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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十章:転校(五月二日)
63/92

063:転校の準備

すいません。一度投稿してからで恐縮ですが、最後の二行は削除させて頂きます。


その次に僕の記憶にあるのは、母さんの実家で祖父母と一緒に焼き肉を食べている時だ。


「こないだいつきがここに来た時は、ほんと、賑やかだったねえ」


祖母ばあさんが「賑やかだった」と言うのは、震災直後、鯨岡菜摘くじらおかなつみ愛奈あいな、そして緑川瑞希みどりかわみずき、の三人と一緒に、ハッピーアイランドから避難して来た時のことだ。

でも、今回、ここに来たのは、僕と母さんの二人だけ。

あの時と同じで父さんはヒカリ市に残ったままだから、今、ここにいるのは、僕と母さんと祖父母の四人。これからの僕は、この四人で、この家で暮らして行くんだ。


「樹、明日は、十時に新しい中学校に行くことになってるからね。それと、その前に役所にも行かなきゃいけないから、九時前には、ここを出るわよ。準備は、だいたい私がしておいたから、今夜の所は、ゆっくり休んで明日に備えなさい」


いつもよりもほんの少しだけ優しい口調で、母さんが言った。

僕に、淋しがっている時間なんて無かった。お風呂に入って歯を磨くと、自然に眠気が襲ってきたからだ。


本当は明日からの不安で胸がいっぱいになっている筈なのに、やっぱり長旅で疲れていたんだろう。布団に潜り込むや否や、僕は深い眠りの中へと落ちて行った。



★★★



ナコヤの人達は、誰もが親切だ。こないだ避難で来た時は、変な女性教師に補導されそうになったりもしたけど、今回は誰もがやたらと僕等に優しくしてくれる。


役所の人達も、とても良くしてくれた。それに僕らは被災者ということで、市から色々と補助金が出るらしい。係の女性は、それらを笑顔で説明しながら、細かい多くの手続きを嫌な顔ひとつ見せずにやってくれた。

その上、役所を出る時には、「大変だと思いますけど、頑張って下さいね」と言って、見送ってくれたりもした。


なんか、自分が特別な人になったと錯覚してしまいそうで、どうにもこそばゆい。その事を母さんに言ったら、「これから困ってる人とかいたら、樹も優しくしてあげれば良いのよ」と言われた。

だけど、今の僕は別に「困ってる人」なんかじゃない。だから、ちょっと違うっていうか、『誤解されてるかも』って思った。


母さんの母校だという中学校に行った時も、同じような感じだった。僕らは応接室に通されて、教頭先生と学年主任の椙村すぎむら先生から、「大変だったねえ」と温かい言葉を掛けてくれたのだ。特に、植田うえだという教頭先生は、前のセンターヒルズ南中学の滝沢教頭とあまりに違っていて、僕の事を親身になって心配してくれる。なんか、それだけで僕は、この中学校が好きになった。

制服は今までのブレザーではなく、まさかの学ランだった。母さんが当てにしていた近所の人のお古が手に入らず、学校指定のお店を聞いた所、「卒業生が残して行ったのがあるから」と椙村先生が言う。そして、すぐに保管庫に行って、持って来てくれた。サイズ的にも問題なく着られたので、特に母さんの方がほくほく顔だ。

他にも、通学用のヘルメットとジャージ一式をタダで貰った。ジャージの方は、なんと新品だった。これで、後で買わなければなんないのは、体操着と上履きくらいだ。

ちなみに、ヘルメットは自転車用の物で、学校の校章付きの物だ。つまり、今度の中学は、自転車通学なのだ。


「もう少しで担任の関谷せきや先生が来るから、まだちょっとだけ、ここで待っとってくれるかな」


教頭先生は、そう言ってチラっと腕時計を見た。あと五分で休み時間になると言う。


「お待たせしました。関谷です。あら?」


やがて現れた小柄な女性は、僕を一目ひとめ見た途端、顔に驚きの表情を浮かべた。


「あの時のお友達二人は、一緒じゃないの?」


そう聞かれた僕は、彼女の顔をマジマジと見た。あの時と言うと、震災直後に避難で来た時しかない。だったら、この先生が、あの時に僕らを補導しようとした女性教師なんだろうか? でも、印象がだいぶ違うんだけど……。


「どうしたの? えーと、私の事、憶えてないかな?」


そう言って関谷先生がニヤリと笑った時、ようやく僕が記憶する女性と顔が一致した。

別の人に思えた原因は、服装と髪型だ。三月の時は、やぼったいスーツを着て髪を降ろしていたのに、今は紺のジャージ姿で髪を後ろで束ねている。その姿が、中学生にも見劣りするような体型とも相まって、彼女を年齢よりもずっと若く見せていたのだ。

この人の身体からだの貧弱さは、リカちゃんとの共通項かもしれない。


「すいません、思い出しました。今回は、僕一人です」

「まあそうよね。避難するのと転校とは違うもの。君も寂しいとは思うけど、がんばってね。私も精一杯、応援するから」


そう言って微笑む姿は、こないだと正反対でとても爽やかな印象だ。やっぱり、女の人の見方は難しいと思った。だから男は、すぐ女に騙されたりするんだろう。


「じゃあ、香山くん、明日、待ってるからね。ちゃんと、遅刻せずに来るのよ」


少し悪戯っぽく言った関谷先生に僕は、素直に「はい、宜しくお願いします」と返して、母さんと一緒に頭を下げて別れた。



★★★



この季節、僕がいたヒカリ市と、ここナコヤとの気温の差が一年で最大になる。ヒカリ市ではまだまだ肌寒い季節なのに、こっちはもうすっかり夏の陽気だ。


母さんと一緒に外に出ると、五月晴れの青い空が一面に広がっていた。天気予報だと、今日は二十五度を大きく上回る夏日だと言う。

実際、その予報どおりに気温はどんどんと上昇しているようだった。暑い。真夏でも涼しいヒカリ市では、絶対に有り得ない暑さだ。


それでも、帰る前に、中学の敷地の中を歩いて一周してみた。

まだ授業中で、校庭では体育の授業が行われている。男子はグランドの中央でサッカー、女子はトラックの回りをひたすら走らされている。

「懐かしいわ」と、母さんが呟いた。


「でもね、校舎とかは、もう全部が建て替わっちゃってるの。建物の配置も昔とはちょっと違うわ。体育館まで新しくなってるなんて、驚きよね。やっぱり、耐震性の問題とか、アスベストの事とかがあったからかしら」


母さんは、ずっと一人で喋り続けている。

ここセントラル州のナコヤ市周辺は、自動車産業で潤っていて、ハッピーアイランドとは比べ物にならない程に豊かな地域だ。きちんと道路は整備されていて、交通量が多いし、見掛ける車のグレードが違う。軽自動車が多いハッピーアイランドとは違って、やたらと外車が目に付く辺り、住民の所得の差を感じざるを得ない。

どこの公共施設も立派なのだから、学校の校舎が新しくなっているのだって不思議じゃないと思えてくる。


「さあ、もう一度午後に、今度は自転車で来るのよ。明日からは独りで通わなきゃいけないんだから、まずは道を覚えなきゃね」


その日の午後、母さんが言う通りに僕は三十度近い気温の中、ママチャリに乗った母さんと一緒に中学までの路を二往復した。最初は母さんのママチャリの後を付いて行き、二度目は僕が先に走った。


それから、母さんの車で上履きとかを買いに行ったりして、転校の前日は瞬く間に過ぎて行ってしまった。




END063


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、いよいよ樹の転校の日になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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