041: 祖父母との溝
祖父母の家に来てから、時間が瞬く間に過ぎて行くように感じる。
僕らは、きちんと午前七時には起きて、祖父母と一緒に朝食を取った後、しばらくはテレビのニュースを見ながら談笑する。その間に鯨岡菜摘と緑川瑞希も手伝って洗い物を終え、その後は、そのまま食卓テーブルに勉強道具を広げて勉強会。愛奈には母さんが小学校の勉強を先取りで教えてあげている。
香澄叔母さんと萌香ちゃんは、その間、叔母さんの友達の家を訪れたり、外を散歩したり、別の部屋でのんびりしたりしているようだった。
新型発電所の事故に関しては、未だに全く収束の目途が立ってはいない。それどころか、次々と新たな問題が浮き彫りになるばかりで、緊迫した状況が続いている。それなのに、テレビのニュースで報道されるのは、ほんの一部のみ。今の市民の関心事は、計画停電がいつ終わるかというのと、風評被害の問題だ。たまに気紛れのように、全国に散らばったハッピーアイランド州の避難民の事が話題になったりするけど、すぐに別の報道に切り替わってしまう。
今はまだ春休みだけど、学校が始まったらどうなるのか? このままハッピーアイランドに戻れない場合は、避難した所で学校に通う事になるのか? その場合の手続きはどうなるのか?
そういった疑問を問い掛ける女子アナとかがいても、どのコメンテーターも明確な答えは持ち合わせていないようだ。そもそも、ハッピーアイランド州の人達におもねった報道自体が稀なのだから、ある意味、仕方がないのかもしれない。
その一方で、もっと北のノースイースト州で津波の被害に遭った人達の事は、頻繁に報道されており、ボランティアの活動とかが話題になっている。首都圏の企業とかが若手社員を募って、会社でバスをチャーターして団体で瓦礫の撤去とかに取り組んでいるらしい。
「希望者とか言ってるけど、あれって絶対に矯正だよね」
「まあ、普通は断れないわね」
「新型発電所に近い所はイルージョンの影響があったりするから、ある意味、命がけなんじゃない?」
「瓦礫からも、相当に高い濃度のイルージョンが検出されたりしてるみたいよ。まあ、報道はされないんだけどね」
「ふーん。偉い人達は、絶対に行かないんでしょう?」
「そりゃ、そうでしょう……。あ、それと、新入社員研修にしてる会社もあるみたいよ」
「女性社員とかも行かせちゃってる会社があるみたいだけど、大丈夫なのかしら」
「そんなの、大丈夫な訳ないじゃない」
母さんと香澄叔母さんがテレビの前で盛り上がっているのを、僕らは呆れ顔で見守っているのが朝の日課になりつつあった。そんな時、祖母は愛奈と萌香の相手をしていて、場合によってはダイニングから出て行ってしまう。だけど、テレビのニュース番組を見るのは、一時間以内。その後は、震災と発電所事故の事は忘れて勉強に集中するようにしていた。
尚、祖母によると、この辺の近所の若者達でボランティアに行く人の話も度々聞くそうだ。ボランティア休暇という制度を、新たに設けた会社もあるらしい。
そんな風に世間で脚光を浴びている復興ボランティアだけど、あいにくハッピーアイランドに行く人の話は聞かない。ハッピーアイランドは、人が行ってはいけない地域のようだ。
そんな時、母さんが朝の食卓テーブルで悩んでいた。心配した僕は、「父さんに何かあったの?」と訊いたんだけど、どうやら、そうではないらしい。
実は、最近まで母さんはガラケーしか持ってなかったんだけど、香澄叔母さんの勧めでスマートフォンに切り替えたんだ。それは、こっちでもパソコンを使えるようにする為でもあって、それで母さんは、アメリカにいた頃の知り合いと頻繁に連絡を取り合っていたんだけど、その日の朝、母さんは向こうの友達の一人からメールをもらったらしい。
「その子、米人なんだけど、アメリカの方が飛行機の予約が取り易いからって、代わりにとってくれるって言うの」
「つまり、葵お姉ちゃんに、『早くニホンから逃げろ!』って言ってるって事だよね?」
「そういう事。それで、どうしようか悩んでて……」
そりゃ、そうだろう。ナコヤには逃げて来られても、ニホンから逃げるってのは現実的じゃない。観光客じゃないんだから、ビザの問題だってあるし……。
その時、たまたま祖母もいて、それまでは例の調子で呆れた顔でいたんだけど、さすがにアメリカにまで逃げるってのは聞き流せなかったらしい。
「葵、お前、何を馬鹿な事、言ってるんだい。アメリカにまで逃げるだなんて、気が狂ったとしか……」
「お母さんっ!」
そこで声を上げたのは、香澄叔母さんだった。
「私も、今の段階でアメリカに行くってのは、現実的じゃないと思う。葵お姉ちゃんも同じ意見だと思うよ。でも、今回、私がニホンに来た時だって、近所の米人に散々言われたの。『どうしても、ニホンに帰らなきゃならないのか?』だとか、『ニホンにいる家族が大切なのは分かるけど、モエカは置いて行きなさいよ。私が面倒見てあげるから』だとか……」
「どういう事だい?」
「つまり、向こうの人達にとって、ニホンに帰るってのは死地に赴くのと同じ事なの」
「はあ……」
「まあ、お母さんに何を言っても信じてくれないとは思うけど……」
そうなのだ。祖父母はもちろん、椿叔母さんだって、そんな事は全く信じてくれない。もしも新型発電所が、もっと大きな爆発を起こしたら、ニホンが壊滅状態になるってのは海外での常識だ。でも、当事者のニホン人だけが、それを知らない。
それは、とても奇妙な現象だけど、裏を返せば、それだけニホン政府の情報統制が上手く行っているという事でもある。
そんな訳で、祖父母と僕らとの認識の差は、簡単には埋まりそうにないのだった。
★★★
「そんで、葵、いつから学校は始まるんだ?」
祖父が、母さんに聞いた。
「知らないわよ。まだ当分先だと思うけど」
「知らないじゃないだろ。ここら辺は、来週から始まるんだそ。準備もあるだろうし、早めに帰らんといかんだろ。隣の下の子は、確か今度小学校に上がるんじゃなかったんか? 大丈夫なのか? ちゃんと、確認しなくて良いのか? 向こうの親御さんとは、連絡取っとんのか?」
「ちゃんと、連絡は取っているわよ。でも、まだ学校が始められるような状況じゃないの。水道の水も出ないのに、いったい、どうやって学校が始められるのよ!」
「そうなら良いんだが、ちゃんと確認しろよ」
「確認しろったって、この家、インターネットも無いじゃないの。一応、香澄に言われてスマートフォンは買ったんだけど、お陰で結構な出費になっちゃったじゃない」
祖父と母さんの近くに香澄叔母さんもいて、母さん以上に呆れた顔をしている。まあでも、スマホを買ったのを祖父のせいにしたのだけは、僕もどうかと思う。最近の母さんは、一日中、スマホの小さな画面に釘付けだからだ。
祖父と母さんは、最近こんな風に対立することが多い。
祖父には、母さんが何をそんなに心配しているのかが理解できないようだ。ニュースを見ると、被災地の人達は皆一生懸命に復興の為の努力をしている。津波で大きな被害を受けた人達とは違い、娘一家の被害は大したことが無い筈だ。発電所の事故があったのは知っているが、政府は『健康に被害は無い』と繰り返し言っているではないか?
「あのね、お父さん。政府は、『健康に被害が無い』だなんて、一度も言ってないのよ」
「お前の耳は、節穴か? 何度も何度も言っとるだろうが」
「毎回、『直ぐには』とか『直ちに』とかの枕詞が必ず付くじゃない。それが、どの程度なのかさえ、政府は教えてくれない。そんな状況で、何で安心できるのよ?」
娘に反論されたからか、祖父は話の矛先を変えてきた。
「それと、子供の学校の事とは、別なんじゃないか?」
「だから、学校はまだ始まらないって言ってるじゃないの。それに、子供達には、いつだって学校に行けるように勉強はさせてるわよ」
そこで母さんは、少しだけ間を開けてから、思い切ったように先を続けた。
「お父さんね、私、学校が始まっても、子供達をもうヒカリ市には戻したくないの。ねえ、ここにずっと置いてもらえないかしら?」
「何だ、こっちの学校に通わせるということか?」
「そういう事だけど……」
「そんなもん、駄目に決まっとるだろうが。ハッピーアイランドに家があるのに、何で、こっちの学校に通わせんといかんのだ」
「だって、現実的にヒカリ市の人のほとんどが避難してるじゃない。特に子供は、ほとんど全員が避難してる筈よ」
「あのな。物資だったら、そのうちにだんだんと回復する筈だ。あと一週間もすれば、普通に食糧が手に入るようになる。今、政府はなあ、被災地の為に必死になって対応してくれとる。夜も寝ないで頑張っとる人達がたくさんおるんだ。本当に有難いことだ。お前、ニュースを見とらんのか?」
「あのね、お父さん。ヒカリ市は、未だに水道復旧の目途が立たないと言ってるのよ」
「そんなもん、そのうち中央から自衛隊とかの支援部隊が行くに決まっとるだろうが。この辺からも大勢のボランティアが、被災地に行っとるの知らんのか?」
「ボランティアなんか、誰も行ってないわよ。北の方の被災地には行ってても、発電所の事故があるハッピーアイランドには、誰も行ってないの。物流業者ですら、怖くて近付かないのよ。ボランティアなんて行く訳ないでしょうが」
「だから、政府は人体への影響が無いとはっきり言っとるだろうが……」
「さっきも言ったじゃない。政府は、『人体に影響が無い』とは、一言だって言ってないの」
「アホ言え、あれほど何度も……」
「だーかーらー、それは、『直ちに』でしょう? イルージョンはね、身体の中に吸収されると、じわじわと身体の細胞を蝕んで行くの。そんなに直ぐに影響が出るものでは無いの」
「お前は、何でそんなひねくれ者に育っちまったんだ。何で政府の言うことを素直に聞けない。そんなに身体に害があることを、政府が黙っている訳がないだろうが」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ、お父さん。水俣病だって薬害エイズの問題だって、いつも厚生労働省は嘘を付き続けてきたわ」
「馬鹿らしい。話にならん」
「父さんね、私には他人事じゃないの。子供を守れるのは結局、親しかいないの!」
そこで、祖父は香澄叔母さんの方にチラッと目をやった。だけど、また直ぐに目を逸らしてしまう。叔母もまた、祖父には理解できない事しか言わないからだ。
案の定、叔母の言葉は冷ややかだった。
「お父さん。葵お姉ちゃんの方が正しいわよ。私だって、今は母親なんだもの。自分の子を政府の生贄にしようだなんて、絶対に思わない」
「い、生贄って何だ?」
「あれ? 私は、前の戦争の時の事、そうやって学校で教えてもらったんだけど……。えーと、特攻隊だっけ?」
「……」
結局、祖父は黙って立ち上がって、部屋を出て行ってしまった。
★★★
母さんは、いつもぼやいていた。
「何で、お父さんは政府の言うことを鵜呑みにしちゃうんだろう?」
香澄叔母さんは、「年寄りってのは、そういうもんなんじゃないの?」と言う。
「でも、お父さんは、戦後の生まれなのよ」
「戦争を知らない世代って事でしょう?」
「香澄って、その辺の歴史、良く知ってるのね」
「アメリカに行く前に、習ったのよ。夫の会社で研修があったの」
「なるほど」
どうやら、叔母が前に言った、「ニホン人は自分の頭で考える事が苦手で、権威ある人の言葉を鵜呑みにしちゃう」というのも、その時の研修の時に学んだようだ。
ともあれ、家庭内でのこうした諍いは、何も祖父さんと母さんの二人に限った話では無いようだ。
政府や役人の言うことには無条件で従ってしまう年配者と、子供を取り巻く環境に敏感な子育て世代との間には、どうしても意識の上でギャップがある。それに、震災を直接に経験した人とそうでない人との間にも、目に見えない壁がある。
別にどちらが悪いという訳では無い。ただ言えることは、「災害は、家族の絆までも引き裂くことがある」という事だ。
END041R
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「春休みの終わり」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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