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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十章:転校(五月二日)
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064:転校初日の朝


今度の中学の制服である学ランは、祖父母と母さんに大好評だった。転校初日の朝、その学ラン姿で僕が台所に現れると、祖父じいさんも祖母ばあさんも少し大袈裟に、「似合う、似合う」と言って絶賛してくれた。

それに母さんは、昨日も見た筈なのに、改めて「懐かしいわ」を連発している。


「昔、憧れだった学ランを自分の息子が着る日がやってくるなんて、ほんと、夢みたい。まさに、感無量って感じだわ。やっぱり、こっちに来られて本当に良かった……」


そんな母さんに僕は、ふと思い付いたことを尋ねてみた。


「ねえ、母さん。中学の時、好きだった男子とかいたの?」


母さんは、僕の予想外の質問に困惑顔だったけど、それでも答えてくれた。


「そうねえ、月並みなんだけど、野球部のエースだった先輩に憧れていてね、試合にも付いて行ったりしてたのよ。今で言う『追っ掛け』みたいな感じだったんだけど……。お父さんには内緒よ」


どうやら、母さんにも思春期の頃があったようだ。


とまあ、祖父母の家を出る頃までは平静を保っていた僕だけど、登校時間が近付くに連れて、次第に憂鬱になってきた。

しかも、昨日の晴天が嘘だったように今日は雨。母さんは、「ちゃんと雨合羽あまがっぱを買っておいて、本当に良かったわ」と得意がっていたけど、僕の方は最悪の心境だった。母さんが念の為に買っておいてくれた雨合羽はビニールの奴で、如何いかにも着心地の悪い代物だったからだ。


僕は、学ランにヘルメットを被った状態の上から、その雨合羽を着込んで自転車に跨った。その自転車は、ヒカリ市から持って来た物だけど、これに乗って学校に通う事になるとは夢にも思わなかった。

それでも僕は、母さんの「行ってらっしゃい」という言葉で、エイッとペダルを蹴って走り出した。



★★★



雨合羽を着て自転車に乗るのは初めてだった事もあり、最初は戸惑った。だけど、すぐに慣れてしまい、そうなると今度は、頭の中に様々な事が浮かんできてしまう。

ナコヤに来てからの僕は、できるだけ何も考えないようにして来た。ずっと目の前の事だけに集中しようと努めていたんだけど、こうして一人になると、どうにもそれが難しくなってしまう。

だから、ペダルを漕ぐのに集中して、余計な事を考えないようにしないといけない。少しでも気を許した途端、様々な思いが津波のように押し寄せて来て、胸が押し潰されそうになってしまうからだ。


そんなに雨脚が強いって訳じゃないけど、走っているせいか身体からだを叩く感じが鬱陶しい。それに、フードを被っていても顔に当たる水滴が不快だ。

それでも僕は、懸命にペダルを漕ぐしかない。


今の僕は、つい二ヶ月前までは思いも寄らなかったような状況にある。仲が良かった友達がみんないなくなってしまったのだ。


――何故だ? どうして、こうなった?


そういう強い思いが常に心の中に根強くあって、ともすると心の表面にふっと出て来て、大声で騒ぎ出そうとする。

油断してはいけない。僕は平気だ。淋しくなんかないぞ!

今は、そんな風に必死に耐えているしかない。

僕は、まだ一度も緑川瑞希みどりかわみずきに電話していなかった。今はまだ何も話せない。鯨岡菜摘くじらおかなつみでも駄目だ。ヒカリ市での楽しかった日々が、どうしても頭の中に蘇ってしまうからだ。


僕は、ひたすらペダルを漕ぐ。

そうして、かろうじて僕が脳裏に思い浮かべたのは、昨夜の青木麻衣との電話でのやり取りだった。



★★★



最初は、僕も瑞希に電話しようとしたんだ。だけど、できなかった。それから、菜摘に架けようとして、五秒後に諦めた。

その直後、掛かって来た電話を、僕は母さんに取ってもらおうとしたんだけど、逆に「今、忙しいから、自分で撮りなさい」と言われてしまった。

その電話が、僕の大切な幼馴染の一人で、僕よりも早いタイミングでオサカに引っ越した、青木麻衣だったんだ。


『そっか、いつきくんも、とうとう転校したか。やっぱりね』


麻衣は、ちょっと皮肉っぽい口調だった。


『じゃあ、今は淋しくて仕方がないって感じなのかな?どうせ、まだ瑞希には、電話できないでいるんでしょう? 電話したら、お互いに泣き出しちゃうもんね。「瑞希、会いたいよう!」なんてね』


図星だった。だから、尚更に腹が立った。


『あっ、怒ったの。冗談だってば。マジになんないでね。……辛いかもしれないけどさ。今は、じっと耐えるしかないよ。私も、同じだったから……』


そうだった。麻衣は僕よりも一ヶ月先にヒカリ市から引っ越したんだった。


「でも、麻衣は強いから」


麻衣は、いつだって僕らの委員長なんだから……。


『何を言ってんの? 私だって、女の子なんだよ』

「あ、ごめん」

『分かれば、宜しい』


ところが、その後で麻衣が発した言葉は、樹にとって思い掛けないものだった。


『これを言っちゃ怒られるかもだけど、樹くん、早く新しい彼女を見付けることだと思うよ』


僕には、麻衣の言葉の意図が分からなかった。

今の僕には、瑞希以外の女の子なんて考えられない。そんなのは麻衣だって良く分かってる筈じゃないか!


『樹くんが思ってる事も、ちゃんと分かってるつもりよ。今、樹くんは、混乱してるよね。何で、そんな事を私が言うのか分からないって思ってる。でもね、だからといって、今の樹くんが瑞希に対し出来る事なんて、もう無いと思うんだ。少なくとも私には、思い付かない……』

「で、でも、それって……」

『ごめんなさい。私がヒカリ市を出る時、ちゃんと言ってあげられたら良かったんだけど、あの時は私も余裕が無くて……、なんてのは言い訳よね。本当を言うと、あの時はまだ確信が無かったの。だから、樹くんに、『考えて』なんてあいまいに言っちゃった……』

「……」

『あれから、私も考えてみたんだ。でも、樹くんと瑞希にとって最善の未来ってのが、どうしても思い浮かばないの。そんな状態で、これ以上に瑞希のことを引きずっても、お互いが辛くなるだけだと思うんだ。樹くんの方で何か突破口みたいなのがあれば別だろうけど、その状態だと何も無い訳でしょう?』

「……っ」

『ハッピーアイランドもヒカリ市も、そこに住む人達はみんな、もう私達にとっては過去のものなの。いや、正確に言うと、こことは別の世界のこと。樹くんも私も、もう、その世界の住民では無いの。そこは、樹くんや私の夢の中だけにしか存在しない世界。だから、忘れるしかないの』


普通の状況であれば、『そんなの、馬鹿げてる』って笑い飛ばしてしまえる話だ。実際、ナコヤの人達だったら、そうするに決まってる。

だけど、僕も麻衣も今のハッピーアイランドでの状況だとか、あの新型発電所の事故の現状を知っているから、それができない。

その怒りを僕は、八つ当たりだと分かってはいても、麻衣にぶつけるしかなかった。


「麻衣と翔太のことはどうなんだよ? 麻衣は翔太を忘れられるのかよ!」


それなのに麻衣は、謝ってきた。


『ごめんね。翔太と私は、ただの長距離恋愛なの。会いたければ、会いに行ける。でも、樹くんと瑞希の場合は、それとは違うよね? 敢えて言うなら、異世界恋愛かしら』


麻衣が言いたい事は、良く分かる。彼女は、もう手遅れだと言いたいのだ。僕は瑞希を強引に引き摺ってでも、こっち側の世界に連れて来るべきだったんだ。

だけど……。


「でも、まだ手遅れって訳じゃないよね? 今だったら、行こうと思えば行けるんだからさ」

『そうね。今だったら、まだハッピーアイランドに戻る事だって出来ると思う。実際、樹くんや翔太のお父さんだって、まだ向こうにいる訳なんだし……。まあ、「それがいつまでか?」って議論は、ここでは止めておくわ……。だけど、考えてもみて。今、樹くんが「ハッピーアイランドに戻りたい」って言って、あおいさんは、それを許してくれるかしら? 葵さんにしてみたら樹くんが一番に大切だもの。絶対に手元に置きたがると思うわよ。それに、瑞希のご両親だって、そんなに簡単に彼女を手放すとは思えない。あそこのお父さん、相当に頑固そうだったし……。やっぱり、渡部市長が安全宣言を出したってのが、大きいわね』

「……そうだな」


渋々ながらも、僕は麻衣の言う事を認めざるを得なかった。


「どっちにしろ、今すぐは無理よ」


麻衣が言いたいのは、瑞希を連れ出しに行くにしても、もう少し様子を見るしかないという事だ。

だけど、その間もイルージョンは彼女の身体を蝕んで行く訳で……。

麻衣が「良く考えて」と言ってくれた時、もっと僕は真剣に考えてみるべきだったんだ。

そういや、あの日、麻衣は僕に、「後悔しないように」と言ってくれたじゃないか……。


「チクショー!」


気が付くと僕は、受話器を握ったままで悪態を吐いていた。


『樹くん、大丈夫、樹くん……』


麻衣が電話の向こうで心配そうに何度も呼び掛けていた。

でも僕は答えなかった。そして、そのまま受話器を置いた。

心のどこかで、『後で、麻衣には謝っておかなきゃな』と思いながら……。



★★★



青木麻衣との電話でのやり取りを思い返しているうちに、いよいよ中学校が近付いて来た。ここまで来ると、僕と同様に自転車通勤の生徒がちらほらと目に付く。

更に、もう少し行くと、今度は傘を差しながら徒歩で向かう生徒も見掛けるようになった。今朝は学ランの事しか考えていなかったけど、女子の制服は昔ながらのセーラー服のようだ。その姿が何だか凄く珍しく思えて、僕は改めて自分が転校生なんだと自覚した。


やがて校門を通って、自転車を指定の置き場に置いて雨合羽を脱いでから、職員室へと向かう。その時には、周囲が学ランとセーラー服の生徒がいっぱいで、黒一色って感じだ。なんかアウェイ感がハンパ無い。それと同時に僕の胸が、急にドキドキと高鳴り出した。

僕は、ふと菅波奈々子(すがなみななこ)の事を思った。前の中学で五人の旋光性が来た時、奈々子だけが怯えたように見えたのは、たぶん、こういう事だったんだろう。あの時、北から来た避難民の生徒は四人いたけど、奈々子だけが一人だったんだ。


職員室に入ると、昨日も会った小柄な女性教師が、すぐに迎えに来てくれた。


「おはようございます、関谷せきや先生」

「おはよう、香山くん。ちゃんと、時間通りだったわね……。あれ、どうしたの? なんか、元気無いみたいだけど」

「いや、大丈夫です」

「昨日、ちゃんと眠れたの?」

「ええ、まあ」

「そう……。ちょっと緊張してるのかな? じゃあ、行きましょうか」


僕は、関谷先生と一緒に職員室を出ると、僕の新しいクラスメイト達が待つ教室へと向かって行った。




END064


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話も、樹の転校初日の話が続きます。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


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