065:転校初日の出来事(1)
実を言うと、僕は転校するのが初めてじゃない。小学四年生になった時、センターヒルズ南小学校からニューヨークのニホン人学校に転校しているからだ。
だけど、ニホン人学校ってのは少し変わっていて、ほぼ全員が転校生。僕は二年間だったけど、一年しかいない子だとかもいて、入れ替わりが激しい。それと、一クラスの人数が少ない事もあって、クラスに馴染むのが割と簡単だったりするんだ。
それに海外という特殊な環境から親同士も親密になり易く、家族ぐるみの付き合いになる事が多い。つまり、学校以外でもしょっちゅう顔を合わせているから、その分、仲良くなるのも早いって訳だ。と言っても、どうしても合わない奴はいるから、全員が仲良しって訳じゃないんだけど……。
ともあれ、ニホン人学校での経験は、あまり関係ないって事だ。特に母さんの話だと、ナコヤっていうのは、とかく閉鎖的な土地柄だとも聞く。つまり、そんだけ転校生が少ないという事でもある。それに方言とかもあるから、相当に馴染むのは大変みたい。
そんな風に母さんに脅されていた事も加わって、僕は余計に緊張していた。
僕の新しい教室は、震災に遭った二年の時と同じ三階だった。それが少し不吉に思えたけど、意識して気にしないようにした。そんな事を気にし出したら、一生ずっと気にしなきゃなんなくなってしまう。
今、僕がいるのは、その教室の前の廊下。マンガやドラマで良くあるシーンのままに、緊張してそわそわしながら、関谷先生の声が掛かるのを待っているという訳だ。
だけど、先月、菅波奈々子達が転校してきた時のリカちゃんのように、僕は待たされる事もなく割とすぐに声が掛かった。
そして、教室に一歩足を踏み入れた途端、いきなり七十もの瞳に見詰められて、僕の緊張はピークに達した。
怖い。大勢の好奇の視線に晒されるってのが、こんなに怖いとは思わなかった。まさに、心臓がバクバクして口から飛び出しそうだ。
それでも、必死の思いで口を動かした。
「ハッピーアイランド州から転校してきた香山樹くんよ。皆、仲良くしてあげてね」
「香山樹です。ハッピーアイランド州ヒカリ市から来ました。宜しくお願いします」
一斉に拍手が鳴り響く中、僕は改めて新しいクラスメイト達に目をやった。
やっぱり、学ランとセーラー服だからか、教室内が黒一色で何となく不気味に感じてしまう。制服の違いだけで、こんなにも教室の雰囲気が変わるとは思わなかった。
短い挨拶を終えた僕は、指示された後ろの方の席へと歩いて行く。何となく恥ずかしくて、誰の顔もきちんとは見られない。
席に着くと、直ぐに最初の数学の授業が始まった。国語以外は全て前とは違う教科書なので、どうしても戸惑いがある。それに、授業の進み具合がまるで違う。やっぱり都会の方が早いんだと思い掛けて、ハタと気が付いた。
四月は余震で一週間休みだったじゃないか。それに学校が始まっても最初は教科書も無くて、二年生の復習のプリントしかやらなかった。だから進行具合が違うのは当たり前だ。
でも、そんな風に開き直った所で、分からないのはどうしようもない。こんな時に頼りになる委員長の青木麻衣は、もうここにはいないんだ。
★★★
休み時間になってもまだ途方に暮れていた僕に、隣の女子が話し掛けてきた。
「ねえ、香山くんだっけ。ノート貸したげよか? あ、私、田中美佳と言うの。宜しくね」
「あっ、宜しく。凄く助かる。でも、何で?」
「何か、君が困ってるみたいだったから」
「うん、前の中学、四月はあまり授業無かったんだ。こっちは授業が進んでて、ちょっと驚いちゃった」
「えっ、何で?」
僕は、そこで本当の事を言うべきかどうか少しだけ考えて、正直に話す事にした。
「えーと、新型発電所の事故、知ってるかな?」
「えっ? ああ、そう言えば、あの事故ってハッピーアイランドだったね」
彼女は、一瞬だけ意外そうな顔をしたけど、すぐに分かってくれた。
ちなみに、最近、新型発電所の事故の事は、ニュースでもほとんど報道されなくなっている。もちろん、事故が収束された訳じゃない。たぶん、その逆で、ヤバい状態だからこそ、政府は国民の目を逸らせたいんだというのが、母さんの意見だ。
「四月は、事故のごたごたで、ちゃんとした授業ができない状態だったんだ。ほとんど水とかも出なかったし……」
「ふーん、そうなんだ。大変だったんだね」
僕は、ハッピーアイランドの事は、こっちであまり言わないようにしようと決めていた。言いたくない事まで、根掘り葉掘り聞かれたくないからだ。だから、彼女の割とアッサリとした反応は、却って好感が持てた。
「あ、それで、分かんないとこあったら、気軽に聞いて良いよ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
この田中美佳に対する僕の第一印象は、いたって平凡ってとこだ。身長はたぶん百六十センチくらい。どちらかというと痩せている。肩に触れるかどうかという長さの特徴の無い髪型。顔はそれなりに整ってはいる……。
強いて言えば、僕にとって、まだ見慣れないセーラー服を着ている分、若干の美少女補正が掛かっている所だけど……、それが本当に補正なのかどうかさえ、今の僕には怪しいって気がする。
ああ、やっぱり駄目だ。今の僕にはまだ緑川瑞希以外の女子のことは考えられない。もっとも、たまたま隣の席になったってだけで、僕の前の彼女と比較されたんじゃ、田中さんの方が迷惑だろうけど……。
僕は、田中美佳から借りたノートをひたすら写すことに専念した。一度には終わりそうになかったので、その後の休み時間も、昼休みも使って写した。
その間、いろんな奴が僕の席にやって来て、あれこれと尋ねて行った。僕が想定していた震災のこととか、新型発電所事故のこととかは、ほとんど聞かれない。「ハッピーアイランドって、どんな所?」という質問は稀にあったけど、多いのは僕個人の趣味だとか、「好きなスポーツは?」、「好きなアイドルは?」といった質問ばかりだ。
『皆、遠慮しているのかな?』と思ったら、違っていた。
「新型発電所の事故ねえ……」
放課後、思い切って隣の田中さんに尋ねてみると、彼女がその理由を明かしてくれた。
「あんまりピンと来ないのよね。トキオよりも向こうって行ったこと無いし、どういう所か、全く想像つかないっていうか……」
つまり、「関心が無い」って事だ。
「それよかさあ、香山くんって彼女いるの?」
突然、彼女から直球で一番に聞かれたくない事を聞かれてしまった。
『さあ、何て答えるべきか』と考えあぐねていると、田中さんの方が先回りして声を上げた。
「やっぱ、遠距離恋愛は難しいってことかな。トキオとかだったら、まだ何とかなるかもしんないけど、その向こうだと時間もお金も掛かるもんね。大人だったらともかく、中学生じゃ無理か。やっぱ、考えちゃうんだよね……。と言っても、私は経験ないから分かんないし、きっと良いお世話よね。ごめんね、余計なこと言っちゃって」
田中さんの話が途中で変わったのは、彼女が僕の顔色を見て何かを察したからなんだろう。
「香山くんって、結構、思ったことが顔に出やすい人なんだね。ねえ、前の学校でも、そう言われた事あるんじゃない?」
やっぱり、顔に出ていたようだ。
「まあいっか。話したく無い事って、誰にでもあるもんね……。あ、でも、もし香山くんが話したくなったら、私、何でも聞いてあげるよ。まあ、たまたま隣になったよしみって奴かな。別に親しくはないけど、かと言って全くの他人でもない女子って、そういう打ち明け話をするには最適だと思うんだ。あくまで私の直感なんだけど、何か、香山くんって色々とありそうだし……。もし、その気になったら、気軽に言ってね」
田中さんは、早口で一気にそれだけ喋ると、部活があるからと言って急いで教室を出て行った。
去って行くセーラー服の後ろ姿を見送った僕は、帰ろうと思って自分のリュックに手を伸ばす。
ふと窓の外に目をやると、いつの間にか今朝の雨が上がって、澄んだ青空が広がっていた。
END065
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、転校初日の話が続きます。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/




