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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第九章:対立(四月十八日~)
60/84

060:奈々子の誘い


「アタシ、あんたのこと、ちょっと好きになったかも」


木曜日、緑川瑞希みどりかわみずきを家に送って行った後、再び近くの公園で菅波奈々子(すがなみななこ)に声を掛けられた。

その菅波の髪は、こないだより更に明るい茶色になった気がする。最初に会った時は色黒だと感じた肌も、随分と白くなったように見える。


「イルージョンは、美容に良いのよ」


そう言ったのは菅波でなくて、新妻亜紀にいづまあきだった。彼女は、さも自分が美貌の持ち主であるかのように言ったのだ。確かに、新妻の肌は透き通るように白い。それと比べたら、菅波の肌は、まだまだ普通の肌色でしかない。


「ねえ、明日の祝日、もし暇だったら、アタシに付き合ってくんない?」


最初は、『いきなり、何言ってんだ?』と思った。でも、何度も押し問答を繰り返すうちに、結局は彼女に押し切られてしまった。

待ち合わせ場所は、この公園。時間は午後三時半。自転車で集合することになった。



★★★



そして、翌日の昭和の日、朝方は雲っていたのに、午後から晴れた。

僕は、約束の時間キッカリに公園に行った。本当は、瑞希んとは目と鼻の先の公園なんかで、別の女子と待ち合わせなんてしたくない。もし、そこに菅波がいなければ、すぐ家に戻ってしまうつもりだった。

でも、菅波奈々子は、既に待ち合わせ場所に来ていて、僕の顔を見ると直ぐに、ママチャリを漕いで公園から出て来た。「後を付いて来い」という事らしい。


僕は、彼女の自転車の後を、少し距離を置いて追い駆けた。その間、二人とも無言だった。

やがて僕らは、センターヒルズから出る坂道に差し掛かり、海の方へと降りて行った。『ああ、帰りが大変そうだ』と思いながら、僕はペダルを漕ぐのを止めて、タイヤが転がるのに任せて坂を下った。

菅波は早い。坂に差し掛かると、見る見るうちに背中が小さくなった。カーブが続く坂道を、全くブレーキを使わずに、一気に降りて行く。最後はレーサー並みのスピードで海岸通りの手前まで来て、やっと急ブレーキを掛けて止まった。


路は、そこで行き止まりだった。ロープが張ってあって、「通行止」の標識がある。

その先は、津波の土砂と瓦礫とで凄い事になっていた。ここには集落があった筈なのに、今はポツンポツンとしか建物が残っていない。かろうじて残った建物も一階は伽藍堂がらんどうで、壁が一面か二面しか無い状態だった。二階から上だけが、かつての面影を留めているって感じだ。

菅波は、その場所に自転車を置いて鍵を掛けた。僕も彼女の自転車の横に自分の自転車を停めると、タイヤをチェーンでロックした。


「行きましょう」


菅波がポツンと言った。そして自分が先に「通行止」のロープを跨ぐと、振り返らずに、ずんずんと先へと進んで行く。まるで、僕が付いて来ることを信じて疑わないって様子だ。

僕は仕方がないので、菅波の白いウィンドブレーカーの背中を追って行く。彼女のボトムは、スリムのジーンズ。スタイルの良い彼女には、ピッタリのアイテムだ。ヒップがキュッと締まっていて、歩くと左右に揺れる所が何とも艶めかしい。

確か彼女は、鯨岡菜摘くじらおかなつみと同じ四月生まれだった筈。同じ月に生まれたのに、菜摘よりも断然、年上に見える。


瓦礫を上手く避けながら、菅波は更に奥へと進んで行く。僕は、慌てて足を速めた。



★★★



やがて、僕らの目の前に、灰色がかった太平洋が現れた。途端に、塩の香りがプーンと鼻を突く。ここには堤防があった筈なのに、今はコンクリートの瓦礫しかない。津波で全てが、破壊されてしまったんだろう。

以前は綺麗な白い砂浜だった海岸に出て、ようやく菅波は立ち止まった。外海そとうみだから、波が荒い。


ふと僕は、あの辺にテトラポットが並んでいたのを思い出した。以前はテトラポットの内側が真夏の海水浴場になっていたんだけど、それが今では跡形も無い。僕には、その事が悲しかった。だって、それは幼馴染達と楽しく過ごした、僕の大切な思い出だったから……。

もっとも、ここヒカリ市は夏でも割と涼しい所なので、実質的に海で泳げるのは、一ヶ月に満たない間でしかないのだけど……。


「これじゃ、今年の海水浴は絶望的ね」


思っていた事をそのまま言われて、僕は少し驚いた。そう言えば、菅波奈々子の家族は、彼女以外の全員が津波にやられたと聞いている。菅波の家は、この辺りにあったんだろうか?


「アタシの家はね、たぶん、あの辺り……」


そう言って菅波は、ある方向を指差した。


「ごめんね。こんな所に突き合わせちゃって」


普段の彼女からは想像がつかない素直な物言いに、僕は少し動揺していた。


「アタシね、ここに来るのって、今日が初めてなんだ」

「えっ?」

「震災後、初めて来たの。やっぱ、一人じゃ怖くて、どうしても来られなかった。だから、香山くんを誘ったんだけど、迷惑だったよね、友達でも無いのに……」


僕は、咄嗟に返す言葉が見付からなかった。そして、何て答えて良いか分からないまま、しばらく無言で海を見ていた。

菅波もまた、黙り込んでしまっている。


何となく気まずい雰囲気のままに、時間だけが過ぎて行く。


風が冷たくて、じっとしていると少し肌寒い。波が寄せては返す音だけが、辺りに響き渡っている。ゴオーという大きな音だ。海には、だいぶ白波が立っている。

僕がぼんやりと隣に突っ立っていると、菅波が突然に言った。


「あっ、地震……」


結構大きい。でも、震度四くらいだろう。


「香山くんは、念の為、逃げた方が良いよ。また、アレが来るかもしれないから」


菅波奈々子の方をチラッと見て、僕は驚いた。彼女の身体からだが小刻みに震えていたからだ。


「お前こそ、逃げろよ」

「アタシは、良いよ」

「馬鹿、だったら一緒に逃げよう」


思わず僕は菅波の手を取って、その場から連れ出そうとする。ところが、僕の手は、強い力で振り払われてしまった。


「アタシは、良いんだってばあ!」


突然の大声に、僕の身体からだが固まってしまった。

見ると、菅波が泣いている。声も出さずに泣いている。


「僕もここにいるよ」

「何でよ。あんたには、緑川さんがいるでしょう。それにお父さんやお母さんだっている。だから、死んじゃ駄目なんだよ。死んだら、残された人が悲しむから……」


突然、隣から咽び泣く声が聞こえてきた。菅波は、その場にしゃがみ込んで泣いている。

僕も近くにしゃがみ込んでみたものの、何て慰めれば良いかなんて分からない。


菅波奈々子は、ずっと泣き続けている。


どこかから、カモメの啼き声が聞こえてくる。空を見上げると、いつも見慣れた沢山のカモメ達が、僕らの頭上を旋回していた。

やがて、どこからともなくラジオの音声が聞こえてきた。


『ただ今、ハッピーアイランド州の沿岸地方で地震がありました。震源はヒカリ市の沖合で、震源の深さは十キロ。地震の強さを示すマグネチュードは、五.四と推定されます。震源に近いヒカリ市で震度四……。この地震による津波の心配はありません……』


途中は聞き流したけど、最後の所だけが耳に残った。


「津波の心配は無いってさ」


僕は、努めて平静を装って菅波に声を掛ける。でも、彼女は相変わらず泣いたままだ。さっきより多少は治まってきたけど、尚も彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出て、ポタポタと砂浜に滴り落ちては消えて行く……。



★★★



その時、近くで車のドアが開く音と、誰かがこちらに向かって来る足音とが聞こえた。立ち上がって音がした方を見ると、すぐ傍に、さっきは無かった軽トラックがあった。

降りて来たのは、白髪の老人だった。顔付きからすると結構高齢のようだが、背筋をシャキッと伸ばし、足元にも一切ふらつきが無い。

その老人が突然、菅波に向かって話し掛けた。


「あれまあ、おめえ奈々子じゃねえか。生きとったか。こりゃあ良かった。良かったなあ!」


老人は、菅波の腕にそっと片手を掛けて、一気に立ち上がらせた。


「……秀じい?」

「そうじゃ。秀じいじゃよ。いやあ、嬉しいぞ。こりゃあ、めでたい。本当に良かった。菅波んとこの家の者が全滅だってゆうから、わしもずっと気になっておったんだが、なんと末娘の奈々子が生きとったわ」


その老人は、菅波奈々子の顔を繁々と見詰めたかと思うと、自分の腕に彼女の華奢な身体を抱き寄せた。しばらく老人の腕の中でじっとしていた菅波が、やがてボソッと言った。


「婆ちゃんは、どうしたの?」


一瞬、老人は沈黙した。そして、海の彼方を見ながら言った。


「死んだよ」

「嘘っ!」

「ホントだ。お前の父ちゃんや母ちゃん、姉ちゃんと同じ所へ行った。他にも健ちゃん、達っちゃん、友ちゃん、みんな、あの海の向こうへ行っちまった。こんなヨボヨボのじじい一人残して行っちまった……」

「秀じいも、海、見に来たの?」

「ああ、そうだ。婆さんを連れて行ってしもうた憎ったらしい海さ、見に来ただ。おめえは、彼氏と一緒に来たんだか?」

「彼氏じゃないよ。友達だよ」


さっきは、「友達じゃない」って言ったじゃないか!


僕は、そうやってツッコミたくなったけど、黙っておいた。


「そっか。良い友達だな。辛い時、黙って一緒に居てくれる友達は大事だ。大切にするだよ」

「うん。そうする」


菅波は、ハッキリとそう言って頷いた。

彼女は、老人からゆっくりと身を離し、老人と一緒に近くの瓦礫の上に腰掛ける。そして無言のまま、じっと沖の方へと目をやった。

僕は、少し離れた所に座って、そんな二人を見守っていた。


やがて、辺りが次第に薄暗くなってきた。

後ろを振り向くと、一面の瓦礫が赤らんで見える。そして、大きな夕陽が、ゆっくりと遠くの山影に降りて行こうとしていた。


――今日の夕陽は沈んでしまうけど、明日も必ず日は昇る!


僕の頭の中に、ふとそんな言葉フレーズが浮かんだ。

でも、そんな陳腐な言葉は、この二人には全く響かないだろう。たぶん、何を言ったって無駄な気がする……。


僕は、二人の悲しみの前で無力だった。




END060


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「引っ越しの告知」です。次話からは、第十章「転校」になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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