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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第八章:帰郷(四月六日~)
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048:もうひとつの大地震


「お兄ちゃん、お帰りなさ~い!」


相変わらず半日だけの授業を終えて帰宅した僕が、玄関のドアを開けた途端、いきなり赤い固まりが抱き付いて来た。赤い上下のジャージを着た隣の鯨岡愛奈くじらおかあいなだった。


「おいおい、もう小学生になったんだろう?」

「良いんだもん。愛奈、まだ六歳なんだし」


母さんはと見ると、スパゲッティのソースを真剣な顔付きで見詰めていた。ニンニクが焦げる香ばしい匂いが、僕の食欲を刺激する。

その隣のコンロでは、大きな鍋でパスタを茹でている所だった。


「あら、いつき、帰ってたのね。今日のお昼は、鯨岡くじらおか家と一緒に食べるからね」


母さんは、僕の方をチラッと見ただけで、直ぐに視線をフライパンの上に戻してしまった。


朱美あけみさんは?」

「もうすぐ来るわよ。今、コンビニへワインを買いに行ったから」

「ワインなんて、飲んでて良いの?」

「もう、良いでしょう。だって、今日で震災一ケ月なんだし、私と菜摘なつみちゃんの誕生日パーティーだって、結局、まだやってないじゃない。だから今日は、だいたい一週間遅れの誕生日パーティ-って訳よ」


そっか。てことは、今日は四月の十一日って事だ。あの大地震からの一カ月って、もの凄く長かったって気がする。それなのに、地震が起きた先月の十一日の事は、まるで昨日のように鮮明に思い出せたりするんだから、なんだか不思議だ。

そんな感慨に浸りつつ食卓テーブルの端へと目をやると、何やら見慣れない白い小箱がある。


「母さん、ひょっとして、それってケーキ?」

「そうよ、凄いでしょう? 今朝、ネットで売ってる店を見付けて、直ぐに飛んで行っちゃった。買うのに結構、並んだのよ」


母さんは、何だか凄く嬉しそうだ。つい最近まで、「イルージョンが漂う中で並ぶのなんて、絶対に嫌!」とか言ってた人とは思えない。それに、『もう誕生日を嬉しがる歳でも無いのに』とも思ったけど、口には出さないでおく。

すると、いきなり勝手口が開いて、「おっ邪魔しまーす!」という聞き慣れた声が部屋中に響いた。見るまでもなく、菜摘だ。彼女は、学校のジャージ姿のまま。もちろん、僕だってジャージ姿だ。この恰好自体が部屋着みたいなもんだから、全然、着替える気にならない。


「もう、うちのお母さん、酷いんだよ。お腹空かせて帰って来たら、置き手紙なんかするんだもん」

そう言って膨れる菜摘に、愛奈が話し掛けた。

「今日は、お姉ちゃんのお誕生日会なんだから、怒んないの」

「愛奈ちゃん、それ言っちゃ駄目でしょう。さっきはお姉ちゃんを驚かせるんだって張り切ってたじゃないの」

「あっ、そうだったあ」


そう言って本気で悔しがる愛奈を、母さんが優しく微笑んで見ている。母さんは、もう一人、女の子が欲しかったと言う。僕が祖母さんから聞いた話だ。でも、元々子供ができにくい体質で、二人目は諦めたらしい。だから菜摘と愛奈の事を、母さんは実の娘のように可愛がっているという訳だ。

その菜摘は、愛奈からケーキがあると聞くと、目を血走らせて辺りを見回し始めた。


「えっ、ケーキって何処どこにあんの?」


僕が食卓テーブルの隅にあるケーキの箱を示してやると、菜摘は即座に、「開けていい?」と母さんに聞く。そして母さんが頷くや否や、中身を見て今度は大きな歓声を挙げる。


「うわあ、すっげえ!」


まもなく朱美さんがコンビニから戻り、スパゲッティも仕上がって待望のパーティ-が始まった。

母さんの久し振りのミートソーススパゲッティは絶品だったし、ハッピーバースディを歌って食べたケーキは心が溶ける程に甘く感じられた。母さんと朱美さんは、二人でワインのボトルを開けてしまい、随分と顔が赤い。僕らは、久し振りに新型発電所事故のことを忘れて、大声で笑い合った。


そうして五人で談笑しているうちに、時はどんどんと速足で過ぎて行く。途中で僕と菜摘と愛奈はトランプを始めてしまい、母さんと朱美さんは、どうでも良さそうなお喋りを延々と続けていた。

そして、気が付くと、時刻は午後四時をだいぶ過ぎていたのだった。



★★★



ふと外を見ると、いつのまにか薄暗い。『おかしいなあ、まだ暗くなるような時間じゃないのに』と思っていると、突然、締め切ったままの雨戸を、大粒の雨がトントンと叩き出した。


「あら、雨だわ」


母さんの声で、僕らは雨戸の無いキッチンの窓に集まって外を眺めた。雨脚は見る見るうちに激しさを増して、たちどころに庭全体を濡らして行く。雨戸に加えて、屋根を叩く音までもが、やたらと煩く感じられる。

やがて外がピカッと光ったかと思うと、耳をつんざくような落雷の音が鳴り響いた。


「お兄ちゃん、怖~い」


食卓テーブルのある方に戻った僕の腰に、愛奈が涙目で必死にしがみ付く。


「嫌だわ、この不気味な天気。今日は震災後ちょうど一ケ月だし、また何かとんでもない事が起こりそう」

「もうあおいさんったら、変なこと言わないでよ。マジで怖いんですけど-」


そう言う菜摘は、本気で雷が怖いらしい。あ、また光った。慌てて耳を塞ぐと、激しい雷鳴の後、床が微かに揺れて食卓テーブルの足がカタカタ鳴る。雷が落ちたのは、すぐ近くだったようだ。

急に僕の背中に、何やら柔らかいものが押し付けられるのを感じた。それに加えて、小刻みな震えが伝わって来る。愛奈じゃない。これは、菜摘だ。

「おい、大丈夫か?」と声を掛けた途端、稲光に浮かぶ菜摘の泣き顔が見えた。『これは、全然、大丈夫じゃないな』と僕が思い掛けた時だった。今までで最大級の雷鳴が轟くと同時に、僕は不気味な低音を聞いたんだ。


それは、何やら地の底から聞こえる唸り声のような音だった。

菜摘の爪が、僕の腕に激しく食い込んで痛い。すると今度は、愛奈が啜り泣きを始めた。


その直後に、ドンと下から突き上げる縦揺れが来た。


「きゃっ」と小さく叫んだ菜摘は、更に強く身体からだを押し付けてくる。正面から愛奈にも必死で抱き付かれ、姉妹二人にサンドイッチにされた形の僕は、全く身動きが取れない。「おい、こら」と叫ぼうとした瞬間、三人で床に倒れ込んだ。姉妹を庇おうとした為に、僕はしたたかに頭を床に打ち付けてしまった。

一瞬、気が遠くなる。それでも何とか踏み留まって、這って食卓テーブルの下へと潜り込む。直ぐに愛奈の手を取って引き寄せた。菜摘はと言うと、僕のすぐ横で身体を丸めて震えている。

テーブルの上から、食器類が滑り落ちて来た。幾つかのコーヒーカップやソーサーが割れた。中身がこぼれて、菜摘の肩が濡れている。僕が菜摘の濡れた肩に手をやると、結構、熱い。そのまま、その肩を自分の方に抱き寄せた。


この瞬間に僕は、世界の終わりを確信した。

それくらいに、もう無茶苦茶な揺れ方だったんだ!



★★★



その時、何だか僕の頭の中で、カチッと小さな音がした気がした。

確か、一ヶ月前にも聞いたような……。


そんな事を僕が思った時、突然、揺れが治まって、部屋の中に沈黙が訪れた。


急に頭がズキズキと痛み始めた。さっき床にぶつけたせいだ。

菜摘の肩越しに、まだ食卓テーブルの足にしがみ付いたままの愛奈と目が合った。


「ああっ、お姉ちゃん、ずる~い。自分だけお兄ちゃんに抱き付いてるぅ!」


菜摘がパッと僕から離れた。僕等は、ゆっくりと食卓テーブルの下から這い出て立ち上がった。


「菜摘、肩に掛かった紅茶、熱くなかったか?」


僕が問い掛けると、小声で「大丈夫」とだけ返って来た。菜摘の無表情な顔が、稲光に照らし出される。再び雷鳴が轟く。菜摘は、まだその場に立ち尽くしたままだ。愛奈だけが、もう一度、僕にしがみ付いて来る。僕は、その愛奈を抱き上げた。

部屋の中は真っ暗だった。僕が足を一歩動かした時、母さんが叫んだ。


「気を付けて、樹! ガラスの破片とか色んな物が下に落ちてるから、ちょっとの間、そのまま動かないで頂戴」


やがて、母さんが懐中電灯とスリッパを持って現れた。僕は、愛奈を抱えたまま、風呂場の方へ移動した。

片手で蛇口をひねると、まだ水が出る。僕は、一瞬だけホッとした後で、直ぐに思い直した。


ああ、また水の無い生活が始まるんだ!


僕は、愛奈をしっかりと胸に抱いたまま、深く長い溜息を付いた。



★★★



幾分、雨が小降りになると、自分達の家が心配だからと、鯨岡家の三人は帰って行った。

僕は、割れた物を箒で部屋の隅に寄せて行った。その後、母さんが軽くフローリングワイパーで拭いて行く。食べ残しの物は状態を確認してダメなら破棄。その他の生ゴミを回収して、取り敢えずの片付けを終えた。残りは、電気が戻ってからだ。

その間、もちろん浴槽には水を貯めたし、主だった容器も満タンにしておいた。更に、母さんと僕の二人が軽くシャワーを浴びた所で、ようやく水が出なくなった。


電気が使えるようになった頃、父さんが帰って来た。何だか、凄く疲れた様子だったので、僕は「お帰り」とだけ言って、二階へ上がって行った。

もはや僕には、夕食の事なんか頭には無かった。今は、もう何も考えたくない。全てを忘れて眠ってしまおう。


当然、僕の部屋も悲惨な状態ではあったけど、一ヶ月前よりはマシだった。元から余震を想定して、割れ易い物とかの配置に気を付けていたからだ。

僕は、サッと割れた物が無いのを確認すると、緑川瑞希みどりかわみずきに電話する事もなくベッドに身を横たえた。そして、すぐに意識を手放したのだった。




END048


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「憂鬱な現実」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

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また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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