057:窓開けバトル(2)
「菜摘、逃げろ! リカちゃん呼んで来いっ!」
咄嗟に僕の意図を理解してくれたのは、親友の金森翔太だった。僕らの所に駆け寄った翔太は、サッと鯨岡菜摘の手を掴んだ。そして、戸惑った状態の彼女を強引に教室から引っ張り出すと、そのまま廊下を走って行った。
その直後、教室の隅で心配そうにしている緑川瑞希と目が合った。僕は彼女に『大丈夫だよ』と伝えたかったけど、彼女は僕を見詰めたままだ。
一方のオバサン先生こと猪狩先生はというと、ますます怒り心頭の様子で、未だに訳の分からない事を喚き続けている。まるで壊れたオモチャみたいだと思ったら、僕は笑いが込み上げてきた。それでも、ここで笑う訳には行かない。だから、必死で笑うのを堪えたんだけど、どうやら、その努力は意味が無かったようだ。
そのオバサン先生は僕をキ゚ッと睨みつけると、甲高い声で怒鳴ったからだ。
「あんた、その不敵な笑みは何なのっ! この私を馬鹿にしてるんじゃないわよっ!」
★★★
学年主任の先崎先生が教室に入って来たのは、その直後の事だった。
その先崎は、最初から何故か酷く怒っていて、明らかにケンカ腰の態度だった。そして、その彼がターゲットにしていたのは、僕と菜摘だったんだ。
この段になって、ようやく僕は悟った。この茶番劇は、きっと最初から全てが、オバサン先生と先崎との間で仕組まれていた事なんだろう。
そして僕は、瞬時に今までの事を思い返した。そういやオバサン先生は、僕らセンターヒルズ組の仲間を順番に貶めていなかっただろうか? と言っても、今までのターゲットは女子ばかりで、その中で唯一人、泣かなかったのが菜摘。幸いにも瑞希の場合は、常に僕か翔太が一緒にいたから、まだ大きな被害には遭っていない。
てことは、オバサン先生は菜摘へのリベンジと合わせて、僕を男子の第一号に選んだに違いない。翔太よりは大人しそうだったから、きっと僕の方をターゲットにしたんだろう。あ、それと、僕がリカちゃんと仲良しだってのも、オバサン先生の癪に障ったって可能性もあるな。
だけど本当の僕は、そんなに大人しい性格って訳じゃないんだ。だって、小さい頃からずーっと、隣の鯨岡菜摘に鍛えられてきたんだから……。
どうやらオバサン先生は、今まで、僕らを糾弾するチャンスを窺っていたって気がする。その際、状況によっては、先崎にも加勢してくれるように頼み込んでいたんだろう。それが、まさに今という訳だ。
まあ、今回の件を僕らのせいにするってのは、かなり乱暴なこじつけだと思うけど……、そんでも、世間でいう置換冤罪事件のようなもんだと思えば、納得も行く。このオバサン先生にとっては、どうせ理由なんてどうだって良いんだろうから……。
「こいつかあ、教師に逆らうクソガキはっ!」
怒り狂う先崎先生の前にいるのは、やっぱり、僕だけだった。
前から僕は、この先崎って教師が嫌いではあったけど、ここまで恨まれる事をやった覚えはない。でも、日頃からストレスを抱えてる様子だったから、どんな些細な事だって、引き金になる筈。つまり、僕が知らないうちに、何かしちゃったのかも……。
『ああ、今日が厄日だ』と、僕は悟った。
ところが、その時、教室の隅から声が掛かった。
「違います。い、樹くんは、全く関係ありません! 窓の方で何かがあった時、樹くんは廊下の側の席に座って、私とお喋りしてましたから」
声を発したのは、瑞希だった。そして、彼女の声を聞いた途端、ようやく僕は本気で焦り出した。「瑞希、黙ってて!」と言いたかったけど、その思いは彼女に届かない。
案の定、先崎は瑞希にも、「お前もグルだなあ!」と決め付けた。
しかし、その直後の事だった。他のセンターヒルズ組の生徒達から、次々と声が上がったんだ。
「香山くんは、関係ないです!」
「緑川さんの言う通りなんです」
「先生、ちゃんと僕らの言う事も聞いて下さい!」
「新妻さんからしか話を聞かないなんて、横暴です」
「何で、見てもいないのに、香山くんが悪いとか言えるんですか?」
「悪いのは、その新妻さんです。彼女がいきなり……」
「それと、矢内くんもです……」
「お前ら、ごちゃごちゃと、うるっさーい!」
そうやって怒鳴った後、先崎は僕を正面から睨み付けると、いきなり右の拳を振り上げて、僕の頬を殴り付けてくる。僕は、咄嗟にしゃがみ込んだ。
すると先崎は、大きくバランスを崩して前のめりになる。オバサン先生が支えようとしたものの間に合わず、近くの机の角に頭をぶつけた。
ぶつかった机が大きな音を立てて倒れた。それで回りの女子達が、「きゃあ-」と相次いで悲鳴を上げた。
オバサン先生に助けられて、よろよろと立ち上がった時、先崎の額には真っ赤な血が滲んでいた。彼の顔は、まるで赤鬼の形相だった。
ヤバい、逃げなきゃ!
僕がそう思った時には、先崎の右手がしっかりと僕のジャージの襟首を掴んでいた。
『今度こそ、殴られる!』と思った瞬間、教室のドアがパーンと開いて、微かなシャッター音がした。そっちを見ると、菊池先生が、携帯電話を先崎と僕の方に向けていた。
その直後、翔太と菜摘が教室に飛び込んで来た。
「先崎先生、私の大事な生徒に、今、何をしようとしてました?」
リカちゃんが叫んだ。今まで聞いたことの無い、凛とした大人の怒声だった。
ところが、リカちゃんに声を掛けたのは、猪狩先生の方だった。
「いったい何の真似ですか、菊池先生?」
「何の真似ですって? たった今、そこの暴力教師を、警察に告発する所ですけど」
「はあ? あなた、自分がしていることが分かっているの?」
相変わらず先崎の代わりに、オバサン先生が叫ぶ。
「ええ、良―く分かっているわよ。オバサン」
「お、オバサンですって。あんたまで……」
オバサン先生がオバサンと言われて、絶句していた。
「オバサンをオバサンと言って、何で悪いのよ。今まで私のクラスを散々引っ掻き廻してくれちゃってさ。もういい加減あったまにきたわ。毎日毎日、避難民ヅラしやがって。避難民が、どんだけ偉いのよ。ふざけんじゃないわ!」
「……っ」
「とにかく、これ以上、私の生徒達に手を触れようもんなら、あんたの髪の毛むしり取って坊主にしてやるから、そのつもりでいて頂戴っ!」
ドスの利いた低い声で、リカちゃんは、間髪を入れずに捲し立てる。その迫力に押されて、オバサン先生は声を出せない様子。
普段に見る小柄で童顔のリカちゃんからは、想像も付かない迫力だった。
「それと、そこの新妻亜紀。あんた、同級生に怪我までさせて、ただで済むと思うなよ」
最後にリカちゃんは、亜紀の方を睨んで言った。亜紀のふざけた表情が、一瞬で凍り付いた。
それから菊池先生は、まだ空いたままになっていた窓をバシッと音を立てて締めると、普段の先生の顔に戻って、皆に言った。
「さあ、皆さん、そろそろ授業が始まるわよ。次は、私が担当する理科でーす」
菊池先生の明るい声を合図に、僕らはハッと正気に戻って動き出す。そして、倒れた机と椅子を元通りにすると、自分達の席に付いて教科書を広げた。もちろん、窓は、しっかりと閉めたままだ。
それらを呆然と眺めていた先崎とオバサン先生の二人は、僕らの教室から逃げるようにして出て行った。
だけど、この日の放課後に行われた職員会議で、結局、僕だけが謹慎処分にされてしまったのだった。
END057
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「窓開けバトル」の事後の話です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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