062:引っ越しの日
昨夜、投稿ミスをした関係上、60話を大幅に加筆してあります。できましたら、そこから読んで頂ければ幸いです。
「あんた達、外でやる部活は、もうずーっと無しだからね。体育館で筋トレとかやったって、どうせ無駄よ。市の大会も今年はあるかどうか分かんないし、市の大会がないって事は、ハッピーアイランドの他の大会も無いって事よ。体育の授業なんて、当分無し。そういや、体育の馬目先生とか、どうすんのかね。プールなんて、もってのほか。体育際も文化祭も卒業旅行も、皆の楽しい事は、ぜーんぶ無し……」
今日の「リカちゃん」こと菊地先生は、いつも以上に荒れている。ゴールデンウィークの中日で、犬猿の仲の猪狩先生がお休みという事もあってか、一人でもう荒れ放題。誰にも止められない状態だ。そして、たぶん次に話題になるのは、きっと、この僕なんだろうけど……。
「……どうかしら? これでも、あんた達、ここにいる? 嫌だったら、さっさと出てくのね。出て行ける人は、出てった方が賢明って奴よ。私だって、出て行けるならそうする。こんなイルージョンで汚れきった街、もう未練なんて無いもんね」
菊池先生は、それ以上は言わなかった。結局、僕の名前は、最後まで出ず仕舞いだった。
気が付くと僕は、教室を出て行った先生を懸命に追い掛けていた。
「菊池先生!」
僕が背中から先生を呼んでも、先生は振り返らない。だけど、職員室とは別の方角に歩く向きを変えた。
僕は、そのまま菊池先生の後に付いて行った。
空いてる教室に僕等が入って行くと、先生は直ぐに扉をピシャッと閉めた。
「ああもう、香山くん、聞いてえ。私さあ、一生結婚できないかもしんない。昨日ね、遂に彼氏と別れちゃった。あいつ、親に『ハッピーアイランドの娘とは、絶対に結婚するな!』って言われたらしいの。それを私に言っちゃう時点で人としてどうかと思うんだけど、その後、何て言われたと思う? 『僕、自分の子供が欲しいんだ』だってさ。それじゃあ、私は子供が産めないみたいじゃない」
「……」
「それだけじゃないのよ。あのバカ、こうも言ったの。『子供ができた所で、奇形児なんか産まれてきたんじゃ堪んないもんな』だってよ。酷いと思わない。それに将来、私が病気になって早死にするだろうって事まで、匂わせてやがんの。『妻になる女性は、やっぱり健康じゃないとね』とか、普通、相手の目の前で言う?」
「……っ」
「まあでも、結婚する前に、あいつの本性が分かって良かったのかもしんない……。なーんて、心にも無い事、呟いてみたりするんだけど、ぜーんぜん、心が晴れないんだ。頭の中に浮かんでくるのは、『もう私って、まともな女じゃないのかな』ってこと……」
「……」
「だいたい、私が健康じゃないって、何なのよ。そりゃあ、お酒は人より多少沢山飲んだりはするわよ。でも、それって健康な印じゃん……って、あいつがイルージョンのこと言ってんのは分かってんだけど……、ああもう、これこそ『風評被害』だわ。もう、あいつの事、ぜーったいに一生恨んでやるう……。いや、まず恨むのは、首都電力だわ。発電所の事故が私の人生を無茶苦茶にしたんだわ……」
リカちゃんの愚痴は、いつにもなく長かった。
先生は授業が無さそうだったけど、一時限目の安島先生の授業、僕のサボりは確定に違いない。
でも、リカちゃん、やっぱ彼氏いたんだ。
僕には、少し意外だった。以前の菜摘情報では、彼氏いない歴イコール年齢ということだったけど、すっかり騙された。
リカちゃんによると、その彼氏とは八年間も付き合ったと言う。大学二年で知り合った後、彼氏がトキオで就職してからはずっと遠距離が続いていたらしい。
こないだ教室で、風呂に入るのに片道四時間も車を走らせたって喚いてたのは、やっぱり彼氏のマンションだったんだ。
そう言えば、あの時、瑞希がそんな事を言ってたな。女の勘って、本当に凄い。
「……ああでも、私の人生、終わっちゃったな……。彼、一流企業に勤めてたの。こうして今は、しがない教師やってるけど、ゆくゆくは玉の輿だと思ってたのになあ……。あいつから一年前に、『そろそろ結婚しないか?』ってプロポーズされた時、さっさと結婚しとけば良かった。こんな教師なんかにしがみ付いてる場合じゃなかった。あの時、『私、まだ教師辞めるつもり無いから』って断っちゃったの。今思うと、ほんと、どうしようもなく馬鹿な女だったわ。もうじきアラサーだっていうのにさ」
リカちゃんは、そう言って自嘲ぎみに笑う。
「だからさあ、香山くんだけじゃないわけ。今回の発電所の事故はね、沢山の愛する人達を離ればなれにしたわ。もっとも、菅波さんみたいに『津波で家族全員を失った人よりは、まだマシだ』って言われるかもしれないけどね」
『そう言えば……』と僕は思った。だから、今朝の菅波奈々子は、あんなに僕に優しかったのかもしれない。
きっと、あいつは、人と別れる時の辛さを知ってるからなんだ。
「分かりました。先生」
僕は、努めて明るく答えた。でも、菊地先生は、「無理に、明るくしなくても良いのよ」と言う。
「私も早くあいつの事を忘れるように頑張るから、香山くんも転校先で頑張るのよ」
菊池先生だって辛い筈なのに、最後は笑顔で励ましてくれた。
★★★
それから、僕がヒカリ市を去る時までは、物凄いスピードで時間が流れて行った。
出発の朝、僕と母さんは、自分の家の庭に並んで立っていた。
目の前には、あの震災の朝に二つに裂けた、ミモザの巨大な枝が横たわっている。
「もう、すっかり茶色くなっちゃったね」
僕がそう言うと、母さんは溜め息を吐いた。
「仕方ないわね」
僕が触ろうとすると、母さんに止められた。
「イルージョンの粒子が一杯へばり付いてる筈だから、触っちゃ駄目よ。みっともないけど、このまま放っておくしかないわね」
僕は、大きな枝をもがれた本体の木へと目を向けた。その木は、前より減ったけど、ちゃんと今も緑の細い葉をいっぱい付けている。
このミモザは、僕にとって、子供時代の幸せの象徴みたいな木だ。
毎年の春に、たくさんの黄色い花が咲いた時は、僕は間違いなくハッピーな気分でいられた。
そこには、いつも隣の菜摘と愛奈、翔太と麻衣、そして、一番に大切な筈の緑川瑞希がいたんだ。
だけど僕は、もう、ここを離れないといけない。
父さんがガソリンを満タンにしてくれたミニバンの運転席に、母さんが座った。その父さんは、日曜なのに朝早く会社に行ってしまって、既にここにはいない。ひょっとして父さんは、僕らを見送るのをわざと避けたのかもしれない。
僕らが車に乗っても、菜摘と愛奈は外に出て来なかった。朱美さん曰く、愛奈が泣くからだと言う。
「でも、本当は菜摘だって、淋しいのよ」
菜摘には、そういう意地っ張りな所がある。
反対に瑞希は、僕が引っ越しを告げた日からずっと一緒にいる。引っ越しの準備の時も毎日僕の家にいて、片時も僕の傍から離れようとはしなかった。まるで、一瞬でも一緒にいる時間を無駄にしたくないというように、いつも真剣な熱い眼差しで僕を見詰めてくれていた。
別れの時、気が付くと僕は瑞希の手をしっかりと握って、「電話するから、手紙書くから」と言っては、涙ぐんでいた。
自分でも、情けない奴だと思う。僕が理想とする強い男には、全く持って程遠い。
それから車に乗り込んだ後は、いつまでも手を振り続ける瑞希の姿を角を曲がって見えなくなるまで、ただじっと見詰めていた。
こうして、僕の子供時代が終わってしまった。
END062
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「転校の準備」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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