045: 転校生達
金曜日の朝、出席を取り終わった後の「リカちゃん独白タイム」が始まろうとした矢先、当の菊池先生が急に思い出したように言った。
「あ、そうだ。大事な事を忘れてた!」
先生は慌てて教室の前の扉の所に行くと、その扉を勢い良く引いて言った。
「ごめんなさーい、待たせちゃったねー。さあ、入って入って!」
男子三人、女子二人の転校生がぞろぞろと入って来て、教壇の前に並ぶ。リカちゃんは、軽く咳払いをしてから彼らに指示を出した。
「さあ、一人ずつ自己紹介するのよ」
五人のうち四人は、北の新型発電所二十キロ圏内からの避難民。残りの女子一名は、ヒカリ市沿岸部で津波の被害に遭い、センターヒルズの親戚の家に居候することになった子だった。僕の偏見かもしれないけど、五人全員が普通の転校生らしくない。
二十キロ圏内から来たメンバーは揃って柄が悪く、揃って茶髪だった。特に唯一の女子である新妻亜紀は、ひと際目立っていた。肌が色白で小柄、胸だけが大きいその子の髪は茶髪というよりも、ほぼ金髪に近かったからだ。そして、挑発的な目で僕らを睨み付ける傲慢な態度もまた、強く印象に残った。
男子達の名前は、秋元裕一、矢内秀樹、横田哲也という。三人のリーダーは秋元で、高萩勇人ほど大柄じゃないけど、一見して粗暴と分かるタイプの奴だ。他の二人は、いわば秋元のコバンザメ。矢内はノッポで、横田はデブといった感じだ。
一方、津波の被害に遭った方の女子は、新妻とは対象的に暗い雰囲気を漂わせている。長い黒髪で長身のスレンダーな体型。色黒な点を除けば、顔はそこそこ可愛い。
だけど、自己紹介の時も俯いたままで、ボソッと小声で「菅波奈々子です」と自分の名前を言っただけ。とにかく、全身に「近付かないで!」オーラを纏っている女子だった。
「まあ、見ての通りよ。たぶん、皆もそうだと思うけど、今は誰もが色々とある訳よ。だから、無理にとは言わないけど、できれば仲良くしてあげてね。じゃあ、今日はこれでお終い」
それだけ言ってリカちゃんは、そそくさと教室から出て行ってしまった。
クラスメイトが五人も増えた訳だけど、避難して戻って来ないのが五人いたから、クラスメイトの総数は変わっていない。以前の三十名のままだ。教室が窮屈にならなかったのは、僥倖と言える。
「あの茶髪の女子って、何か柄悪いよね。まあ、男子達もだけど。それと黒髪の方の女、事情は分からないでもないけどさ、何か暗くて嫌だなあ」
女子達がヒソヒソ声で話している。でも、だいたいこれが元からいるクラスメイト達の総意って奴だ。どう見たって、あんまり手放しで受け入れたいって感じの転校生達ではない。
もちろん、北からの避難民の子供達が揃って柄が悪いということでは無いだろう。実際、後で判った所では、リカちゃんのクラスだからという事で問題児を押しつけられたというのが真相のようだった。
★★★
僕らがナコヤから戻って来た時には、センターヒルズニュータウンのあちこちで仮設住宅が建設されており、それらの一部は既に完成していた。そして、そこに移って来たのは、北の新型発電所二十キロ圏内からの避難民だったのだ。
自然災害による避難民であれば、大切に受け入れられるのが一般的だ。天災は、誰にでも起こる事である。明日は我が身かもしれないと思うからこそ、そうした反応になるのは理解できる。
だけど、新型発電所の事故は、自然災害なんかじゃない。首都電力は、未だに「想定外」と言い張ってはいるが、被害に遭った当事者からすれば、どうしても屁理屈だとしか思えない。
それに加えて、発電所周辺の住民には、その発電所の関係者が大勢含まれる。直接、発電所関連の仕事に就いていないにせよ、長年、発電所の恩恵に預かってきた人達なのだ。だからこそ、センターヒルズの住民が、そうした避難民に対しても複雑な思いを抱いてしまうのは、止むを得ない事なのである。
そうした事情もあって、センターヒルズにやってきた北からの避難民全般について言えば、親達の評価は相当に手厳しいものだった。そんな考え方は良くないとは思いつつも、実は誰もがセンターヒルズの治安悪化や、街のイメージダウンを恐れていたのだ。
ここセンターヒルズニュータウンは、ヒカリ市随一の高級住宅街だけあって、住民の所得レベルはそれなりに高い。当然、住民の職業は限られる。ここに住んでいるのは、市内で名が知れた会社のサラリーマン、銀行員、医者、そして公務員だ。
そんな特別な街に、いきなり新型発電所周辺の住民が避難民として加わったのだ。センターヒルズの住民にだって北からの避難民に同情的な人達はいるものの、やはり新たな住民に不安を抱く人達の方が多かった。一般論で避難民のことを思うのと、実際に自分達の生活の中に入って来られるのとでは大きな違いがある。
特に年頃の娘を持つ親達の心境は、非常に複雑だ。隣の鯨岡朱美さんもまた、そうした不安を良く母さんにぶちまけていた。
「葵さん、公園の向こうの空き地にも、追加で仮設住宅の建設が始まっているの知ってるでしょう? もう、どこもかしこも仮設住宅だらけ。何か、今までの綺麗な街並みのこと思うと、凄く淋しくなるわよね。ああ、あの人達って、いつになったら出て行ってくれるのかなあ。このまま、ここに居座っちゃったりしなきゃ良いんだけど」
「さあ、どうかしら。今回の避難理由は、新型発電所の事故だものね。たぶん、長引くと思うわよ」
「ほんと、嫌だわ……。あ、あたしも別にあの人達のことを差別したいとかじゃないのよ。あの人達だって被害者なんだし、可哀想だとは思ってるわ。でもねえ、最近、センターヒルズにあるスーパーに、なんか柄の悪い人が増えたじゃない。サンダル履きでジャージ姿、髪の毛は揃って茶髪って感じの人達……」
「実際、そうよね。私も正直言うと最近は、あそこに買い物に行くのが怖いの。それに、あの人達って、全然、マスクとかしてないじゃない。小さな子を平気で連れてたりするし、何か、『イルージョンなんて存在しません!』って言いたげな雰囲気を漂わせてる感じなのよね」
「確かに、ちっちゃい子がスーパーの中をうろちょろしてるのを見ると、あたしでも心配になっちゃうわ。子供の方がイルージョンの影響を受け易いって知らないのかしら?」
「たぶん、そういうの気にしてないんだと思うわ。あの人達って、ヒカリ市長の安全宣言を真に受けてるどころか、率先して市長の安全宣言の広告塔になろうとしてるみたいだと思えない? そうした行動が、後々悪い事に繋がらなきゃ良いんだけど……」
母さん達は、心配げに首を傾げて考え込んでいる様子。
僕は、何となくそれを横で聞いていて、うちのクラスの転校生達のことを言うべきかどうか迷った。
でも、わざわざ僕が言わなくても、朱美さんは既に知っていたようだ。
「さっき菜摘が言ってたんだけど、学校の雰囲気も変わったみたいね」
「あら、そうなの? 樹は、そういうこと何にも言わないから」
「発電所事故の避難民の子供達が、大勢入って来たらしいのよ。うちの子、女のくせに負けん気が強いから、何かイザコザを起こさないか心配だわ」
そこで、思わず僕は噴き出してしまった。
「こらっ、樹! あんた、聞いてたの?」
「そりゃあ、こえるよ。声、でかいんだもの」
朱美さんが帰って行ってから、僕は母さんが、「やっぱり、この街には長く居られないわね」と呟くのを聞いてしまった。
そして、その後で母さんは、ちゃんと僕の方に向き直って言い放ったのだ。
「ねえ、樹。何かあったら、ナコヤの中学に転校するかもしれないから、あんたも、そのつもりでいて頂戴!」
だけど、僕は聞かなかったフリをして二階へ行ってしまった。
母さんがそんな風に思っているのは、僕もナコヤにいる時から気付いていた。でも、僕は、そんなこと絶対に考えたくはない。
それよりも、僕は漠然と、「瑞希と菜摘は、どうするんだろう?」と思った。その事だけが今は、どうにも気掛かりで仕方がなかった。
END045
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「入浴」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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