066:転校初日の出来事(2)
僕の転校初日の放課後、自分のリュックに手を掛けて帰ろうとした矢先に、横から声を掛けられた。
「よっ、結構、田中と仲良くやってたじゃん」
そいつは僕と同じくらいの背丈で、軽薄そうな口調の割には、いたって平凡な印象の男子生徒だった。
その彼は、自分を「水野恭平」と名乗った上で、僕をサッカー部に誘ってきた。
「なあ、香山ってさあ、前の中学でサッカー部だったんだってな……。オレ、関谷先生から聞いたんだけど、合ってる?」
話の後半は、きっと僕が無表情だったから付け足したんだろう。
「一応、合ってるけど」
「あはは。部活になんか入りたくないって感じの返事だな。まあ、オレら、もう三年だし、受験に集中したいってのは分かるんだけどよ」
「あ、いや、そういうのじゃなくってさ。前の学校のサッカー部って、だいたい地区大会の二回戦ぐらいで負けちゃうような弱小だし、三月の震災後は練習とか一切やってないから、とても役に立てると思えないんだ」
「そんでも、二年の時はレギュラーで試合とかに出てたって事だろ?」
「まあ、そうだけど……」
僕が、そう言った途端、水野の顔がパッと輝いた。僕は関谷先生に、「中学の時はサッカー部だった」としか言ってないから、こいつはきっと鎌を掛けたに違いない。
案の定、それから水野は畳み掛けてきた。
「良かったあ。実はさ、うちのサッカー部って、弱小どころか人数すら足りてねえんだわ。だもんで、試合の前は、いつも必死こいて足りないメンバーをかき集めてるって感じでよ。正直、経験者だったら補欠でも大歓迎。最悪、試合にだけ出てくれるってのでも良いんだけど、練習ったって、他の中学と比べたら、お遊びみたいなもんだからよ。ちょっとだけでも来てくれると嬉しいっていうか……」
その練習も、グランドが使用できるのは週に三回だけらしい。
「……今日はグランドが使える日だで、取り敢えず、練習だけでも見に来ねえか?」
窓の外に目をやると、昼近くまで降っていた筈の雨が、いつの間にか止んで青空が広がっている。それでも、「グランドは、まだぬかるんでるんじゃないか?」と聞くと、さっきの休み時間に見に行って、「大丈夫そうだった」という事だった。ちゃんとした雨は朝方だけで、その後は小雨だったようだ。
「うちのグランド、結構、水捌けが良いから、小雨ぐらいなら大丈夫なんだわ」
ふと見ると、水野の後ろにも男子生徒が二人いて、中村君と林君だと言う。林君の方は隣のクラスなのだそうだ。
「どうせ、今度の夏の大会で終わっちまうんだ。秋の大会からは、後輩に任せることになる。三年は俺ら三人だけ、一年と二年の後輩は五人いるんだけど、あんまりやる気が感じられなくて心配なんだ。俺としては、最後の試合くらい、ちゃんと出場したいって思ってる。後輩達をやる気にさせる為にも、せめて人数くらいは揃えておきたいんだ」
林君は、割とサッカー部に思い入れがあるらしい。うちのクラスの二人とは、少し温度差がありそうだ。
「まずは、きちんと試合に出られるのが目標なんだけど、出るからにはベストを尽くしたい。それで一回戦で負けるんだったら、俺は満足なんだ。高校に行ったら、また一かやろうと思ってる」
僕は、林君のその言葉で、少しだけ彼らに付き合ってやろうと決めたんだ。
★★★
そんな訳で僕は、彼らの練習を見に行く為にグランドへ向かった。練習と言っても専用のグランドがある筈もなく、体育で使うサッカーゴールの片方だけを使って、その前でボールを蹴っている程度の事でしかない。
ふと、もう片方のサッカーゴールがある方へと目をやると、その手前で陸上部が走り高跳びの練習をしている。今は、女子が飛んでいる所だった。飛んでいるのは、二人。どちらも、なかなかうまく行かないらしく、何度やってもバーを落としてしまう。
片方の女子が立ち上がった時、一瞬だけ顔が見えた。その瞬間、僕の口から、「あれって、まさか?」という言葉が漏れ出ていた。
いや、間違いなさそうだ。あれは、隣の席の田中美佳だ。
あいつ、陸上部だったんだ。
もう少し近くで見たくなって、場所を反対側に変えた。サッカー部の練習風景を見るフリをして、何気なく田中美佳の練習をそっと覗き見る。
バーの位置は、かなり高い所にあった。走り高跳びにはあまり詳しくないが、素人目に見ても美しい背面跳びのフォームだ。田中さんが走る時、肩までの髪がリズミカルに跳ねる。バーの前で飛んで背中からマットに落ちると、その髪がバサッと顔に覆い被さって、立ち上がる時に頭を振る仕草が様になっている。きっと、後ろで束ねるかどうか微妙な長さなんだろう……。
田中さんのそんな一連の動作に、僕はいつの間にか引き込まれてしまっていた。
もう一人の女子の方が長身だけど、フォームが何となくぎこちなくて、高身長のメリットが活かし切れていない。やっぱり田中さんの方がフォームは綺麗だし、同じバーを落とすにしても、お尻がほんの少し触れた程度だ。それなのに長身の子は、完全に高さが足りてないって感じだ。
僕はもう、サッカー部の練習なんて見てはいなかった。確かに、これくらいの練習なら僕でも大丈夫そうだ。軽くお遊び程度にやるくらいが、今の僕にはちょうど良いのかもしれない。僕は、三人の誘いを受ける気でいた。
その後も僕は、田中美佳がバーに向かって跳躍する姿を目に焼き付けてから、その場を後にした。
★★★
学校から祖父母の家に帰ると、椿叔母さんと彩人くんがいて、二人で僕を出迎えてくれた。
だけど彩人の方は、僕しかいない事に不満の様子。「ねえ、お姉ちゃんは、どこ?」とうるさい。当然、「お姉ちゃん」というのは、緑川瑞希の事だろう。
「お姉ちゃんは、こっちに来てないんだ。ごめんね」
「嫌だ、嫌だ。お姉ちゃん、連れて来てよっ!」
彩人は泣き喚いていたけど、当然、僕にはどうする事もできない。それでも、彩人君は幼稚園で友達といっぱい遊んで疲れていたようで、泣き疲れると眠ってしまった。
部屋着に着替えてダイニングに行くと、母さんと椿叔母さんから、「学校は、どうだった?」と訊かれた。僕は、「別に」と答えたけど、それだけで済む筈がない。
結局、隣の席の田中美佳の事も、サッカー部に入るつもりである事も二人に話してしまった。
「ふーん。転校初日で女の子ゲットだなんて、樹くん、やるじゃない」
「よしてよ。田中さんは、たまたま席が隣になったから、少し話しただけのクラスメイトなんだからさ」
「あら、その子は、そんな風に思ってないと思うわよ。全く気が無い男の子に、わざわざ自分のノートを貸したりなんてしないもの」
「そんなの、分かんないだろ。そういう女の子だっているかもしんないし……」
僕は、そうやって反論したものの、母さんも椿叔母さんも僕の意見に否定的だった。
その二人には、新型発電所事故について、誰からも聞かれなかったって事も話してしまった。
「まあ、そんなものよ。最近は、ニュースでも見ないし、うちらにとっちゃ、もう過去の事なのよ」
「もう、椿は、相変わらず能天気なんだから」
「そんなことは無いわよ。一応、お義兄さんの事は心配してるつもり……あ、樹くんの彼女ちゃんの事も心配だわ」
そう言う椿叔母さんの表情には、深刻さの欠片もない。
「まあでも、樹くんだって、遅くても夏休みの間には向こうに帰れるわよ。それまでの辛抱だろうから、できるだけ前向きに、こっちの生活を楽しんだ方が良いと思うわ」
「あのねえ、椿。そんな訳ないじゃないの!」
さすがに、椿叔母さんの無責任な発言にはカチンときたようだ。だけど、僕が帰る前に発電所事故の深刻さは散々に聞かされていたようで、「はいはい。お姉ちゃんの言う陰謀論みたいなのは、もう充分に聞いたから」と全く取り合おうとしない。
「でも、樹くんの三十人いたクラスメイトが二十一人になっちゃったってのは、さすがに驚いたわ」
「違うよ。もとからいた面子は、十六人。しかも、女子は十五人いたのが、たったの四人だけだからね」
「えっ、それって……」
「北の発電所二十キロ圏内からの避難民の子達が、転入してきたのよ」
「ふーん。さっき、お姉ちゃんが言ってた、『ガラの悪い人達』の事ね」
それから、椿叔母さんは、近所に出来た新しいケーキ屋の事に話題を変えてしまった。
僕は、宿題と明日の予習をやる為に、自分に割り当てられた部屋に戻って行った。
★★★
そして、夕食後、僕は恐る恐る青木麻衣に電話を架けた。
麻衣は直ぐに電話に出てくれて、昨夜、いきなり僕が電話を切ってしまった事を誤った。
ところが、麻衣は、「そんな事は、どうでも良いんだけど……」と言ってから、僕が母さんからも聞いてない不吉な話を口にしたんだ。
「樹くん、トキオとヒカリ市の間のJRなんだけど、ゴールデンウィーク開けから時刻表が変わったの知ってる?」
「いや、知らない」
「こっちのニュースとかだと全く報道されてないんだけど、特急が一日一往復まで減らされたみたいなの」
「えっ?」
「ほら、今までは一時間に一本は必ずあったじゃない。いくら何でも減らしすぎだと思わない?」
「……」
「高速道路も、相変わらず通行止めのままでしょう? ネットだと、『いよいよ、ハッピーアイランドの隔離政策が始まったんじゃないか』って噂が、もう出回ってるみたい」
この時の僕は、麻衣の言った言葉の意味を、まだ充分に頭の中で処理できていなかった。
僕は、あいまいな返事のまま、彼女からの電話を切ったのだった。
END066
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「菜摘と瑞希との電話」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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