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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第七章: 疎開(三月一七日)
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042:春休みの終わり


祖父が母さんに、「いつから学校は始まるんだ?」と言い出した次の日、香澄かすみ叔母さんと萌香もえかちゃんは、アメリカへ戻って行った。僕らは母さんのミニバンで中部国際空港に行って、二人が乗った飛行機が旅立つのを見送った。

二人が祖父母の家にいたのは、ちょうど一週間。その間に萌香ちゃんはすっかり鯨岡愛奈くじらおかあいなに懐いていて、分かれる時は大泣きだったけど、そこはやはり二歳児。ひとしきり泣いた後は眠ってしまい、叔母さんはベビーカーを押しながら僕らに手を振ってくれていた。

その後、僕らは空港ビルを見て回り、買い物とかをしてから祖父母の家に戻って来たのだが、夕食の直後、母さんのスマホに思いがけない人からの電話があったのである。



★★★



母さんに電話を掛けてきたのは、僕の担任教師だった菊池里香先生だった。そして、その菊池先生から伝えられた内容に、僕も母さんも愕然となった。なんと、中学校が予定通り四月六日から始まるというのだ。しかも、入学式と始業式を同じ日に行うらしい。

その後、菜摘と愛奈の母親の鯨岡朱美くじらおかあけみさんからも電話があって、小学校も同じように六日に入学式をやると言う。

祖父さんが勝ち誇った顔で「それ見たことか」と言うのを聞いても、母さんはじっと黙り込んで耐えるしかないようだった。


『……私だって、もう冗談じゃないわよ。急に学校を六日から始めますったって、まだ何にも準備なんてしてないのよ。どうやって間に合わせりゃいいのよ。教科書はいつ届くか判んないし水だって出ないのに、学校なんて始められる訳ないじゃん。飲み水は水筒持って来させるにしたって、トイレはどうすんの? 弁当だってちゃんと保護者の方は作れんの? そもそもイルージョンの中で、どうやって生徒達を学校に通わせるのよ。雨降ったらどうすんの? 濡れちゃったらヤバいでしょうが……』


こんな風にブー垂れているのは、もちろん菊池先生だ。母さんのスマートフォンに掛かってきた電話をちょっと代わってもらったら、いきなりリカちゃんに愚痴られてしまったという訳だ。


『……それに、「教職員は、明日から学校に来い」ったって、どうやって行きゃ良いのよ? ヒカリ行きのバスに並んで、何んとか乗れたとしても、駅からタクシー走ってるのかよ? 私の車にガソリン無いぞ。イルージョンの中、自転車で通うのかよ?』

「……?」

「あ、そうだ。そういや、嫌なこと思い出した。あの教頭の奴、私が「ガソリンが無い」って言ったら、「迎えに行こうか?」だってよ。あのセクハラ親父の教頭と一緒の車に乗るくらいなら、イルージョン浴びて死んだ方がマシだわ。ああもう、虫唾が走るぅ……』

「先生、何かストレス溜まってません?」

『ストレス? そりゃあ溜まりまくりだわよ。最初は、兄貴夫婦のマンションに転がり込んだんだけど、優しくしてくれたのは最初の二、三日だけで、すぐに居候扱いでしょう。仕方がないから友達の家に移ったんだけど、やっぱ、色々と気を使うんだよねえ。それに、計画停電のストレスもあるし、何か気まずくなっちゃってさ。「お前、いつまで居るんだよ?」って感じよ……』

「あ、あの、菜摘とかにも代わりますか?」

『鯨岡さんかあ。止めとく。あの子、ちょっと苦手なんだ。私と似てるとこあるっていうか……』


何故か僕は、リカちゃんに好かれているらしい。僕としては、有難迷惑なんだけど……。



★★★



今週末も、椿つばき叔母さんが彩人あやとくんを連れて、僕らのいる祖父母の家に来てくれた。その彩人くんは、緑川瑞希みどりかわみずきの顔を見るなり、いきなり胸にダイブ。「もう二度と離れない」といった感じでしがみ付いている。

そんな息子の姿を横目で見ながら、椿叔母さんが母さんに言った。


「親父から聞いたわよ。来週早々に、あっちへ戻るんだって?」

「始業式を、六日にやるみたいなの」

「そんなに急なんだ。てことは、明日にも帰らないとだね」

「まさか。前日の火曜まで、こっちに居るわよ」

「えっ? そんなんで、準備は大丈夫なの?」

「大丈夫も何も、逆に向こうでやる事なんて何も無いから。てか、何にもできないから……」

「そうなの? お姉ちゃん、なんか帰りたくないみたいだね?」

「そんなの当然じゃない。未だに水が出ないのよ、水が。お風呂に入れないし、洗濯だって出来ない。いったい、どうやって生活すりゃ良いのよ? もう、冗談じゃないわ!」

「あはは。まさか、水が出ない状態で、学校が始まる訳が……」

「出ないのっ! 地震で水道管がズタズタになってて、しかも、技術者の増員なんて期待できないから、そんなに簡単に復旧なんてする筈がないの。ああもう。トイレとか、どうすりゃ良いのよ」

「えっ、そこから? でも、親父は、『全部、俺が言った通りになっただろ』ってドヤ顔だったわよ」

「なーんにも知らないから、そういう事が言えるのよ。ああもう、ムカつく……」


だけど、いくら愚痴を言った所で、帰らない訳には行かない。いや、帰らない人だって大勢いるだろうけど、うちは父さんが、菜摘や瑞希の場合は両親がヒカリ市にいる訳だから、やっぱり帰らない訳にはいかないのだ。


案の定、菜摘も母さんと同様にブー垂れていた。


「もう、あおいさんが四月中は大丈夫だろうって言うから、期待してたのにぃ」

「まっ、楽しい時は長く続かないってことだよ。庭の桜だってそうだろ?」


僕が言うと、菜摘はますます不機嫌になる。それに実際、祖父母の家の庭にある桜は、いつもより早く散り始めていた。


「とにかく、五日には帰るわよ。みんな、そのつもりでいて頂戴」


そう言って母さんは、食糧と水を中心に、様々な物資の買い出しに駆け回るのだった。



★★★



椿叔母さんは、延々と続く母さんの愚痴に根気よく付き合ってくれた後、日曜日の夕方に彩人くんを連れて帰って行った。当然、彩人くんは瑞希の胸で、今生の別れとばかりに泣き喚いていたのだけど、結局、僕と菜摘が二人がかりで引き剝がし、椿叔母さんが運転する車のチャイルドシートに括り付けられて、ドナドナされて行った。


そうして、翌日の月曜日。もうこれでナコヤも最後だからと、祖父が僕らをナコヤ城に連れて行ってくれた。


その日は、朝から快晴で、気温もグングンと上昇。僕らは上着を乗って来たミニバンに置いて、薄着でお城へと向かう。

お城の見学もそれなりに興味深くはあったんだけど、お城の周囲は桜の名所でもあって、それはもう見事に咲き誇っていた。その割には、平日だけあって人手もそれほど多くはなく、僕らは散り掛かった桜並木の下を、のんびりと散歩する事ができた。


菜摘と愛奈が祖父の話し相手をしてくれていて、その後ろに祖母と母さんが歩いて行く。僕と瑞希は、一番後ろをゆっくりと付いて行った。

春の穏やかな陽射しが、桜の枝の切れ目から優しく僕らに降り注いで、そよ風が春の匂いを運んでくる。


桜吹雪が舞い散る中を、僕と瑞希は仲良く手を繋いで歩く。

隣には、瑞希の穏やかな笑顔。時折り彼女の柔らかい視線を感じて、その度に胸の奥の方がじんわりと温かくなる。

幾つかの桜の花弁はなびらが、そっと瑞希の黒くて柔らかな髪の毛に落ちた。すると、急に強い風が吹いて、花弁と彼女の髪の毛を舞い上げる。

白いワンピース姿の瑞希は、「キャッ」と可愛い声を出して、片手でスカートを押さえている。彼女の髪の毛の橋が僕の頬を優しく撫でて、ほんのりと柑橘系の香りがした。


ようやく風が収まって横に顔を向けた時、瑞希としっかり目が合った。僕の照れ隠しのぎこちない笑顔を、瑞希は満面の笑顔で迎えてくれる。

その笑顔は、小さい頃からの僕の宝物だ。僕は、その笑顔を決して失いたくないと心から思った。


この日、最後の平穏な時をしっかりと心に焼き付けようと、僕と瑞希は精一杯に楽しんだ。

だけど、そんな僕らの思いをあざ笑うかのように、僕ら二人の前途には、もはや逃れようのない暗雲が立ち込めていたのだった。




END042


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「始業式の日」です。次話から第八章「帰郷」になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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