052:北からの転校生
■052:北からの転校生
「……昨日、私、お風呂に入るのに車を何キロ走らせたと思う? なんと、片道百六十キロよ。首都圏にいる大学時代の友達に片端から電話して、やっと捕まったのが新婚さん。さすがの私も躊躇したけど、やっぱ、そんでも背に腹は代えられないっていうか、結局は車飛ばして行っちゃったの。中古の軽自動車に鞭打っての長距離ドライブ四時間の旅。へろへろになって辿り着いた新婚家庭だけど、さすがに風呂だけ借りて、『ハイ、さよなら』ってわけにはいかないじゃん。『お食事、用意したから』って言うから熱々のカップルに付き合ったんだけど、もう食事なんて喉通る筈なーい。勝手にイチャイチャしてろって感じ。当てられちゃって、二重にのぼせちゃって、それでも帰りは再び百六十キロよ。ああ、もううんざり。早くこんな生活、止めたーい!」
菊池先生が教卓で管を巻いているように、月曜になって学校が再開された今日になっても、当然、一般家庭の水道は断水のままだ。学校のタンクにだけは、水道局が水を入れてくれてトイレは使えるようになったけど、飲める水じゃないから水筒かペットボトルを各自が持参している。
いつまでも半日授業とは行かないらしくて、今日から弁当持参で午後も授業がある。先週末に配られる予定だった教科書は、先週の休校のせいで今日になってやっと配られた。
「ねえ、今朝のリカちゃんって、ちょっと変じゃなかった?」
昼休み、青木麻衣を除いた幼馴染の四人で弁当を食べていたら、鯨岡菜摘が皆に聞いてきた。
答えたのは、緑川瑞希だった。
「うん、何か不自然だった。あの話、嘘だと思う」
「そうだよねー」
「うん、絶対、友達の家なんかじゃないと思う」
「お前ら、何で、そんな事が分かるんだよ?」
「うーん、女の勘って奴かな。目付きが定まってなかったし、いつもより早口で、話が滑りがちだったもん」
「私も、菜摘の言う通りだと思う」
「ふーん、やっぱ、リカちゃんには男がいるのか……。信じられんな」
「てことはさあ、男がいないのって、菜摘だけってことか……痛っ!」
いきなり、足を蹴られた。僕が蹴り返すと菜摘が、「何よ、やる気?」と言って立ち上がる。僕も立ち上がって睨み合っていると、金森翔太に「止めろよ」と窘められた。
「今はさ、皆、ストレスが溜まってるんだ。お互い気を付けようぜ」
そう言って翔太は、手元の開けてないタッパーを僕らの方に差し出してくる。それを開けると、中に大きな赤いイチゴがギッシリと詰まっていた。
「うわあ、美味しそう」
「ほんとだあ」
「これ、どうしたの?」
「麻衣が、オサカから送ってきてくれたんだ」
『麻衣は、元気にやってるかな?』と思いつつ、ひとつ摘まんで口に入れる。すると、甘酸っぱい味が僕の口一杯に広がった。
★★★
僕らの近くで、北の新型発電所二十キロ圏内から来た転校生四人組が、僕らと同じように机を並べて菓子パンとおにぎりを食べていた。最近、その彼らは仮設住宅に移ったそうで、今はそこから通っているらしい。
そんな転校生達の所へ、高萩勇人が近寄って行った。高萩は、僕らのクラスで一番の乱暴者。何も起きない訳がない。
「お前らのそれって、配給食じゃねえかよ。毎日、そんなもんばっか食ってて、身体がおかしくなんねえのか?」
この時の高萩は、たぶん、別に悪気があって言ったんじゃないと思う。むしろ、彼らを気遣っての言葉だったのかもしれない。
だけど、高萩の事を良く知らない転校生組の連中は、そうは思わなかったようだ。
「こんなもんばっか食ってて、悪かったなあ!」
「俺らは、お前らみてえな金持ちとは違うんだわ」
最初に立ち上がって怒鳴ったのは、ノッポの矢内秀樹で、すぐにデブの横田哲也が追従して声を上げる。その直後、四人の中でリーダー的存在の秋元裕一が、無言のまま高萩の腹に蹴りを入れて来たので、高萩の方も相手をせざるを得なくなった。
教室中に、女子達の甲高い悲鳴が上がる。ケンカのとばっちりを避けようと、僕らは食べかけの弁当を持って立ち上がると、教室の反対側の方に移動した。
四人の殴り合いのケンカが行われている横で、同じ避難民の淡い茶髪の女子、新妻亜紀だけが、さっきの席に平然と座っていた。その彼女は、仲間達のケンカをニヤニヤと笑って眺めながら、ゆっくりと自分の菓子パンを一口サイズにちぎっては、小さな口に運んでいたのだった。
★★★
この頃、北の新型発電所二十キロ圏内からの避難民達は、センターヒルズニュータウンの至る所でイザコザを引き起こしていた。そんな話が隣の鯨岡朱美さんとかを通して、僕の耳にも伝わってくるのだ。
そして、その縮図が僕らの教室の中にもあったんだと思う。
北からの避難民の連中にしてみれば、センターヒルズは「お金持ちの街」だ。きっと奴らの目には、僕ら住民のことが、「お高くとまった鼻持ちならない人種」にでも見えていたんだろう。単調で居心地の悪い避難所生活のストレスとも相まって、些細な事でも奴らの欲求不満が爆発するのは当然のこと。そうした状況は、彼らが仮設住宅に移ったとしても、大きくは改善されなかった。
一方、北からの避難民達のほぼ全員が、何らかの形で新型発電所と関わって生活してきた、といった事情がある。もちろん、首都電力の社員なんてごく僅かであり、大半は下請けの下請けだとか、発電所と取引をしていた会社や商店で地道に働いていた人達だろう。だけど、そんなのは、僕らには関係が無い。あの発電所事故は、僕らから多くの物を奪い去った。よって、新型発電所の関係者は、全員が僕らの敵なのだ。
つまり、お互いが争う為の条件は、充分に揃っていたんだ。
話を中学校に戻そう。
北の新型発電所二十キロ圏内からの転校生達は、人数が少ない分、結束していた。いつも一緒に行動し、付け入る隙を与えない。一度に全員を相手にすれば、大事になってすぐ教師に連絡が行ってしまう。そして大半の教師は、少数派の転校生達の方の肩を持った。
それでも最初の頃は、元からいた生徒達の方が優勢だったと思う。北からの避難民の数の方が少なかった事に加えて、僕らの側もまた割と強い絆で結ばれていたからだ。それは、たぶん震災からの一連の流れの中で、同じ苦難を味わってきた事から育まれた絆なんだと思う。
それに加えて僕らのクラスは、二年の時から比較的まとまっており、元から結束が強かった。それに担任の菊池先生が、常に僕らに好意的で、僕らも彼女を慕っていた事もある。
だけど、そんな僕らをまとめていたのは、僕らの委員長、青木麻衣だったんだ。よって、彼女がいなくなり、更に、そこに思わぬ曲者が加わった事で、僕らのクラスの歯車は、大きく狂い出して行ったのだった。
END052
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
ここにある「北からの避難民」の記述に関しましては、不快に思われる方もおられるかもしれません。ですが、あくまでフィクションですので、多めに見て頂ければ幸いです。
次話は、「オバサン先生」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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