかは知らないけど、彼女は三回目にして、やっと隣の部活に僕の姿を見付けたという訳だ。
その間、僕の方はと言うと、田中さんを色々と観察していた。彼女は、走り高跳び以外にも走り幅跳びをやったり、トラックを走ったりもしていた。もっとも、走り幅跳び用の砂場はグラウンドの端っこにあって、彼女の観察には不向きだったんだけど、逆にトラックを走っている時は間近で見られて好都合だった。
そうして分かった事は、陸上部で彼女はエース的な存在だという事だ。
それに田中さんは、教室でも結構目立つ存在だった。その彼女がクラスの学級委員長もやっている事を、僕は同じサッカー部の水野恭平から聞いた。
ところが、田中さんのクラスでの評判はと言うと、何故か今ひとつパッとしない。顔やスタイルはまあまあだけど、何でもズバズバ言うストレートな性格が男女共に敬遠されがちなのだ。別に嫌われてるって感じではないんだけど、特に男子からは引かれてしまっていた。単なる友達にしとくならまだしも、「彼女にするには、ちょっと……」といった所だろうか。
放課後、サッカー部の練習の合間に、水野が言ったんだ。
「やっぱ、うちのクラスだと田中なんかよりも、犬飼さんとか、丹羽さんとか、渡辺さんだよな。あ、それと杉浦さんも良いよなあ。巨乳だし」
杉浦さん以外の三人は、いずれも大人しい性格で、そこそこ可愛い。僕が、『杉浦さんは、ちょっとなあ』と思っていると、同じクラスの中村君が僕の疑問を代弁してくれた。
「杉浦さんって、単にデブなだけじゃねえの?」
「デブじゃねえぞ。ポッチャリ系ではあるけどよ」
どうやら杉浦さんは、水野のお気に入りのようだ。
その他の男子にしても、基本的に女子は「さん」付けなのに、田中美佳のことだけは全員が呼び捨てにしていた。それは彼女が気さくな性格で、男女分け隔てなく気軽に声を掛けるからでもあるらしい。
てことは、僕に良く声を掛けてくるのにも、特別な感情は無いってことだ。まあ、当然なんだろうけど……。
★★★
その日、久しぶりに発電所事故に関しての大きなニュースがあった。事故の直後にメルトダウンが起きていたのを、政府が公式に認めたのだ。
もちろん、ネット上では最初から言われていた事だ。だけど、その情報自体ではなく、政府が認めたって事に意味がある。
これを地震直後に公表したらパニックになったんだろうけど、今となっては、慌て出す人なんていやしない。つまり政府は、きちんとパニックを抑えるのに成功したって訳だ。
その一方で、「新型発電所事故は、人災だった!」という記事が、週刊誌とかの見出しになったりもした。「政府が情報を隠蔽した為に住民の避難が進まず、多くの人達が不必要にイルージョンを浴びてしまった」という訳だ。国会で取り上げられたりもしたが、野党が与党を攻撃する材料にされているだけの感がある。本気でハッピーアイランドの住民を助けようといった意思は、残念ながら、地元選出の代議士の発言にすら感じ取れない。それに僕に言わせれば、『何を今さら』って感じだった。
母さんは、この家でもようやく使えるようになったインターネットで、毎日欠かさず新型発電所事故に関するニュースをチェックしていた。
でも、僕の方はと言うと、もはや興味を失くしつつあった。ニュースで報道された内容の裏読みに疲れた事もあるけど、それ以上に、まだヒカリ市に残っている人達に対する後ろめたさがあるんだと思う。特に、緑川瑞希や、鯨岡菜摘と愛奈に対する僕の思いは複雑だ。
正直な所、僕は自分の心の平穏を保つ為、ハッピーアイランドやヒカリ市、そして新型発電所事故に関する事から、ただ単に目を背けたいだけなんだろう。
だけど、その後で必ず僕は、激しい罪悪感に襲われてしまう。
分かってはいるんだ。僕は、逃げちゃいけない。僕が瑞希、菜摘、愛奈の三人を見捨ててしまったっている罪悪感から、本当は目を逸らしちゃいけないんだ。
それでも僕は弱いから、やっぱり無意識のうちに、そうした情報を遠ざけてしまうのだけど……。
そんな訳で最近は、むしろ、隣の田中美佳の方が最新の状況を知っているくらいだ。
メルトダウン関連のニュースだって、最初の報道だけは僕もテレビを見て知っていたものの、それ以上の事となると、田中さんに教えられているような状態だったりする。
「ねえ、香山くん、メルトスルーって言葉知ってる?」
「えっ、メルトダウンじゃなくて?」
「メルトダウンはね、燃料棒が溶けて圧力容器の底に溜まっている状態でしょう。それに対してメルトスルーってのは、熱で圧力容器の底に穴が開いて、そこから燃料が出てしまっている状態。他にメルトアウトっていうのもあるみたい。それはね、建屋の底に達した燃料が建屋の底のコンクリートを溶かして、地面の中にまで潜り込んでしまった状態なんだって」
「へえ、詳しいんだね」
「うん。発電所事故が原因で香山くんってここに引っ越して来た訳じゃない。だからさ、私なりに最近関心を持って、新型発電所事故関連のニュースはチェックしてるってわけ」
「そうなんだ」
「うん。私、驚いちゃった。ネット上には、本当にいろんな情報が飛び交っているんだね。『ニホン政府は、ハッピーアイランド州民二百万人を既に見捨てている!』なんてのもあったわ。何か、別の世界の話みたいでしょう? それに、『今のハッピーアイランドは、戦場だ!』なんてのもあったな……」
田中美佳の悪い所は、そうやって人が聞きたくない事をペラペラとしゃべってしまうことだ。しかも、本人には全く悪気が無いのだから、余計に質が悪い。
僕が急に不機嫌になったことは、田中さんにも直ぐに伝わったようだ。
彼女は、何とか明るい話題に切り変える事で、まだ僕との会話を続けたがっているようだった。だけど今日の僕は、何故か虫の居所が悪かったせいで、どうしても黙っていられなかったんだ。
「そうだよ。僕は、あの別世界からやってきた宇宙人って訳だ」
自分でも嫌になるほど低くて、気味の悪い声だった。
「それに、あそこが戦場だってのも、その通り当たってる。臆病者の僕はさ、その戦場から逃げ出した脱走兵って訳だよ。それも、あんなに好きだった彼女まで見捨ててね。最低の奴だよ、僕は……」
こんな事を田中さんにぶちまけたって、迷惑なだけだ。そんなのは、僕だって分かってる。別に、彼女に悪気がある訳じゃない。
言えるのは、ただひとつ。所詮、田中さんは、どこまで行っても、こちら側の世界の住民だって事なんだ。
直ぐに僕は、田中さんに『謝んなきゃ』って思ったんだけど、実際に謝ったのは、田中さんだった。
「ごめんなさい……」
か細い声だった。彼女は、泣き出しそうな顔をしていた。
ああ、やっちゃった。女の子に謝らせてしまった。
そもそも女っていうのは、男以上に謝るのが嫌いな生き物だ。それが謝ったというのは、それだけ心に受けたダメージがデカいって事なんだ。
マスい。これは、非常にマズい……。
田中さんは、それ以上は何も言わずに、次の授業の準備を始めてしまった。
このまま何も無かった事にしてくれれば良いけど、そんなに都合良く物事が行く筈がない。
結局、田中さんとは、このまま何となく気まずい関係が長く続くことになってしまった。
END068
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「移り行く日々」です。次話から第十一章「不安」になります。
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★★★
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