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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第八章:帰郷(四月六日~)
51/90

051 :菜摘と瑞希

本日の二話目です。


青木麻衣がウエストゲート州のオサカ市に引っ越すのを見送った後、その事を僕は、鯨岡菜摘くじらおかなつみにも緑川瑞希みどりかわみずきいも伝えられないでいた。麻衣に言われた事が、それ程までに重く僕の心に圧し掛かっていたからだ。

ただ母さんにだけ、「麻衣が引っ越したよ」と言っておいた。だけど母さんから帰ってきたのは、「知ってるわよ」だった。


「えっ、何で?」

「だって、メールでお別れの連絡を貰ったもの」

「てことは、菜摘とかも知ってるって事?」

「たぶんね。あ、でも、由希ゆきさんはどうかしら? パソコンを持ってない人には、どうしたのか分からないわ。向こうに着いてから連絡するのかもしれないわね。急だったし……」


由希さんというのは、瑞希のお母さんの事だ。


「どうせ、瑞希ちゃんにはいつきから言うんでしょう?」

「うん、まあ……」


僕は、適当にお茶を濁して二階へ上がって行った。

そして、結局、僕は瑞希に電話しないまま、その夜はベッドに入って寝てしまった。



★★★



翌朝、僕は菊池里香先生から託された「今週中は学校が休校になった事」を、菜摘と瑞希に伝えていなかったのに気付いて、急に焦り出した。それで、急いで鯨岡家に電話を掛けたら、朱美あけみさんが出た。


「あら、こんな朝早く樹くんから電話だなんて、珍しいわね。ひょっとして、青木麻衣ちゃんの事かしら?」

「あ、その、今週中、学校が休校になったって事なんですけど……」

「それなら、知ってるわよ。愛奈あいなの先生が、中学校もお休みだって教えてくれたの」

「そうなんですか。あの、すいません。僕、昨日、菊池先生から聞いてたんだけど、その後に知った麻衣の事で頭がいっぱいになっちゃって……」

「そっか。樹くんでも、そんな事があるのね。大丈夫よ。菜摘ったら大喜びで、今朝もまだ寝てるのよ」


という訳で、菜摘は問題なしとして、次は瑞希だ。

僕は、恐る恐る緑川家の電話番号を押した。すると、ワンコールで瑞希が出た。


「樹くん。おはよう。昨日、電話が来るの、待ってた」

「ごめん。なんか疲れて、気が付いたら寝ちゃっててさ」

「そうだったんだ……。あ、学校の事?」

「そう。今週一杯、休みだって菊池先生が言ってたんだけど」

「それ、お母さんから聞いた。お母さん、知り合いの人に教えてもらったって言ってた」

「そっか」

「ねえ、樹くん。今日、これから会えない?」

「えっ?」


珍しい瑞希の方からのお誘いだった。僕は少し戸惑ったけど、当然、嫌だなんて言えやしない。

結局、僕は、麻衣から言われた二人の将来についての答えを、未だに見出せないままに、彼女の家へ行く事になってしまった。



★★★



三十分後、洗い立てのトレーナーにジーンズ、そして、その上に白いウィンドブレーカーを羽織るといった服装で、僕は家を出た。もちろん、口元にマスクをするのも忘れない。

久しぶりに訪れた緑川家では、瑞希の母親の由希さんが僕を大歓迎してくれた。どうやら瑞希は、僕の祖父母の家での滞在を特別な思い出として、自分の母親に語っていたようだ。その間も色々な事があったけど、総じて僕も良かった事の方が勝っていたから、瑞希も楽しいと感じてくれていて嬉しいと思った。

その瑞希は、学校指定のジャージ姿だった。休みの日なのにどうかと思ったけど、「この格好が一番落ち着くの」と言う。


「それに、このジャージって汚れが目立たないし、洗ってもすぐ乾くの」


割と現実的な理由だった。

その後、瑞希の部屋に移って彼女が最初に言ったのは、「今日、会えて良かった!」だった。


僕は、一応、「僕もだよ」と返したものの、いつもより積極的な瑞希に少し戸惑いを覚えた。すると……。


「私、たぶん、明日が限界……」

「えっ、何のこと?」


僕は、自分のことで精一杯で、瑞希が何を言いたいのかが今ひとつ掴めなかった。瑞希は、ためらいがちに小声で言った。


「私、お風呂、入ってない。実は、一昨日おとつい、お風呂に入りそびれちゃって、昨日も入れなかったから、今日で三日目なの」


『何だ、そんなことか』と思わず言いそうになって、僕は慌ててその言葉を飲み込んだ。

瑞希は女の子。きっとそんなことも気にするんだろう。だけど……。


「そんなの、全然、僕は気にしないよ。先月なんて、もっと長くお風呂に入れなかったし……」

「ううん。今は先月とは違う。ずっと温かくなってるから、きっと、すぐに臭くなっちゃう」


確かに、そうかもしれない。だけど……。


「だったら、温泉に行けば?」

「どこも週末まで休みなの。お母さんに調べてもらった」


たぶん、二日続けての強い余震で、何らかの被害が出たんだろう。考えてみれば、有り得る話だ。

一瞬、僕は『このまま、ずっと瑞希に会えなかったら』と思って、ぞっとした。

いや、今は、まだ大丈夫。そう思いなおして、僕は瑞希と当たり障りの無い会話を続けて行く。


だけど、そのうちに瑞希が「みんな、どうしてるかな?」と呟いた時、僕は青木麻衣が引っ越した事を言わざるを得なくなった。

ただ「電話で聞いた」としか言わなかったのに、瑞希は、「何ですぐ教えてくれなかったの?」と酷く怒った。


「瑞希が悲しむと思って、言わなかったんだ」

「何でそう思うの? 麻衣は私にとっても、大切な友達なんだよ」

「だって瑞希は、そんなに簡単にハッピーアイランドから出て行けないだろ?」


思わずそう口走ってしまい、すぐ僕は過ちに気付いた。だけど、もう遅かった。


「うん。樹くんがナコヤに行ったら、私達も遠距離になっちゃう。それは、凄く嫌」


そんな風にストレートに言われてしまうと、僕は何も言い返せなくなってしまう。

二人がちょっと気まずい雰囲気になった時、ちょうど由希さんがジュースを持って部屋に入って来た。僕らは、無言のままストローで啜って飲んだ。


「私は、ここから出て行けない。ああ、翼が欲しいな。そしたら、いつでも樹くんに会いに行けるのに」


一瞬、僕は天使の翼を持つ瑞希の姿を想像した。きっと素敵だろうけど、少し不吉な気もする。天使って、天国の住民じゃなかったっけ?

僕は、その想像を振り払おうとして言った。


「まだ決まった訳じゃないよ」

「ううん、連休までに樹くんは、ここから出てく。たぶん、もう決まった事なの」


昨日の麻衣がそうだったように、今日の瑞希もまた、やけに確信的な物言いだった。



★★★



そろそろ昼時になったので、僕は瑞希の家をお暇することにした。玄関の所で由希さんが、「また来て頂戴」と言って見送ってくれた。僕と同じようにマスクをして白いウィンドブレーカーを羽織った瑞希が、僕を見送りに付いて来てくれる。

外は、いつの間にか曇っていた。

僕らが、瑞希の家の前の道路に降り立った時だった。目の前を何か黒い物が、サッと横切った。


「あ、猫だ!」


そう言って瑞希は道路を渡ると、ゆっくりと公園の方へと向かう。そして、そのまま公園の入り口の所にしゃがみ込んだ。

ふと彼女の手元に目をやって、僕は全てを了解した。ここらで良く見掛ける黒猫だった。


「この猫、近所の人の飼い猫なの」


瑞希が、手元の黒猫を撫でながら言った。


「あっ!」


急に何かに怯えたのか、その黒猫は、瑞希の手元から走り去って行ってしまった。

瑞希は、悔しそうな表情で立ち上がって、僕の方を見た。


「行っちゃったね」


僕は、何故かさっきの猫に不吉な印象を覚えた。僕の大切な何かが、永遠に失なわれてしまったような感覚だった。

僕から去って行ってしまった物は、もう二度と取り戻せない。そんな、やり切れない喪失感……。

もう春なのに、通り過ぎる風がやけに冷たい。

思わず僕は、軽く身を震わせる。


この日の僕らは、お互いに何も言わず、ただ手を振って別れた。




END051


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「北からの転校生」です。次話からは、第九章になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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