043:始業式の日
そして、再び戦場での生活が始まった。
僕らは、かろうじて日が沈む前にヒカリ市のセンターヒルズニュータウンに到着し、緑川瑞希を家に届けてから、自分ん家の駐車場にミニバンを停める。すると、隣の家の勝手口が開いて、白いウィンドブレーカーを羽織ってマスクをした女性が飛び出してきた。途端に、スライド式の車のドアを開けた鯨岡菜摘と愛奈が飛び出して行く。
運転席から降り立った母さんに、朱美さんが深々と頭を下げてお礼を言う。母さんは、「取り敢えず荷物を下ろしたら、うちに集まりましょう」と言って、まずは簡単に話を切り上げたようだった。
家の中はガランとしていた。何となく湿っぽいのは、きっと父さんもずーっと雨戸を閉めたままにしていたからだろう。
荷物を下ろすのを僕に任せて、母さんは軽く掃除を始めた。と言っても、埃が飛び散るのを避けて、掃除機は使わない。床はフローリングワイパーを使っての拭き掃除。壁や家具、窓枠とかも使い捨てのウェットシートを使って、手当たり次第に拭いて行く。
母さんが最初に拭いてくれた玄関の片隅に、僕は次々と車に積んであった荷物を下ろして行く。帰りの車内は、行き以上に荷物がギッシリと積まれていて、その大半が飲料水と食料品だ。
それ以外にも、何とか頼み込んで受け付けてくれた宅配業者に、段ボール十箱分の荷物を預けている。到着するのに一週間以上は必要との事なので、あまり期待はせずに待つことにしていた。
ある程度の作業が終わった所で、隣の鯨岡家の三人がやって来て、一緒に夕食を取る事になった。メニューは、カレーライス。カレーは祖母が作ってくれたのを、タッパーウェアに詰めて冷凍状態で運んで来たもの。ちょうど解凍されて食べ頃になっている。同じ物を瑞希にも渡してあるので、今夜は緑川家もカレーの筈だ。
朱美さんからは、生活に関する様々な情報を得た。
相変わらず、水は出ない。だけど、給水車は頻繁に来るようになった。それでもイルージョンが心配なので、飲料水はペットボトルの水を使っている。その水は、支援物資として配られた物だそうで、まだ数日分はあると言う。スーパーにも徐々に商品が戻って来ているとのことで、次はスーパーで買うとの事だ。
そのスーパーは、午後三時までの営業だそうだが、生鮮食品も徐々に出回るようになってはいるという。ただし、それらの大半はハッピーアイランド州かイーストゲート州北部で生産された物らしい。
肉類は輸入品メインだから大丈夫として、問題は魚介類だ。ナハマ港は未だに復旧されておらず、地元産の物は皆無。他の地方からの生鮮品はほとんど出回っておらず、干物とかがメインだという。母さんは、「まあ、出回ったとしても、当分は食べないけどね」と言っていた。
一番の問題はガソリンだけど、一応、朝早くから並べば問題なく入れられるようだ。しかも、今週からは満タンも可能だとの事。
「となると、やっぱり問題は水道の復旧ね。洗濯とかお風呂はどうしてるの?」
「洗濯の方は、少し遠いけどナコソ地区のコインランドリーで開いてる所があるわよ。お風呂の方は、先週から営業してる温泉が幾つかあるんだけど、どこも人が殺到しちゃって整理券方式になったのよね。その整理券も、できるだけ朝早く行った方が良いわよ」
「えっ、朝早く並ぶの?」
「そうよ。とにかく、今は何でも行列に並ばないとダメなの。ほんと、嫌になっちゃうわ」
もはや、イルージョンを避けて家に引き籠っている生活など有り得ない。生き残る為には、それなりのリスクを取る必要があるという訳だ。
★★★
翌日、僕らは学校指定のブルーのジャージの上に、各々の親達が調達したナイロン地の白いウィンドブレーカーを着て、いつもより遅い時間に登校した。
「おはよう。瑞希、樹くん」
教室に入ったとたん、声を掛けてきたのは青木麻衣だった。直ぐに金森翔太も寄って来る。
「お前ら、春休みの間、同棲してたんだって?」
「違う。樹のお母さんの実家に、居させてもらっていただけ」
「分かってるって。からかっただけだよ」
「それでも、瑞希ってずっと樹くんと一緒に居られたんでしょう」
「うん。でも菜摘も一緒だった」
「そうそう。アタシと妹の愛奈も一緒に付いて行って、二人をずっと監視しててやったんだ」
「そっか。でも、この二人だったら、あんまりエッチな方向には暴走しそうに無いでしょうし、監視のしがいが無かったんじゃないの?」
僕は、余計なことを言う麻衣を睨みつけてやった。当たってるから尚更にむかつく。
久し振りに教室で会った僕等は、避難中のできごとをお互いに交換し合った。オサカの前にオキナワに行っていた麻衣は、今だに日に焼けている。翔太はトキオにいて、親戚のマンションの狭さと計画停電とで、随分と苦労したらしい。
「でも、麻衣はもう戻って来ないかもって心配したんだけど……」
「うーん、この後の事は分かんないんだけど、取り敢えず戻って来たって感じかなあ……」
翔太の前だからかハッキリとは言わなかったけど、麻衣は無理やり親に我儘を言って戻って来たようだ。つまり、近々いなくなってしまう可能性大って事らしい。てことは、翔太も薄々は分かっているという事なんだろう。
「ほらほら、もうすぐ始業式が始まるから、皆、急いで体育館に集合よ」
菊池先生が呼びに来て、僕らは一斉に体育館へと移動を始めた。
僕らの新しい教室は、二階になった。三階は地震の被害が大き過ぎて、まだ当分は使えそうにないからだ。その為、新一年生のうちの二クラスは教室が無くて、この後この体育館に机と椅子を運び込んで授業をやるのだと言う。パーテーションで間を区切るそうだが、お互いの声が漏れて不便に違い無い。
ちなみに、その新一年生の入学式は、僕らの始業式の前に行われたらしい。その為、僕らの登校が遅い時間になったという訳だ。
教室に戻ると何故かまだ菊池先生がいて、当たり前のように出席を取り始めた。そして終わると、こんな事を言い出した。
「今年度もまた、君達の担任になってしまいました菊池里香です。よろしくねっ!」
クラスメイト達の間に、ざわめきが起きた。
「先生っ、クラス替えはどうなっちゃたんですかあ?」
さっと手を上げて、菜摘が問い質した。
「クラス替えねぇ。なんか、どの先生方も忙しくって、そこまで手が回んないんだよねえ。で、もう面倒だから今年は無しって事になっちゃった。あんたらも、その方が良いんじゃないの? この優しくて綺麗なリカちゃんと、また一緒になれるんだもんねー」
「ちぇっ、自分で『リカちゃん』って言ってら」
高萩勇人が呟くと、皆で「リカちゃん、バンザーイ!」と騒ぎ出した。
「こらっ、静かに。それと私のことは、せめて『リカちゃん先生』と言いなさい。分かった? ご返事は?」
全員が一斉に、「はーい」と返事をした。もちろん、僕も歓迎だ。多少の問題はあっても、学年主任の先崎なんかよりは、リカちゃんの方が断然良いに決まってる。
こうして僕のクラスメイトは、三年生になっても二年の時のままって事になった。つまり、それは幼馴染達と一緒にいられるって事で、僕はラッキーだと思った。
だけど、避難先から帰って来なかったのが五人もいて、三十人いたクラスメイトは二十五人に減ってしまった。そして、この数字は、まだまだ減る可能性がある訳なんだけど……、いや、今、その事を考えるのは止そう……。
「じゃあ、今日は、このホームルームの後は解散になります。明日と明後日も午前中しか授業はありません。教科書もありません。プリントをやるだけです。別に家でやっても同じです。でもまあ、皆は友達とかいるから、学校に来たいんでしょうねえ……。でも、部活は当面ありません。体育の授業もありません。教室でも、ちゃんとマスクをする事。制服は着なくて良いから、特に女の子はできるだけ肌を出さない事。ちゃんと赤ちゃんを産みたかったら、私の言うこと守るのよ。自分の身は自分で守りましょう。それと、窓は閉め切りでーす。だって、イルージョンが入ってきちゃうでしょう? ほんと、暑くなってきたら、どうすんのかねえ。ああもう、考えるだけで憂鬱だわあ……」
そこで、菊池先生は、いったん言葉を区切ると、盛大な溜め息を吐いた。それから、おもむろに教壇の上で頬杖をつくと、更に投げやりな口調で喋り出した。
「それから、学校でも水が出ないので、各自、必ず水筒を持って来て下さーい。トイレも水が出ませーん。お陰で、すっごく臭いでーす。うんちは、必ず家でやってくるように。どうしてもお腹が痛くなっちゃったら、家に帰っても良いからね-。家に着くまで間に合わない人は、自分で考えて処理しなさいな……。そんじゃ、明日また会いましょう。皆さんの健闘を祈ってまーす。じゃあ、青木さん、いつもの宜しく」
「起立っ!」と麻衣が号令を掛けて、再会した中学校の初日が終わった。
END043
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「大人の事情」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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