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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第九章:対立(四月十八日~)
53/89

053:オバサン先生


この日、午後になって突然、僕らのクラスに一人の女性教師がやって来た。副担任として、「リカちゃん」こと菊池先生と一緒に、僕らのクラスを受け持つのだという。


この先生は、避難民の転校生四人の元担任だった人で、名前は猪狩恵美子いがりえみこだ。くすんだ灰色の丸首セーターに、中途半端な丈の茶色いスカート。小柄で小太りな体型。新妻亜紀ほどじゃないけど、髪は茶色でボサボサだ。つまり、見た目は典型的なオバサンで、それでも年齢は三十代なのだそうだ。

一応、彼女は既婚者で、小学生の子供が二人いるらしい。彼女の夫は町役場勤務で、その役場自体が何処かの町に越していった為、今は別居状態だという。

これらは全て、リカちゃんからの情報だ。


初日にして僕らは、この猪狩先生の事を「オバサン先生」と呼ぶことにした。最初にリカちゃんが、「あのオバサン……」とか言い出したからだ。もちろん、本人がいない所でだけど、二人が不仲なのは明らかだった。となれば、僕らがリカちゃんの側に立つのは当然の事だ。

尚、この「オバサン」呼びは、すぐに彼女の従来からの教え子を通して、本人に伝わる事になる。だけどリカちゃんは、全く気にしていなかった。つまり、リカちゃんは、本人に面と向かって「オバサン」と言っていたらしい。


普通なら、「そんな先生達の確執に、僕らを巻き込まないで!」って言いたくなる所だけど、今回は別だ。と言うのは、このオバサン先生が、もの凄い曲者だった……っていうか、歪んだ価値観の持ち主だったからだ。

彼女は徹底した地元贔屓(びいき)で、ヒカリ市民、特にセンターヒルズの住民に対して、強い反感を持っているようだった。そして、初対面の時から僕らに対する嫌悪感丸出しの態度で、僕らを挑発した。


「……菅波すがなみさんのように、津波で家や家族を失った人もいるし、新妻にいつまさん達やこの私みたいに、発電所の事故で自分の家を離れなければならなくなった人もいるんです。ここセンターヒルズの様に恵まれた環境にいると、どうしても不幸な人の気持ちが分からなくなりがちです。ぜひとも皆さんは、思い遣りのある行動ができる人になって下さい」


一見すると正論でも、猪狩先生の言葉には明確な偏見が見て取れる。そもそも僕らだって、被災者なのだ。同じ被災者だという意識を、猪狩先生は全く持ち合わせていないようだった。

それに、僕らの意識の中で北から来た避難民は、ある意味、加害者でもある。「今まで新型発電所によって、甘い汁を吸い続けてきた人達」といったイメージが強いからだ。そして、僕らには新型発電所と首都電力に対し、激しい憤りがある。だけど、彼女の言動は、そうしたヒカリ市住民に対する配慮が欠如しているどころか、逆撫でするものばかりだったのた。


その後も、猪狩先生の言動は変わらなかった。いや、それどころか、ますます露骨で酷いものになって行ったのだ。

彼女の口癖は、「あなた達は、恵まれているから……」だった。「具体的に、何が恵まれているのか?」なんてのは、関係ない。実際、それを訊いた奴がいたのだが、「そんなのは、自分で考えなさい!」と一括されただけだった。どうせ口癖なのだから、そこに意味なんて無いんだ。

彼女の関心の全ては自分達、つまり北からの避難民の事ばかりで、僕らに対する配慮なんて一切ない。それどころか、「単に、避難所生活でのストレスを、僕らにぶつけているだけなんじゃないか?」と思えることが、しょっちゅうだったんだ。



★★★



何れにせよ、少しでも気に食わない事があると猪狩先生は、すぐにヒステリックにギャーギャーと喚き立てる。クラスメイトの誰かが、「まるで、更年期障害の女の人みたい」と言ったのだが、三十代で更年期障害なんて聞いた事がない。

その為、猪狩先生の前で僕らは発言に気を付けなければならなかった。


「だって水が出ないから」なんて言おうものなら、大変だ。


「水が出ないのは、誰だっておんなじでしょうがっ! あなただけ特別だなんて思わない事ね。うぬぼれるのもいい加減になさい! もう、これだから裕福な家庭で育った子はダメね。性根が腐ってるわ。いったいどうやったら、こんな子が育つのかしら。親の顔が見てみたいもんだわ……」


こんな調子で、際限なく罵詈雑言を浴びせてくるのだ。言ってる事が支離滅裂でも、言えば言うだけ説教が長引くから、ひたすら黙って耐えるしかない。


どんな言葉が猪狩先生の地雷を踏むかは、賭けみたいなもの。ていうか、元々僕らに悪感情しか持ってないのだから、どんな言葉であれ、自分が怒りたい時には怒る。僕らの言葉は、単なるキッカケでしかないって訳だ。

その上、猪狩先生は神出鬼没だった。小柄で地味な服装だからか、あまり気配が感じられない。「気が付くと、すぐ後ろに立ってた」なんて事が頻繁に起こる。


「ああ、お風呂に入りた~い!」


鯨岡菜摘くじらおかなつみが何気なく漏らした一言で、猪狩先生が受け持つことになった帰りのホームルームが、「お説教タイム」になってしまった。しかも、大幅な時間延長のダブルパンチだ。

猪狩先生は、特に女子に厳しいみたいだ。どちらかと言うと、気が弱い子がターゲットになる。一度怒り出すと甲高い声で怒鳴りまくって、対象の生徒を汚い言葉で徹底的に罵倒しまくる。生徒が泣き出しても、全然、おかまい無しだ。それで却ってヒートアップすることすら、日常茶飯事だったりする。

だけど、菜摘はそんな弱々しい生徒じゃなかった。


「先生は、お風呂入りたくないんですかあ?」


この何気ない言葉が、猪狩先生の更なる怒りに火を点けてしまった。


「私達はね、避難所にいて、お風呂に入りたくても入れないの」

「うちらだって、おんなじです」

「私達はね、お風呂以外にも、食事とか寒さとか寝る所とかプライバシーとか、とにかく、不自由な事がいっぱいあるの」

「それはそうでしょうけど……」


これはほんのさわりで、その後耳を塞ぎたくなるような汚い言葉が、ポンポンと先生の口から飛び出した。

こめかみに血管が浮くようになると、要注意だ。すぐに身体からだが震え出して、酷い時には手が飛んで来たりする。

ともあれ、この時はクラスメイトの女子生徒が発した素朴な疑問で、運よくピリオドが打たれる事になった。


「あのー、猪狩先生。こないだ先生って、仮設住宅に移られたって言ってませんでしたっけ?」


つまり、さっき言っていた不自由の大半は、水が出ない事以外、帳消しになっていたという事だ。

さすがの猪狩先生も気まずくなったのか、この後、いそいそと教室から出ていってしまったのだった。



★★★



一方、猪狩先生の言動には、多かれ少なかれ「嘘」が含まれているのが常だった。


「オバサン先生ってさあ、実は、週に二回もお風呂に入ってるのよ。あの先生が住んでる仮設住宅の近くに、自衛隊が簡易浴場を設けてくれててね。避難民だけが、順番に入れてもらえるらしいの」


そうやって教えてくれたのは、リカちゃんだ。猪狩先生が居ない所で、そっと僕に耳打ちしてくれたんだ。


「あのオバサンったら、『お風呂に入りたい』って言った鯨岡さんを苛めたんだってね? ほんと、とんでもない嘘つきババアだわ。さっきの事、鯨岡さんにも教えて慰めてあげてね。私は、いつだって、あなた達の味方だから」


後日、リカちゃんに聞いた話を鯨岡菜摘にしたら、案の定、憤っていた。


「何それ、信じらんない!」

「まあ、そうだよな。自分は風呂に入れるんだから、言ってる事が滅茶苦茶だよな」


それでも菊池先生は、猪狩先生に強く出られないらしい。それどころか、職員室とかでネチネチとイジメられているようだ。

ただでさえリカちゃんは、学年主任の先崎とかの受けが良くない。リカちゃんのスーツは明るい色が多いので、派手だと思われている節がある。

それに先崎は、自分にすり寄って来ない女性全員が嫌いなのだ。「奥さんに逃げられた事で、女性不振になってるんじゃないの?」と、前に青木麻衣が言っていた。


反対に猪狩先生はと言うと、何かと先崎の覚えが良いようだ。先日、二人が一緒に居る所を目撃して、僕も納得が行った。

猪狩先生は、先崎にすり寄るのが実に上手い。甲斐甲斐しく世話を焼くフリをして、あからさまにゴマをすっていたのだ。

その事を菜摘に話すと、こんな言葉が返ってきた。


「オバサン先生って、まるで先崎の愛人みたいね」

「こら、大きな声で言うな。あいつらに聞かれでもしたら大変だ」


あいつらとは、北からの転校生四人組の事だ。最近、彼らは猪狩先生の手先のような役割を果たしているからだ。


どうやらオバサン先生の存在は、僕らにとって、イルージョンの恐怖と水が出ない生活に次ぐ、三つ目の厄介事になりつつあるようだった。




END053


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「菅波奈々子」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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