040: 風評被害
僕の母さんは長女気質という奴で、割と几帳面で真面目だ。でも、二人の叔母はというと、かなり奔放な性格だったりする。
昔から母さんは、僕の前で良く叔母達の悪口を言っていて、何となく僕は母さんと叔母達とは仲が悪いと思い込んでいたんだけど、違っていたようだ。実の所、母さんは相当に自分の妹達を可愛がっている。要は、ケンカするほど仲が良いっていう奴だ。
僕がそれに気付いたのは、叔母達の結婚式の時だった。母さんは、珍しく人前で泣きはらしていたのだ。そんな母さんを見たのは初めてだったから、僕は激しく動揺した。それで父さんに聞いたんだけど、「七つや九つも年の離れた妹が、可愛くない筈がないだろ」との事。
「樹が、隣の愛奈ちゃんの事を可愛がってるのと、同じようなもんなんじゃないか?」
鯨岡愛奈と僕との歳の差は、八つ。それを考えると、父さんの言った事も充分に納得できる。
今まで僕は一人っ子なのを嘆いていたけど、考えてみれば隣の鯨岡姉妹は、僕にとって兄弟のようなものだ。もっとも、菜摘とはケンカばっかりだけど、それとて兄弟としては普通の事なのかもしれない。
一方で、僕と叔母達との関係は、ちょっと微妙だ。昔の僕は彼女達が大好きだったんだけど、正直、最近は少し鬱陶しい。だって、未だに僕の事を子ども扱いするし、そのくせ、「好きな子はいないの?」とか、「やっぱ、ベッドの下にエッチな本とか隠してるんでしょう?」とか、やたらと僕をからかってくるからだ。
しかも、こないだの正月には、母さんが瑞希の事を椿叔母さんにバラしちゃったもんだから、僕は質問攻めにされで大変な目に遭ってしまった。
でも、あの時は椿叔母さんだけで本当に良かった。もし、あそこに香澄叔母さんまでいたと思うと、今でも身の毛がよだつ思いだ。
ちなみに、叔母達が結婚したのは五年半前で、僕が小学三年生の秋の事。叔母二人は、ほんの一ヶ月くらいの間に相次いで結婚式を挙げたんだ。その更に一年前、祖父母は今の大きな家を新築している。
祖父母は、叔母達のどっちかが婿を取ってくれるだろうと期待して二世帯住宅にしたんだけど、その直後に持ち上がった二人の結婚話で裏目に出てしまい、特に祖父は相当に落ち込んだみたい。
そして、そういう時の宥め役は長女の母さんの仕事と決まっている。だから、その時も母さんは遥々ハッピーアイランドから駆け付け、祖父と叔母達の間を取り持って結婚話を纏めたのだそうだ。
まあでも、そんな事があって気まずくなったからかどうか知らないが、香澄叔母さんは、結婚してすぐにアメリカへ行ってしまった。そのくせ、だいたい年二回くらいは帰って来て、その都度、祖父母の家に長居するんだから、実際に香澄叔母さんが何を考えているのかは謎である。
アメリカと言えば、僕らも二年間だけど居た事がある。だから、その点で母さんは香澄叔母さんと話が合う。だけど、椿叔母さんは英語オンチな事もあって、アメリカの話は嫌いらしい。それと今回会って僕が思ったのは、椿叔母さんが新型発電所の事故の話を避けている事。ていうか、未だに僕らの話が信じられないでいるようだ。
「樹くん。そこは仕方がないと思うわ。てか、椿お姉ちゃんの反応が普通なのよ。葵お姉ちゃんや樹くんはヒカリ市に居て、実際に自分の目で見たり感じたりしたから分かるんであって、このナコヤにいたら、危機感なんて持ちようが無いもの」
「でも、今までイルージョンは、あんだけ危険だって言われてたってのに……」
「ニホン人って、自分の頭で考える事が苦手なのよね。だから、権威のある人から言われた事は、そのまま鵜呑みにしちゃう。政府やマスコミが『大丈夫』って言ったら、過去の事ぜーんぶ忘れちゃって、安心しちゃうのよ……。本当は誰も『大丈夫』だなんて言ってないんだけど、そういう事すら、分からないのよねー」
「ふふっ、香澄も変わったじゃないの」
「仕方ないじゃない。海外に居ると今までの常識が通用しないから、どうしても自分の頭で考えるようになるのよね。葵お姉ちゃんだって、そうだったんじゃない?」
香澄叔母さんと母さんがそんな話をしていると、案の定、椿叔母さんが、「ふんだ。どうせ私は除け者なのよね」と言って膨れてしまう。
別に、その事が原因ではないのだが、日曜日、その椿叔母さんと彩人くんは、お昼前に「また来るわ」と言い残して帰って行った。
尚、その際、彩人くんが瑞希にガシッとしがみ付いて、「帰りたくなーい!」と泣き出してしまった。それを見かねた僕が、「男の子なんだから泣くな」と言って瑞希から引き離してやったのだが、後で香澄叔母さんに、「樹くんったら、さっき、彩人くんに嫉妬してたでしょう」と言われてしまった。
「そんな、四歳の子に嫉妬する訳ないじゃないですか」
「そっかなあ? 年齢は関係ないと思うんだけど」
「関係ありますよ。だって、僕、アラサーの香澄叔母さんには、もう何も感じなくなりましたもん……あ、アラフォーでしたっけ?」
「ひっどーい! てか、樹くんがイジメたー!」
相変わらず、実に鬱陶しい叔母である。
★★★
普段まず目にする事の無い「ヒカリ」ナンバーの車が、ここナコヤでも頻繁に見掛けるようになった。ヒカリ市以外からも、数多くのハッピーアイランド州民が自主避難しているようだけど、やはりヒカリ市民がずば抜けて多いらしい。三十五万ヒカリ市民の大半が避難しているとすれば、どこで出会ったとしてもそれ程不思議ではない。
そんなに大勢のヒカリ市民が避難しているのは、やはり物流の停滞による物資の不足が原因のようだ。政府は、州都のハッピー市やコオリ市、そして、その先のセンダ市に抜けるメインストリートの復興を優先した。その上、新型発電所の真南に位置するヒカリ市には、「発電所事故の影響を恐れて、物流業者が寄り付かない」といったハンディ-があった。
ヒカリ市は地震、津波、新型発電所事故と、震災被害の三連打を受けた。その為、震災当初は沿岸部の津波被害を中心に何かとテレビで報道されていた。ところがその後、ばったりと報道が途絶えてしまった。その理由は、報道関係者までもがヒカリ市から避難してしまった為らしい。
そのヒカリ市の様子が、今週から再びテレビ画面に現れるようになった。「ゴーストタウン」、それがヒカリ市が報道される際の新しい決まり文句だ。
今のヒカリ市は、駅前の繁華街ですら閑散としていると言う。人がいるのはスーパーの仮設店舗、銀行、給水車、スタンドと一部の避難所くらい。この街に残っているのは、企業の管理職と役所関係者、自衛隊、報道機関、そして、首都電力関係者。それらの大半が成人男性で、逃げられる人は、ほぼ全員が出払ってしまった街。それが、「ゴーストタウン・ヒカリ」と言う訳だ。
それと合わせて、今週から、「風評被害」という言葉がマスコミで頻繁に語られるようになった。
最初その言葉は、イルージョンの恐怖で物流業者に物資の搬送を拒否されたりする、ヒカリ市のようなケースに対して使われた。ところが、その後すぐに、生産農家や漁業関係者、観光業者が口にする言葉になった。
事の発端は、首都圏のはずれで取れたホウレンソウに、国の暫定基準値を超えたイルージョンが含まれていたことによる。当然、そのホウレンソウは出荷禁止になる。すると、同じ地域で取れた他の野菜や、別の地域で取れたホウレンソウもまた、消費者が買わなくなる。
当たり前だ。ほんの少しでも安全性に不安のある食材は、誰だって買いたくないに決まってる。ましてや今回の新型発電所事故の発生以来、ニホン政府の発表内容には、常に嘘っぽいイメージが付き纏っている。
ホウレンソウを買わない消費者だって、何も農家の人に意地悪をしたい訳じゃない。心配だから買わないのだ。
僕は、アメリカにいる時に起きた狂牛病騒動の事を思い出した。
「あの時、『ニホン人は怖がり過ぎ』だって、近所のアメリカ人に笑われてたじゃない。うちはアメリカの牛肉を普通に食べてたけど、ニホン政府は『全頭検査しないと買わない』とか言ってたんだよね。政府は、狂牛病と今回のイルージョンとの、どっちが怖いと思っているんだろう?」
僕の問いかけには、即座に菜摘が答えをくれた。
「そんなの、イルージョンの方が怖いに決まってるじゃん」
当然だ。だけど、どう見たって政府は、狂牛病の方を恐れているとしか思えない。
とにかく、最近のニホン政府の対応は、僕らにとって理解に苦しむものばかりだ。
今回の新型発電所事故で、食品や水に含まれるイルージョンの基準値が暫定的に引き上げられた。政府の説明では「従来の基準値が低すぎた」のであって、「今回の暫定基準値であっても、人体への影響はほぼ無い」との事だが、その引き上げ幅がとにかく異常なのだ。だったら、「今までの基準値は何だったのか?」と思えてしまう。
いくら非常時だからって、何十倍にも引き上げられた数値を、すんなりと受け入れられる訳がないじゃないか。中国製の野菜なんて、ついこないだまで基準値の「たった二倍」の化学物質が確認されただけでも、大騒ぎだったというのに……。
「水だって同じよね。政府は、水道水の騒ぎを抑え込もうと必死だわ。でも緊急事態だからって、以前の基準値を一気に三十倍に引き上げといて、それで基準値内に収まったとしたって、いったい誰が安心するわけ?」
母さんの言う通りなのだ。
だから、ニホンを渡航禁止にする国が出てくる訳だ。それに、ニホン製の作物の輸入を規制する動きが出るのも、当たり前だと思う。
そもそも、こんな風に危険が溢れてる国なんかに観光で来る人なんて、いる訳がないじゃないか! どうして、そんな当たり前の事が分からずに「風評被害」だなんて言うんだろう?
そこで、僕らの話を聞いていた香澄叔母さんが、口を挟んできた。
「葵お姉ちゃん、昨日、首都圏の女性の母乳からイルージョンが検出されたんだって。ハッピーアイランドじゃ、子供の尿からも出てるらしいわよ。相変わらず政府は、『人体に影響が出るレベルではありません』とか言ってるみたいだけど、だいたい、そんな物が身体から出ること自体、おかしいとは思わないのかしらね。アメリカの放送局は、ますます『ニホン人はクレイジーだ!』って騒いでるんだけど、私も同意見だわ」
「そうね。なんか、とんでもないニュースばかりで、感覚がマヒしちゃってるのかしら」
「皆、他人事だと思ってるだけなんだと思うわ。だって、ニホンで騒いでるのは、首都圏の一部の人達だけなんだもの」
「あれ、ハッピーアイランドの人じゃないの?」
質問したのは、菜摘だった。
「これは私の想像だけど、まだハッピーアイランドに残ってる人達は、怖くて現実から目を背けてるんだと思う」
そこで、今度は瑞希が声を上げた。
「うーん、お父さんとお母さんが心配」
「そうよねえ。瑞希ちゃん達も、ご家族の事が心配よねえ……」
そう言う母さんだって、父さんの事が心配な筈なのだ。
そして、その母さんの目の先には、急にぐずり出した萌香ちゃんをあやす愛奈の姿があって、香澄叔母さんが、「あら、オムツが濡れちゃったんじゃないかしらねえ」と言いながら、確認の為に近寄って行く……。
とまあ、僕らはテレビの前とかで色々と憤ってみたり心配したりしてる訳だけど、そういうのは一般の人達から見れば奇異に映るらしい。そういう話を僕らがすると、時々やって来る近所のオバサンとかが変な顔をするからだ。
そして、そんな客人達を祖母さんが適当な言葉で言い繕う訳だが、そこに母さんとか説明を加えようとしたりすると、祖母さんは露骨に嫌な顔をする。それが祖父の場合だと、もっとストレートに「お前は、黙っとれ」と言って、口喧嘩になったりもするのだが、それが僕らと祖父母との間の本格的な軋轢に発展するのは、もう少しだけ先のことだ。
取り敢えず今の僕は、幼馴染の女の子達との穏やかな避難生活を楽しんでいたのだった。
END040
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「祖父母との溝」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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