044: 大人の事情
中学校を出た後の僕は、いつもの五人で家に向かっていた。
「今日のリカちゃん、何か、やけくそって感じだったね」
青木麻衣の言葉に、鯨岡菜摘が応じた。
「うーん、よっぽど帰って来たくなかったんだね。実家が良かったのかな?」
「あれっ? リカちゃんって出身は、ハッピーアイランドの州都じゃなかったっけ?」
僕が指摘すると、菜摘は僕を睨んで言った。
「別に、良いじゃん。ちょっと間違えただけでしょう? てことは、彼氏の所にいたって事かな?」
「こないだ、菜摘、『リカちゃんに彼氏はいない』って言ってなかった?」
「うん。言ってたと思う」
緑川瑞希にまで肯定されてしまい、ますます菜摘は拗ねてしまった。
「もう、誰の所でも良いじゃん。きっと、そんだけイルージョンが怖いって事なんでしょう?」
「それだね、菜摘。リカちゃんって結婚願望強いし、子供も好きみたいだから」
珍しく麻衣に庇ってもらえて、少しだけ機嫌を直した菜摘は、先頭に立って歩き始めた。すると、近所のお婆さんが路の真ん中に佇んで、こっちを見ている。
「こんにちは、お婆さん。無事で良かったです」
「菜摘ちゃんこそ、元気で何よりだこと。それより、今日は皆お揃いのジャージかい? 何か、運動会みたいだねえ」
「うん。うちらの制服、当分の間、お預けみたいなの」
言われてみれば、確かに、この恰好での登下校は何だか変だ。ジャージと白のウィンドブレーカーもそうだけど、全員がマスクをしているのも、かなり異様だと思う。
「私達、もう制服、着られないかも」
瑞希がポツンと言う。
「うちらの中学生活は、まだ一年あるんだから大丈夫なんじゃない?」
「菜摘、それは甘いよ。今回の事故は、一年やそこらで終息するようなものとは違うから」
麻衣の声は落ち着いたトーンだけに、余計不気味なものを感じる。
しばらくの沈黙の後、金森翔太が言った。
「じゃあ、これから俺らって、ずーっとイルージョンに怯えたままで暮らさなきゃなんねーのかよ」
「翔太がそんな風に腹立たしく思うのは、良く分かるわ。私だってそうだから。だけど、起こってしまったんだから、もう仕方がないの。何とか折り合いを付けてここに留まるか、それとも尻尾を巻いて逃げだすか、そのどちらかを選ぶしかないの」
再び、全員が黙り込んだ。
「私は、逃げたくない。ハッピーアイランドが好きだもの」
沈黙を破ったのは、意外にも瑞希だった。
「でも、本当は逃げた方が良いかも。ここには、居るべきじゃない。ここに居たら、自分の身体がどうなって行くか、何となく分かる」
「瑞希さあ、そんな真剣な顔で言わないでよ。アタシだって怖くなっちゃうじゃん。だって、『直ちに』死ぬわけじゃないんだからさあ」
冗談めかして言う菜摘を、麻衣が咎めた。
「菜摘、現実から目を逸らすの止めなよ。瑞希が言うのが正しいってこと、菜摘だって判るでしょう。これは命に関わることよ。現実から目を背けて、後で後悔したって遅いの」
ところが、菜摘だって黙っちゃいない。
「麻衣は良いよ。逃げる場所があって、いつでも逃げようと思えば逃げられるんだから。でも、瑞希とアタシは、そうはいかないの。逃げる所なんて無いの。仕方が無いじゃない。アタシだって怖いよ。将来のこと考えると、気が狂いそうになるよ。でも、アタシにはここにいるしかないの」
いつも陽気な菜摘から突然そんな風に言われたら、麻衣にだって返す言葉が無い。それは、僕も同じだ。でも、翔太は違った。
「なあ、菜摘。だったら、もう一度、樹と一緒に逃げるってのはどうだ? 樹も、樹の親だって、反対はしないだろう?」
当然、反対なんてする訳がない。だけど、ちょっと違う気がする。それをストレートに指摘したのは、麻衣だった。
「翔太、それは駄目よ。ただの避難だったら良い。でも、ずっと暮らすとなると、そうは行かないわ。大人は、そんなに簡単に決められないと思う。大人には大人の事情があるのよ」
家に帰った僕は、幼馴染達と話した事を、母さんにも父さんにも話さなかった。麻衣の言った事が、間違いなく正しいと思ったからだ。
そもそも母さんが納得した所で、あの祖父ちゃんを説得できるとは思えない。
この日の夜、久しぶりに僕は、あまり良く眠れなかった。
★★★
そして、翌日もまた僕らは、ジャージの上にウィンドブレーカーを着て学校に行った。もちろん、ずっとマスクをしたままだ。
「あんたらって、よくまあ、真面目に学校に来るよね。お風呂にも入れないのにさあ。この教室、だんだんと臭くなるよ。ああ、いつになったら、水が出るのかなあ。早くお風呂に入りた~い!」
相変わらず教室でリカちゃんは、ぼやいてばかりだ。
でも、僕らが避難する前と比べれば、少しずつ改善はしていた。リカちゃんが「入れない」と言っているお風呂だって、整理券が手に入れば入れる所はあるのだ。ただ、平日は働いていて整理券の為に並ぶなんて無理だし、それを代行してくれる人が彼女にはいない。つまり、実際には週末しか風呂に入れないという訳だ。
だけど水に関しては、近くの公民館に行けば幾らでも貰える。もう、ほとんど並ばなくても大丈夫だ。それに、一日に何度か給水車が家の周りを巡回してくれていて、バケツやポリタンクを持って行けば、ジャブジャブと入れてくれる。以前、ポリタンクは品切れだったようだけど、今はホームセンターで買えるようになった。もっとも、僕ん家は祖父母の家から持って来たのがあるから、随分と助かってる。
スーパーも午後三時までなら営業していて、リカちゃんなんかは授業の合間に買いに行っているようだ。さすがの先崎先生も、それを咎める事はないらしい。奥さんと別居中で、自分も同じ事をやっているからだ。
ガソリンも半分くらいのスタンドが開いていて、早朝から並べば入れられるようになった。リカちゃんの場合、朝の六時から並んで、八時にガソリンを入れてもらい、始業ギリギリに登校するようにしたらしい。それで遅れた場合はと訊くと、「まあ、なるようになるわよ」との事だ。
まあ、色々と大変だけど、生きて行けない訳ではない。
ところが母さんは、今の状況をこう言った。
「皆さん誤解してるようだけど、空中に舞うイルージョンの量そのものは、私達が避難する前と今とで、ちっとも変わってないのよね。危険は、まだまだ続いてるの」
母さんはこうも言った。
「結局、市長は子供を人質にして、市民をヒカリに呼び寄せたのね」
渡部市長は、ヒカリ市に戻って来ていた。その市長が最初にしたのが市の安全宣言だった。彼は、市民の思いとは関係なく、更に何の根拠も裏付けも無しに、『ヒカリ市に新型発電所事故の影響は、一切ありません。日常生活を送るのに全く支障はありません』と声高らかに宣言したのである。
その為、ヒカリ市の北の方は、それまで屋内退避区域に入っていたのに、区域から除外されることになってしまった。
その次に渡部市長がやったのは、学校側の実情には一切関係無く、学校を予定通り始めさせる事だった。この決定で、避難していた市民のうち小中学生の子供を持つ世帯の大半が市に戻った。子供だけを親戚や知人宅に避難させていた親達も、子供達を呼び寄せた。
更に、新型発電所から二十キロ圏内の人達を、市は積極的に受け入れた。センターヒルズ内の空き地にも仮設住宅が次々と建ち始めた。
そして新型発電所事故を終息させる為の最前線基地として、首都電力関係者が多数ヒカリ市にやって来るようになり、市の人口はどんどんと増えて行った。
全くの、茶番劇である。そしてヒカリ市は、この時の渡部市長の愚行の手痛いしっぺ返しを食らう事になるのだが、それは少し先の話である。
ともあれ、市長の企みというか、大人の事情によってヒカリ市は一時的に活気を取り戻し、順調に復興への道を歩み始めたかのように見えたのだった。
END044
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「転校生達」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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