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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第九章:対立(四月十八日~)
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054:菅波奈々子


オバサン先生こと猪狩いがり先生は、転校生達を僕らのクラスに馴染ませようとは思っていないようだ。彼女は、元から自分の教え子だった北からの避難民四人を何かと特別扱いするし、むしろ彼らを僕らから引き離すのに、躍起になっているとも取れる行動ばかりする。

猪狩先生のせいで、今まで仲が良くて纏まりがあった僕らのクラスの分裂は、もはや決定的になってしまっていた。


昼休み、猪狩先生は避難民四人だけを自分の所に呼んで、一緒に昼食を取るようになった。


「避難民は配給食だから、恵まれているあなた達と一緒にお昼を食べていたら、可哀想でしょう?」


それが避難民四人と一緒に昼食を取る際の、猪狩先生の言い分らしい。でも、僕らには分かっていた。一人で配給食を食べるのが恥ずかしいから、同じ境遇の仲間と一緒に食べたい、ただそれだけの独善的な理由なのだ。その我儘の結果が、僕らのクラスの分裂にまで繋がってしまったのだから、本当にタチが悪い。

メジャーな与党はもちろん前からいるセンターヒルズ組。避難民グループは四人しかいないけど、活動的な野党といった所だ。

そして、その二つのどちらにも属さないのが、一人いた。津波で家族を失った菅波奈々子(すがなみななこ)だ。


菅波奈々子には、一種独特の雰囲気がある。いつも一人で教室の隅にひっそりと佇んでいるのに、何故か大人しいというイメージではなくて、猪狩先生が鯨岡菜摘くじらおかなつみとかに怒鳴り散らしていた時なんかは、口元に不敵な笑みを浮かべていたりもする。つまり、一言で言うと、「謎の女」といった感じなんだ。

とまあ、そんな風に僕は思っているんだけど、菜摘の奴はもっと過激で、その菅波を評して、「魔女みたい」と言ったことがある。

背がすらっと高く細面で長い黒髪。外見は青木麻衣に似てなくもないけど、雰囲気はまるで違う。麻衣は、親しみやすくて万人受けするタイプだが、菅波はそれとは正反対。なんか近寄りがたい感じっていうか、やっぱり「謎の女」なんだ。



★★★



事故発生から一ケ月以上が経ち、最近、空中に漂うイルージョンの特性が変わりつつあった。

従来のイルージョンはごく微細な粒子であり、一部はガラス等も通り抜けてしまう性質を持っていた。しかし、最近のイルージョンは、空気中の塵などに付着する事で、少し大きな粒子へと変化していたのだ。

とはいえ、未だに肉眼で捉えるのは困難な大きさなので、従来以上に髪の毛や衣類などへの付着には注意を払う必要があった。その為、窓ガラスを閉めておく事が、今まで以上に推奨された。できればエアコンも使わない方が良いという事だ。これから暑くなる季節を前に、ハッピーアイランドの住民は、またひとつ困難な課題を突き付けられた形となったのだった。


四月に入ってから、比較的晴れの日が続いていた。陽射しが徐々に強くなっていく一方、なかなか風呂に入れない状態も続いている。そうなると新陳代謝が活発な思春期の男女が集う教室の中は、独特の臭気が漂い出す。

外にはイルージョンの粒子が浮遊しているので、むやみに窓を開ける訳にも行かない。どんなに息苦しくても、耐えるしかない。特に、清潔好きの女子なんかは可哀想だった。そんな子ほど、だんだんと無口になっていくのが分かる。もちろん、それは多かれ少なかれ誰にも言えることだった。誰もが妙に異性を気遣って、男女間の交流がすっかり減ってしまった。

そして、それは緑川瑞希みどりかわみずきと僕との関係にも影響した。相変わらず登下校は一緒だったものの、僕等は普段の何倍もお互いに距離を取って歩いた。たまに僕が近付いてみても、瑞希はすぐ離れて行ってしまう。まるで磁石みたいだ。

ところが、そんな状態でも菜摘だけは僕にすり寄って来る。


「ねえ、臭う? 良い匂いでしょう」


そう言いながら、わきの下の臭いをわざと僕に嗅がせようとする。僕が嫌がって逃げると、「本当は、嬉しいんでしょう?」などと言ってケラケラと笑う。


「洒落にもならんから、こっちに寄るな!」


怒鳴っても聞かない。菜摘は、そういう奴なのだ。


「あんたらってさあ、凄く仲良しなんだね」


昼休み、教室の後ろで僕と菜摘が、いつもの調子でふざけ合っている時だった。窓に凭れて腕を組んだ菅波奈々子が、こっちを見てボソッと言った。その転校生が何か話すのを見たのが初めてだったので、僕は驚いた。


「どうしたの、魔女が喋ったのがそんなに可笑しい?」


そう言って菅波奈々子は薄笑いを浮かべながら、自分の席へ戻って行った。

僕と菜摘は顔を見合わせながら、『さっきのは、いったい何だったんだろう?』と思い、首を傾げていたのだった。



★★★



その日の帰り路、まさか、その菅波奈々子と再び会うことになるとは思わなかった。瑞希を家に送って何気なく公園の中を通った時、す-っと桜の木の陰から僕の前に現れたのだ。


「まるで猫だな」


気が付くと、思った事が口から出ていた。


「猫だったら、何? 化け猫?」


そんな言葉を返しながら、菅波は悪戯っぽく笑う。


「お前、珍しいな。最近の女子は体臭を気にして、あんまり男子には近付かないんだけどな」

「アタシは、どうせ嫌われてるから関係無いの」

「なるほど……。だけど、そういうのは普通、自分から言わないもんだけどな」


僕がぶっきらぼうに言って公園の出口へと向かおうとすると、何故か菅波は、僕の後を付いて来た。


「何で付いて来るんだ?」

「だって、アタシの家、こっちだから。と言っても、今お世話になってる叔母さんの家なんだけどね」

「その割には、今まで見掛けたこと無いんだけどな」

「いつもは、違う路を通るの。でも、こっちの方角なのは本当よ」


その時、いつもここら辺にいる黒猫が、僕らの前を横切った。


「あら、本物の猫ちゃんが出て来たわよ」


僕は、菅波のその言葉を無視して言った。


「何で僕を待ってたんだ?」

「別に。ただ、あんたが通り掛かったからだけど」

「じゃあ、何で、あの公園にいたんだ?」

「アタシね、イルージョンの粉が見えるの。キラキラと輝いて、とても綺麗なの。その粉が、あの公園には集まって来てるの」


『この女は、きっと僕をからかっているんだ』と思った。俄かには、信じ難い話だったからだ。


「ねえ、アタシの髪の毛ってさあ、あんたと最初に会った時、真っ黒じゃなかった?」


言われてみれば、確かに今は少し茶色っぽく見える。


「別に、染めた訳じゃないのよ。今の居候の身分で、そんな贅沢な事なんて出来ないもの。最近、ここで日向ひなたぼっこしてる事が多いから、イルージョンを浴びて髪の毛の色素が薄くなったのよ。これからも、日向ぼっこを続けていけば、きっと金髪美少女になれるわね」


そう言って菅波は、「ふふっ」と不敵に笑った。


「イルージョンをたくさん身体からだに取り込むとね、身体からも色素が無くなって行くらしいの。そして、最後は透明になって消えていくんだって。ねえ、素敵な話だと思わない?」


相変わらず僕は、からかわれているようだ。そんな死に方がある訳がない!


「何が素敵なんだよ? 危険だって分かってるなら、何で日向ぼっこなんてするんだよ!」

「だって、早く父さんや母さん、姉さんの所に行きたいじゃない」


菅波は笑いながら、そんな風に答えた。そして、突然すぐ傍に寄って来たかと思うと、僕の耳元に口を寄せて、こう囁いた。


「ねえ、ただ消えてゆくだけなんて、最高の死に方だと思わない?」


そして菅波は、サッと身を翻すと、脇道に逸れて消えてしまった。

僕は、『あいつ、やっぱり猫のような奴だ』と思ったのだった。




END054


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「母の焦燥」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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