049 : 憂鬱な現実
翌日は、当然のように休校になった。
それでも父さんは、会社に行った。
僕は、母さんを手伝って、ダイニングを中心にした家の中の片付けをした。二度の地震で食器の数が減ってしまった事を、母さんはしきりにぼやいていた。
一階があらかた片付くと、昨日のスパゲッティとかの残りを温めて母さんと一緒に食べた。あんなに昨日は感動した料理にも、今朝は何も感じなかった。
それから、自分の部屋の片付けをした。余震が続いていた為に置き方とか気を付けていたこともあって、見た目は散らかっていても、ほとんど被害が無い。それが終わった後は、机に座って、昨日に出た宿題をやった。
その後は、もうやる事が無い。取り敢えず僕は一階に下りて、テレビのスイッチを入れてみた。
震災から一ケ月が経っているので、さすがに普通の番組編成に戻ってはいる。だけど、未だに画面の端には震災情報とかが出ていて、それが非常に鬱陶しい。それで、すぐにスイッチを消してしまった。
そうして、雨戸の無い窓から外を覗いてみると、昨日とは違って良い天気だった。僕は、瑞希を公園に呼び出そうかと思い立ち、外出の準備を始めた。その途端、母さんが飛んで来て、「お願いだから、今日だけは何処にも行かないで!」と喚かれてしまった。
仕方がないので、午前中はベッドに寝転がって、マンガの本を読んだりして過ごした。
★★★
そうして、遅めの昼食を再び有り物で済ませ、しばらくベッドでごろごろした午後二時頃の事だった。再び、僕らを震度六弱の地震が襲ったんだ。
震源地はヒカリ市の北西部で、マグネチュードは6.4。昨日のマグネチュード7.0の地震よりは規模が小さかったものの、直下型で震源が浅かった為に揺れが激しかったようだ。
今回の地震は外が天気だったこともあり、昨日ほどの恐怖は感じなかった。停電もしなくて、直ぐに電気も使えた。それでも、地震の揺れは強烈で、咄嗟に僕はリビングのローチェストの下に身を隠した。直下型だから、突然ドンと強い縦揺れが来る。心臓に悪い揺れ方だ。
その後で頻発した余震のどれもが同じようなタイプばかりで、言い方はどうかと思うけど、僕は遊園地のアトラクションに乗り続けてるような気分だった。あれは、短い時間だから楽しいんだ。それが四六時中続いていたら、嫌になるに決まってる。だって、トイレに入ってる時だって、突然に地震が来たりするんだから……。
ニュースによると、ヒカリ市の中央に新しい断層ができたという事だった。当分、この状態が続くかと思うと、本当にうんざりだ。
そして、それ以上にうんざりなのは、水道の復旧時期の事だ。
部屋の片付けを終えてテレビを点けると、ニュース速報が続いていて、年配のアナウンサーが手元の原稿を見ながら、工事には相当な時間が掛かる事を伝えていた。二度の激しい余震で、再び水道管がズタズタになってしまったらしい。
その後、若手の女子アナが現れて、軽い調子で『全部の復旧は、ゴールデンウィーク開けになるみたいですねー』と言う。
『被災地の皆さんは色々と大変だと思いますけど、頑張って下さいねー』
そんな事を澄ました顔で言う女子アナを見て、正直、僕は殺意さえ覚えてしまった。
今から一カ月近くも水が出ない生活をしなきゃなんないなんて、冗談じゃない。あの女子アナは、きっと自分には関係ないと思ってるから、あんな残酷な事を言っても涼しい顔でいられるんだ……。
単なる八つ当たりだとは思っていても、この時の僕には、腹の中のどす黒い感情を制御できないでいたのだった。
★★★
僕のイライラが頂点に差し掛かっていた時、一階の電話が鳴った。
少し乱暴に受話器を取ると、聞きなれた女の人の声がした。菊池里香先生だった。
リカちゃんの声は、酷く沈んでいた。
僕が『ああ、最悪だあ!』と思った時には、もう遅かった。僕は、深い海の底から聞こえるような彼女の嘆き節を、長々と聞かされる羽目になってしまった。
『学校、今週一杯休みになったよ。良かったね。嬉しい? 私、ちっとも嬉しくなーい。教職員はね、明日も出勤なの。馬鹿げてるでしょう? 水道、止まっちゃってんのにさ。あーあ、またトイレに入る度に、自分のくっさいうんちを水で流す日々に逆戻りかあ。それに、当分は温かいシャワーともおさらばって事よねえ。取り敢えずガスは出てるから、お湯を沸かして身体を拭いたりはできるけど、英語の藤田先生とか悲惨よ。ガスも出ないんだってさ。まあ、プロパンのタンクが空になってるとかのオチなんだろうけど……。どっかで電気コンロでも調達して来ないと、生きて行けないと思う。彼女、さすがに今日は学校に来てなくて……、そんでも先崎の奴はぶつぶつ言ってたけど、まずは生き残れるように、生活を立ち上げるのが先だよねえ』
「はあ……」
『それよりも心配なのは、イルージョンの方。ただでさえ短い乙女の命が、毎日蝕まれて行ってるのよ。あ、香山くん、ひょっとして呆れたりしてない? 「もう、乙女って歳でも無いだろ?」とか思ってるんじゃないの? でもね、ここにいる限り、うちらの寿命は確実に短くなって行くの。こんなこと言うと、あの教頭の奴、「そうやって、変な噂なんかに踊らされて、むやみに危険を煽るんじゃない!」とか「お前は、このヒカリ市の復興を妨げるつもりかあ!」とか怒鳴るんだろうけど……。でもさ、本当のこと言って、何で悪いのよ。ねえ、香山くんも、そう思わない? それに、「教師は聖職者なんだから、有難がって殉職して当然だ!」とでも思ってるのかしら。ああ、何で、こんな歳で死ななきゃならないの、私……』
「あ、あの、先生。まだ、死ぬと決まった訳じゃないですよね?」
『あのね、香山くん。こういう生死に関わる事ってのは、慎重すぎるくらいで丁度良いの。遠慮する必要なんて無いの。怖い時は怖いと言わなくちゃ……って、実際には、なかなか言えないんだよねえ……』
リカちゃんは、それから更に十五分以上も無駄なお喋りを延々と続けて、やっと電話を切ってくれた。
★★★
そして、いつも悪い事は重なるものである。
僕はリカちゃんから、親しい幼馴染達の青木麻衣、金森翔太、鯨岡菜摘、緑川瑞希への連絡を託されてしまった。
仕方なく僕は、順番に電話を掛けることにしたのだが、名簿順だと最初は青木麻衣だ。
そして僕は、その青木麻衣に、いきなり衝撃的な事実を聞かされてしまったんだ。
『……学校の事は、分かったわ。さっきから翔太が私ん家に来てるから、彼には私が伝えておくね』
「そっか。ありがとう」
『別に、良いわよ。それよりも私、樹くんにも伝えなきゃなんない事があるの。実はね、私、引っ越すことになったんだ』
「えっ、引っ越すって、いつなんだ?」
『それが、今日なの。今日、この後すぐに車でオサカに行くの!』
END049
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「麻衣との別れ」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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