050 :麻衣との別れ
『……実はね、私、引っ越すことになったんだ』
「えっ、引っ越すって、いつなんだ?」
『それが、今日なの。今日、この後すぐに車でオサカに行くの!』
青木麻衣の言葉を聞いた僕は、一瞬、頭の中が真っ白になった。
今度は、避難なんかじゃない。オサカに行ったら、もう帰って来ないんだ。つまり、引っ越すってのは、そういう事なんだ……。
その直後、僕の頭に浮かんだのは、親友の金森翔太の事だった。
ああ、そうか。だから、翔太は麻衣の所へ飛んで来たんだ。
確かに、麻衣の事情は聞いてはいたけど、それが、こんなに急だなんて……。
『……向こうの中学への引っ越し手続きとか、ママは先週のうちに進めてたみたいなの……。そんでも私には、今月一杯、こっちにいるって言ってたってのに、今日になって急にパパが、「すぐ、こっちに来い!」って言い出しちゃって……。やっぱり、昨日と今日の地震で、パパの気が変わっちゃったんだと思う……』
もはや麻衣の言葉は、僕の耳を通り抜けて行くだけだった。
「……樹くんにも、本当は会ってお別れを言いたいんだけど、正直、もう時間が無いっていうか……』
だけど、その言葉が耳を掠めた途端、僕は叫んでいた。
「行くよ。そっちに今すぐ行くから、ちょっと待ってて!」
受話器を置くとすぐに、僕は白いウィンドブレーカーを羽織って、家を飛び出した。母さんが引き留めようとしたけど、もはや構ってはいられない。
咄嗟に自転車に飛び乗って、必死にペダルを漕ぐ。気が付くと、僕は麻衣の家の前に到着していた。
麻衣の家には、大きなトラックが横付けされていて、引っ越し業者の人達が次々と荷物を積み込んでいる所だった。
僕を出迎えてくれたのは、すっかり意気消沈した翔太だった。当然だろう。小さい頃からずーっと大の仲良しで、いつだって一緒に居た麻衣が、急にいなくなってしまうんだ。僕は、親友に掛けてやる言葉が見付からなかった。
そのうち、翔太の方から話し掛けてきた。
「樹さあ。俺、本当に参ったよ。こんな風になるとは思わなかった。しかもこんなに急に。昨日のどでかい余震からずっと悪夢を見てる気分だよ。ああ、夢なら早く覚めて欲しいよ」
「翔太、お前やっぱり麻衣のこと……」
「ああ、好きだよ。当ったり前じゃん。そのことはあいつも分かってくれてたみたいなんだ。さっき確認したよ。麻衣は、『中学生で遠距離恋愛なんて、なんかカッコ良いじゃない』なんて言うんだけど、そんなに上手く行く筈ないよな。あいつって、やっぱ美人だし、オサカの男達が放っておく訳ないんだ。ああ、こんな事ウジウジ考えてる俺って、最低だ。本当は、明るく見送ってやりたいんだけどな……」
結局、大それた告白なんて、この二人には必要なかったっていう訳だ。幼稚園の時からずーっと一緒の幼馴染なんだ。きっと、以心伝心だったんだろう。
でも、麻衣の方は忙しくて、翔太との別れを悲しむ余裕すら無いみたいだ。麻衣の両親は、荷物の積み込みが終わり次第、出発したいらしい。今、すぐ出ても、この時間だとオサカに付くのは明け方近くになってしまうからだ。
「まあ、『夜中に走った方が、運転が楽だからな』って、パパは言ってるんだけど……」
「……そうなんだ」
「あの、ごめんね。せっかく来てくれたってのに、時間が無くて、ゆっくり話が出来そうにないわ……あ、ママ、それは持ってかないから、そこに置いといて!」
「……」
「あ、ごめんなさい……。そんでね、樹くんへのお願いは、翔太の事なの。あいつ、酷く落ち込んるみたいで心苦しいんだけど、この後のフォロー、お願いしたいの」
「うん、分かった」
「それからね。これは、とっても言い難い事なんだけど……、でも、言うね。私と翔太との事は、瑞希と樹くんの事でもあるんだよ」
「……っ」
突然の麻衣の言葉に僕は、動揺を禁じ得なかった。
「そ、それって……」
「つまり、近い将来、あなた達も離れ離れになるということ。イルージョンはね、親しかった人達の仲を、無理やりに引き裂いてしまうものなの」
麻衣が言いたいのは、「まもなく僕も、ヒカリ市を去ることになる」という事らしい。
確かに、最近の母さんの言動からして、それは充分に有り得る事だ。ナコヤに避難している時から、母さんは僕に匂わせていた。それに、昨日と今日と続いた二度の大きな余震で、今の母さんは、かなりナーバスになってもいる。
「とにかく、良く考えて。私の勘は当たるの。良い、しっかりと考えるのよ。『ハッピーアイランドにしか親戚の無い瑞希に対して、どうしてあげるのが一番良いのか?』とか「樹くん自身は、どうしたいのか?」とか、あらゆる可能性を考慮して、真剣に考えるの。答えが難しいのは、分かってる。だけど、今、必死に考えておかないと、将来、きっと後悔するんじゃないかな?」
麻衣が言った事は、今の僕にとって、もっとも考えたくない事だ。案外、麻衣もそれは分かっていて、敢えて僕に言っているように感じられる。
「大切なのは、逃げないで考える事。もちろん私だって、正しい答えは持ち合わせていないわ。どんなに考えたって正解には辿り着かないかもしれない。ひょっとすると、最初から正解なんてないのかもしれない。だけど私は、必死に考える事にも、ちゃんと意味があると思うの。必死に考えて駄目だったなら、少しは諦めが付くんじゃない?」
いや、瑞希の事を諦めるなんて……。
「そうじゃないって顔をしてるわね。まあでも、少しはマシなんじゃないのかな……。とにかく、出来る事は全部やるべきよ。そうやって、運命に抗ってみるのも大切だって思う。最初から何もかも決まってるだなんて、私には納得できないし、納得したくなんてない……」
僕は、麻衣の言う通りだと思った。
「あ、ごめんなさい。ちょっと熱くなっちゃった。なんか、取り留めのない話になっちゃって、本当にごめん。私は、自分の考えを樹くんに押し付けるつもりはないの。それに、こういった話をする事自体、樹くんには残酷な事だってのも分かってるつもり。本当に、ごめんなさい。でも、今は、こんな言い方しか思い付かなくて……あ、もう少しだけだから、ちょっと待ってて……」
この時には、麻衣の家の荷物は全て引っ越しのトラックに積み込まれていて、荷台の後ろの扉が閉じられた状態だった。やがて、麻衣の両親が運転手に挨拶して、ゆっくりとトラックは走り去って行く。
どうやら、出発の時間が迫っているようだ。
「あと、瑞希と菜摘には私の事、樹くんから上手に話してね。正直言うと、私、あの二人に何て言えば良いか思い付かなくて……、申し訳ないんだけど……。あ、それと、私がオサカに行って樹くんがナコヤに行く事になったら、どっかで一度、会いましょう……って、そんなのは、今、話すことじゃないわね。ごめんなさい。私も、ちょっと混乱してて……」
最後の方は支離滅裂になってて、更に麻衣の声も少し湿っていたから、本当に頭がこんがらがっていたようだ。
ちなみに、そうやって麻衣が僕が話している間、翔太は僕の隣に呆然と立ち尽くしていた。
それから、麻衣のお母さんがやって来て、僕と翔太に挨拶をした。その間に麻衣は車に乗っていて、僕らは窓越しに別れの言葉を言って、お互いに手を振り合った。
そして麻衣は、あっけなく去って行った。
★★★
取り残された翔太は、酷く打ちひしがれていた。でも、僕とて、あんな事を麻衣から言われた後では、翔太を慰められる程の心の余裕は無い。麻衣の約束は、こんな情けない僕には荷が重すぎたようだ。
翔太の家は、すぐ目と鼻の先だ。僕はそこまで無言のまま自転車を押して歩くと、結局、「じゃあ」とだけ言って翔太と別れた。
★★★
家に戻っても、心はすぐに緑川瑞希の事に行ってしまう。このまま瑞希との別れは避けられないものなのか? どうすれば、それを回避することができるのか?
瑞希のお母さんも、瑞希が僕と一緒に避難するのには賛成でも、引越しに付いて行くとなると、二の足を踏むだろう。てか、瑞希のお父さんは、絶対に首を縦に振らないに違いない。
所詮、僕らは中学生でしかないんだ。いくら好き合っていても、できる事なんて限られる。中学生は、まだまだ子供だ。大人がいなくては、生きてさえ行けない。
余震は、相変わらず断続的に続いていた。僕は、何度も身体を揺すられながら、改めて新型発電所事故とイルージョンとを激しく恨んだ。
あの事故さえ無ければ、こんな酷い事にはならなかったんだ。僕らは、ずっと一緒に中学校での日々を楽しく過ごしていられた筈。その後も同じ高校に通うことだって、充分に可能だったと思う。
僕があの事故で失ってしまったものは、あまりにも大きい……。
END050
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「菜摘と瑞希」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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