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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第八章:帰郷(四月六日~)
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046: 入浴


火曜日にヒカリ市センターヒルズニュータウンの自宅に戻って以来、僕と母さんは、まだ一度も風呂に入っていない。お湯で身体からだを拭いているだけだ。今日の土曜日で五日目。最近はポカポカ陽気が続いている事もあって、男の僕でも気持ちが悪くなり掛けている。きっと母さんは、もっと気持ち悪く感じているに違いない。

とにかく、髪の毛は脂っぽいし、身体のあちこちが何となく痒いのだ。自分の大衆は自分では分かり難いのだけど、きっと、だいぶ臭っているに違いない。


ちなみに、こっちに戻ってから風呂に入ってないのは、隣の鯨岡菜摘くじらおかなつみ愛奈あいなとて同じの筈。それなのにこの姉妹は、相変わらず気軽に僕の家にやって来る。

昨日の夕方の事だけど、一緒に夕食を食べにうちに来た菜摘は、僕の前でも平気で身体中を掻きまくっていた。その都度あちこち服が捲れて、僕はもう気が気じゃない。

それなのに、菜摘の奴は僕に言うんだ。


「ねえ、いつき、ちょっとアタシの背中掻いてくんない?」


僕は、ドキッとした。愛奈なら平気で背中を掻いてあげられるけど、菜摘だとそうは行かない。いくら家族同然だと言っても、それとこれとは違う。それでもやらないと怒り出すので、僕は恐る恐る彼女の背中へと手を伸ばした。


「もう、服の上からじゃなくて、直に掻いてよ」


そう言われて、僕は腹を括った。背中からジャージの下にそっと手を差し込むと、そこは生温かくて少し汗ばんでいた。すると、いきなり肘の辺りを掴まれて、上の方まで持って行かれる。

そっと掻いていたら、「くすぐったいから、もっと強く!」と言う。掻く度に女の子の匂いがして、心臓がバクバクする。

「もうちょっと上かな?」と言われて、更に手を伸ばすと、ブラジャーのベルトに突き当たった。


「あ、そこ。ベルトの下を掻いて!」と言うので、もうやけっぱちになって、その辺りを強めに掻いてやる。すると、「そこはもう良いから、横に行って」と言う。


良いや。もう、こうなったら何だってやってやる!


完全に開き直った僕は、脇の下からフロントの方まで徐々に侵略して行く。だけど、指先が柔らかいものに触れた途端、やっと菜摘のストップが掛かった。


「もう、どこ触ってんのよ。樹のエッチ!」



★★★



そんな危険なたわむれを僕と菜摘がしている間、母さんは朱美あけみさんと真剣に明日の計画を話し合っていたようだ。そして、隣の三人が帰った後、母さんが僕に言った。


「明日は早起きして、温泉の整理券をゲットするのに並ぶからね。そのつもりでいて頂戴!」


どうやら、その整理券と言うのは、一人一枚しか貰えないらしい。それじゃないと、代理人の名目で大量に確保して、高値で転売するとかの事態になりかねないからだという。

実は、昨日、菜摘の父親の栄太えいたさんが朝早く行って、家族全員の整理券を貰おうとしたけど、断られてしまったそうだ。しかも、入手できたのは男湯の分で、朱美さんは母さんに、「うちの人ったら、全然、役に立たないんだから!」と不満をぶつけていた。

まあ、気持ちは分からなくもないけど、なんか、栄太さんが可哀そう過ぎる。


という訳で、土曜日の今日、早朝に叩き起こされた僕は、父さんと母さんと三人で、湯本温泉の一角にある温泉旅館を訪れていた。比較的、整理券が取り易いという評判だったけど、朝の七時に並んでも、既に五十人くらいが列を作っている。みんな、それだけ風呂に入りたいという事なんだろう。

そうやって並んでいる人の全員が顔にマスクをしているのが、僕には何だか奇異に感じた。更に、『そのうち、そんなのも当たり前になるんだろうな』という思いに至った時、今度は少し落ち込んでしまった。


「父さん、ここって、僕らが祖父じいちゃんの家にいた時に来た事あるの?」

「ここの温泉じゃないんだが、会社の同僚と一緒に何回か来たぞ。なんか、そん時よりも混んでるみたいだな」

「子供の学校が始まって、人が増えてるのよ。それに、新型発電所事故の対応で、首都電力の人だとか、二十キロ圏内の避難民とかも来てるんじゃないかしら」

「避難民の人は、タダで入れるみたいだな。避難所からの送り迎えとかもあるらしいぞ」

「ふーん」


目的の整理券は、アッサリと確保する事ができた。車に戻った母さんは、その薄っぺらな紙切れを、とても大切そうに眺めている。まるで、人気バンドの特別席のコンサートチケットを手に入れた時みたいだ。

実際に入浴する時間は夕方なので、その後、いったん僕らは帰宅する事にした。



★★★



朝、整理券を取りに行った温泉には、指定された午後四時の二十分前に着いた。遅れて入れてもらえないのを恐れたというよりは、主に母さんが待ち切れなかったというのが正しいって気がする。

早く着いた事もあってか、僕らは十分じゅっぷん程早く脱衣所に案内してもらえた。

母さんと別れ、僕は父さんと一緒に男湯ののれんをくぐる。脱衣所で服を脱いでいると、いきなり若い女の係員がずかずかと中に入って来た。上はピンクのポロシャツで、下は紺のホットパンツ。そして、裸足だった。彼女は、おもむろに僕の真横に立つと、大声で言った。


「本日は、大変混み合っておりますので、入浴時間は三十分以内でお願いしまーす」


その時ちょうどパンツを脱いだ所だった僕は、すごく焦った。その後、その女性は周りををグルっと見回して、その場の混み具合を確認してから、まるで何事も無かったように脱衣所から出て行こうとする。

その彼女が出て行く時に、一瞬だけ僕と目が合った。その顔は、ニヤニヤと笑っていたから、確実に僕の下半身を見ていたと思う。


「樹、行くぞ」


父さんに促されて、浴場へと向かう。洗い場には人がギッシリといて、なかなか開いてる所が見付からない。それでも、五分くらいで席を立つ人がいたので、その後を素早く確保した。

ところが、頭を洗っている内に順番待ちの人がやって来て、僕のすぐ後ろに立つと、思いっ切り「早くしろ」のプレッシャーを掛けて来る。気付かないフリをして無視するだけなのだが、鬱陶しい事この上ない。そのせいで、それからの僕は必死に手を動かして、急いで泡をシャワーで流して、サッと立ち上がった。

そうして、僕が振り返った時、そこにいたのは割と普通の中年オヤジ。その時は焦っていたせいで、僕の形相は相当に険しいものになっており、中学生の僕なんかにビビりまくっていた。『だったら、後ろからプレッシャーを掛けるようなこと、すんなよ!』と思ったのは、言うまでもない。


それでも、湯船の方は充分な広さがあって、ゆっくりと浸かる事ができた。さっきの女の人は三十分とか言ってたけど、当然、そんなのは気にしない。心行くまで湯に浸かって、のぼせそうになったら半身浴に切り替えるのを何度かやり、思う存分に楽しんでから外に出た。

それなのに、時計を見ると三十分ぐらいしか経ってない。それで、ちょっとだけ僕は、損をした気分になった。


ちなみに母さんは、それから更に三十分以上経たないと女湯から出て来なくて、僕と父さんは随分とヤキモキさせられたのだった。




END046


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「水が出た!」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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