058:窓開けバトル(結末)
僕は最近、妙に涙もろくなってしまったようだ。ほんの些細などうでも良いようなことでも、直ぐに目から涙が溢れ出てしまう。
例えば、家の前をランドセルをしょった小学生の集団が、歩いて通り過ぎる時とかだ。普段なら、どうってことのない光景なのに、今の僕には複雑な思いがある。
この子達の将来は、大丈夫なんだろうか?
ちゃんと、健康な大人になれるんだろうか?
たぶん、この中の何割かの子供達が、近々この街を去って行く事になるんだろうけど、そうすると親しい友達とは離ればなれになってしまうのだ。
それでも、逃げられる子は限られている。大半の子は、人生をすり減らしながらも、この汚染された街で生きて行くしかない。
本人達も辛いだろうけど、きっと親達も辛いに違いない。
「お兄ちゃん。愛奈が学校から帰って来るの、待っててくれたの?」
「まあ、そんなとこかな」
僕は、愛奈に自分が泣いているのを悟られないように、わざと何気ない風を装って答えた。そして、「朱美さん、今、うちに来てるよ」と言いながら愛奈の小さな手を取ると、一緒に自分の家に入って行ったのだった。
★★★
小学一年生の鯨岡愛奈が学校から戻る時間に、何で僕が家に居るかと言うと、昨日の一件で謹慎処分を喰らってしまったからだ。幸いなことに処分されたのは僕だけで、鯨岡菜摘は、何とか処分を免れることができた。
本来は被害者である筈の僕が処分を受けた理由は、いわゆる大人の事情という奴。昨日の事で僕は、世の中で犯罪者とされた人達の多くが、本当は無実だと確信したね。つまり、大人の世界ってのは、事実よりも優先される事があるって訳だ。
あの事件の後、リカちゃんこと菊池先生は、理科の授業中だというのに僕と菜摘を家に帰らせた。理由は体調不良による早退って事だったけど、実際には僕らを理不尽な尋問から遠ざける目的なのは明らかだった。
そして、放課後には臨時の職員会議が招集されたんだけど、そこで僕らの代わりに事情聴取を受けてくれたのは、本来の当事者というか被害者である窓際にいた女子と、その彼女が負ったケガの手当をした女子二名、それと、僕の親友の金森翔太の計四名だったそうだ。
本来の加害者である新妻亜紀と矢内秀樹は、何故か出席しておらず、緑川瑞希は呼ばれていたらしいが、リカちゃんの判断で放課後すぐに帰らされたという。
僕は、その会議の様子を親友の翔太から聞いたんだけど、招集者が学年主任の先崎の肩を持つ教頭先生だった事から、非常に腹立たしい内容だったみたいだ。
普通は、最初に事実確認をするものなのに、「既に、事情は聞いているから」の一点張りで、何も説明させてくれない。そして、いきなり先生方から、センターヒルズ組の五名を糾弾する声が相次ぎ、何か言おうとすると、「言い訳するな!」と教頭先生に一喝されてしまうのだとか……。
「まったく、事前にリカちゃんから会議の流れを聞いてなかったら、絶対に『ふざけんなっ!』って喚いてただろうな」
「そっか」
「けどよ、実際に発言してたのは、教頭と先崎とオバサン先生、それから、体育の馬目と国語の安島ぐらいでさ。後の先生は聞いてるだけって感じだったんだ。たぶん、事前に根回しとかされてたんだと思う」
馬目先生と安島先生は、共に教頭の太鼓持ちといった感じの中年オヤジなので、招待が言った事はだいたい頷ける。
その後、今回の事件は、この僕が首謀して騒ぎを起こした事になった。実際は新妻が突き飛ばして女子が負傷した件も、先崎が自分で倒れて額をケガした件も、共に僕が騒いだせいだとされた。そして、教頭先生は僕に謹慎三ヶ月を言い渡したのだが、そこで校長先生が立ち上がって、今までの僕は比較的成績が良くて大人しい生徒だった事から「今回は大目に見よう」となったらしい。
その結果、僕は今週だけの謹慎となった訳だ。しかも事務的には、病欠扱いにしてくれるという。
「アホくさ」というのが、僕の感想だった。
★★★
昨日、リカちゃんに早退させられた僕と菜摘は、家に帰ってすぐに今日の出来事を母さんに話した。最初のうち、学校を早退した僕らを訝しんでいた母さんも、菜摘が必死になって、「うちらは悪くないの。特に樹は、先崎に殴られそうになった被害者なんだよ!」と訴えてくれて、何とか納得させる事ができた。
母さんは、菜摘のことを産まれた時から知っている。菜摘は口は悪いけど、絶対に嘘を付いたり小細工をしたりする子じゃない。それで母さんは、全面的に僕らを信じたって訳だ。
実を言うと僕は、そんなに真剣な菜摘を見たのは初めてで、ちょっとだけ感動したのは内緒である。
更に夕方になると、翔太が瑞希を伴って僕ん家に来てくれた。二人は、クラスメイトの大半が「僕を処分するのはおかしい」として署名した紙を持っていて、明日、母さんが学校から呼び出しを受けた時、持参するようにと渡してくれた。
この日は珍しく父さんが早く帰って来て、家族三人で夕食を取った。僕らが食べ終えて談笑していた頃、今度は菊池先生から電話があった。受話器を取ったのは母さんだったけど、すぐにスピーカーホーンにして、僕らは先生の声を家族全員で聞く事にした。
先生は、翔太が出席した職員会議と、その後に校長と教頭に呼ばれて指示された内容について、僕らに余すことなく教えてくれた。
その時点で父さんは、僕と母さんから全ての事情を聞いており、学校の理不尽な対応に憤っていた。僕の父さんは、ヒカリ市の有力企業の幹部社員。総務部門を通して警察に訴え出る事だってできる。だけど、そうなってしまえば、もう全面戦争だ。
そうした事情も踏まえてか、菊池先生の態度は神妙だった。そして、僕らに極秘の裏事情まで話してくれた。
『うちの校長も教頭も、首都電力から多額の支援金というか賄賂を貰ってるみたいなんです。つまり、校長と教頭、学年主任の先崎ってのは、北からの避難民を優遇せざるを得ないって訳です。もちろん、明確な証拠がある訳じゃないんですけど、教職員の間では、常識みたいになってます』
「なるほど……。首都電力は、あの手この手でヒカリ市に多額の寄付をしてますからね。どうせ、その一環なんでしょうね」
そうして、最後に先生は、今回の件で僕らに多大なる被害が生じた事を、真摯に謝ってくれたのだった。
★★★
これは僕が翌週に学校で聞いた話だけど、当初、リカちゃんは、あの時に携帯電話で撮影した映像を証拠として、本気で先崎を告発するつもりだったそうだ。だけど、校長先生に、「君は、教師を辞めたいのかね?」と言われて、諦めざるを得なくなったという。
「別に私は、教師なんて辞めたってよかったんだけど、今、辞めちゃうと、香山くんや鯨岡さん、それに緑川さんとかを庇えなくなっちゃうじゃない。さすがに今の状況で、私だけ責任放棄するってのは、社会人としてどうかと思っちゃったんんだよね」
翌朝になると、菊池先生から言われた通りに教頭先生から電話があり、僕は家にいるように言われて、代わりに母さんが学校に出向いて行った。
その母さんは、校長と教頭に対して相当に強い口調でやり合ったらしい。
その結果、最終的に母さんが校長先生と合意したのは、僕の二日間の謹慎処分を認める代わりに、その事は内申書に一切記載しないといった内容だった。更に母さんは、今後、僕が転校する事になった際、その手続きをスムーズに行う事に加え、転校先の中学への連絡文書には、僕に好意的な内容を記載する事などを認めさせた。
他にも、イルージョン対策について様々な意見交換を行ったらしいけど、その辺の事までは僕も母さんから聞かされていない。
それより僕が気になったのは、どうやら母さんの頭の中で、僕の転校は既に決定事項となっている事だった。
どうせ転校するんだから、こっちの中学の事は、どうだって良い。
そんな考えが、今の母さんからは透けて見えるんだ。
「今日と明日、樹は単に病気で休んだ事になってるの。だけど、学校側の報告では、『生徒一名を謹慎処分にした』となってる。ただし、生徒の名前までは報告しないって事だったから、了承したってわけ。とにかく、樹は悪くないんだから、堂々としてれば良いのよ」
学校から戻った母さんはそう言ってくれたけど、何となく僕は嫌な感じだった。と言うのは、問題の先崎とオバサン先生はもちろん、例の避難民四人組にも一切のお咎め無しだったからだ。てことは、これからも連中は、同じようなイザコザを起こすに決まってる。
母さんは、「どうしても嫌だったら、逃げちゃえば良いのよ」と言うけど、そうなれば、菜摘と瑞希はどうなるんだ。
僕は、何ともスッキリしない気分のまま、この長い週末を過ごしたのだった。
★★★
今回の事件で、北からの避難民に対する僕らの印象は底辺にまで落ちた訳だけど、そうかと言って、その人達が全員、悪い人ばかりって訳じゃない。中には穏やかな性格の人だとか、僕らと仲良くしたい人だっている。考えてみれば、そんなの当たり前のことだ。
ずっと家にばかりいても気が滅入るだろうからと、珍しく母さんが僕をスーパーでの買い物に誘ってくれた時の事だ。僕は、スーパーの入口で配給用の菓子パンを配っているオジサン達を見掛けたんだ。
何故、それが支援物質の食料だと気付いたかと言うと、オジサン達の後ろに置かれた段ボール箱にデカデカと「支援物資・菓子パン」と書かれていたからだ。
「おう、坊主も持ってってくれよ。実はコレ、賞味期限ギリギリなんだわ」
受け取って見てみると、その賞味期限は今日になっていた。
「しっかし、こんなもん送って来られても困るわな。もっと賞味期限の長いもんを送って来てくれりゃ良いのによ」
「仕方ねーべ。被災者が何を欲しがってるかなんて、普通の人はわからんだろうし」
僕は、何で新妻亜紀やオバサン先生が、菓子パンばっか食べてるかが、ようやく分かった。
「あの、でも、何でここで配ってるんですか?」
「何でって、倉庫に眠ったままだからよ。放っとくと、腐っちまうべよ」
「まあ、そうですけど」
「あ、俺はフタバで、こいつはトミオから来たんだけどよ、ここらじゃ、俺らの評判って、あんま、良くねえべ。そんで話し合って、少しでも役に立とうと思ってよ」
「俺らは、ここに住まわせて貰っとる立場だもんでよ。やっぱ、仲良くせんとな」
「まあ、ほんとの理由は、他にやる事がねえからなんだけどよ」
「そうそう。俺ら、すげえ暇なんだっぺよ」
つまり、彼らは、余った支援物資を自主的に配っているという事のようだ。
僕は、「ありがとうございます」と言って、母さんと父さんの分の菓子パンも貰っておいた。
END058
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「牛乳戦争」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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