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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第一章:前兆(三月十一日AM)
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004:幼馴染五人組


鯨岡菜摘くじらおかなつみは、僕の一番の幼馴染であり、正直、天敵でもある女の子だ。生まれてから、こいつには数えきれないくらいに苦汁を飲まされてきた。そして、ようやく体力面で太刀打ちできるようになった今でさえ、やっぱり、あの手この手で僕を打ち負かそうと迫って来る抜け目のない奴でもある。

ともあれ、たった今、僕らの目の前に無残な姿を晒しているミモザの木に最も多く登っていたのは、間違いなく菜摘だ。確かに僕も登ったし、僕の親友の金森翔太かなもりしょうただってそうだ。それどころか、うちに来る近所の子で、ミモザの木に登った事の無い子なんていない筈。それでも、菜摘とミモザの木との結びつきは、やっぱり誰よりも強固だと思うんだ。


小学校低学年の頃、菜摘はこの木の上を自分の住みのようにしていた。

その頃の菜摘は、ミモザに棲み付く意地悪な魔物のような存在だった。なのに、ある時、突然に菜摘が、「アタシ、ミモザの妖精よ!」などと言い出した。

彼女はその言葉が随分とお気に入りになったようで、僕にまで「妖精さん」と呼ぶ事を強要した。つい「菜摘ちゃん」と呼んだりすると、木の上から蹴りが飛んで来る。それに、いつも菜摘はスカートのまま木に登るもんだから、見上げると必ず白いパンツが見えてしまう。僕だって別に見たくて見る訳じゃないのに、「エッチ!」と叫んで、更に激怒してしまう。


そもそも菜摘は、実に良く怒る子だ。同じ女の子だというのに、いつも物静かな緑川瑞希みどりかわみずきとは対象的な存在で、菜摘の場合、怒った顔がデフォルトの女の子なのだ。

そんな菜摘も中学に入ると、あまりミモザの木に登らなくなった。ていうか、少なくとも白いパンツは、僕に見せなくなった。放課後はスカートじゃなくて、学校指定のジャージとか短パンでいるようになったからだ。

菜摘の母親の朱美あけみさんは、菜摘が小学生の頃、お転婆な娘に努めてスカートを履かせていた節がある。それは、きっと菜摘が少しでも女の子らしく育つのを期待しての事だったんだろう。

となると、とうとう朱美さんも、菜摘に女らしさを求めるのを諦めてしまったんだろうか?


普通、思春期になれば女らしくなる筈なのに、菜摘に限って、そんな事は有り得ない。彼女は小学四年生になると、小学生の野球チームに入り、しかも、ポジションはピッチャーで四番バッター。残念ながら、センターヒルズ南中学校には女子野球部なんて無いので、今は、ソフトボール部のエースとして活躍中だ。



★★★



「あんた達、まだ、それ見てんの?」


気が付くと、その鯨岡菜摘が僕と瑞希の後ろに立っていた。顔にニタニタと謎の笑いを浮かべているのが不気味だ。


「お前、また来たのかよ。それに何だ、その恰好? さっきと変わってないじゃないかよ」


その菜摘は、未だにパジャマ姿のままだった。瑞希より更に短いショートヘアが、ボサボサで寝癖だらけなのも、さっきと全く同じ。だけど、それよりヤバいのは、パジャマの方だ。

それなのに菜摘って奴は……。


「さっきとは、違うもん。あれからご飯食べて、歯磨いて、おトイレにも行ったんだよ。着替えれば、すぐに学校へ行けるようにしてあるんだかんね」

「その恰好でか?」

「だから、着替えればって言ったじゃん」


そうは言われても、今の菜摘は上着の裾の半分がだらしなく外に出ており、よれよれのズボンは今にもずり落ちそう。それに胸元のボタンは二つ目まで外れていて、最近は成長が著しい胸の膨らみの半分を大胆にもご披露させてしまっている。

僕は、その胸元に目をやって、思わず唾を飲み込んた。


「ううっ、寒い!」


菜摘は、そんな僕の危ない視線とは関係なしに、身体からだをブルッと震わせた。当然、一緒に胸もブルッと揺れる。


「菜摘ったら、そんな格好じゃ風邪を引いちゃうでしょうが。早く着替えなよ。学校に遅れちゃうぞ!」


僕らの背後から、しっとりと落ち着いた女子の声がした。咄嗟に振り返ると、そこには僕らのクラスの学級委員長、青木麻衣あおきまいがいた。

ロングヘアで長身の麻衣は、五人の幼馴染の中で一番に大人びて見える。切れ長の目、高めで形の良い鼻、胸は今の菜摘の方があるかもしれないけど、それ以外は麻衣の方が断然に上だ。どんなに贔屓目に見たって、麻衣はアイドル並みの美少女だと思う。

最近になって急に足が伸びたせいで、スカート丈が短いのが、また良い。モデルのように細身で長身、バランスの取れたボディーは、恐らく母親譲りなんだろう。今でも看護師をしている彼女の母親は、近所でも評判の美人だからだ。


でも、青木麻衣の凄さは外見だけじゃない。麻衣の家は医者という事もあって、お金持ちだし、麻衣自身も親に似てなのか成績抜群。実力テストの結果とかは、全国レベルだとも聞く。それに運動神経も良くて、運動会では、一年生の時からリレーとかの花型選手だ。


「麻衣、早く行こうぜ」


気が付くと、麻衣の後ろにもう一人、僕の親友の金森翔太かなもりしょうたが立っていた。


「あれっ、翔太。来てたんだ」

「麻衣ったら、何言ってんだよ。ここまで俺と一緒だったじゃねえか」

「そうだったかしら?」


そう言って麻衣は、軽く首を傾げている。麻衣らしい無意識の仕草だ。

翔太の家と麻衣の家は近所にあって、こうして何となく一緒に学校へ行く事が多いようだ。実は、麻衣の唯一の欠点が「朝が弱い」という事で、こう見えても優しい翔太は、麻衣を気遣って学校に連れて来てやっているという訳だ。


二人は単なる幼馴染なのだが、学校では金森翔太が青木麻衣の彼氏ということになっている。才色兼備な麻衣と比べれば、翔太の方が見劣りしてしまうけど、見た目だったら割とお似合いのカップルなのだ。麻衣と釣り合うくらいだから、翔太も長身でスリムな体型をしている。欠点は、顔付きが多少アッサリし過ぎていること。決して不細工ではないんだけど、麻衣の隣にいる男子としては、少し物足りなく感じてしまう。

小学生の時は、彼も菜摘と同じ野球チームに入っていたけど、中学の部活はサッカー部。理由は、野球部というと「坊主」といったイメージがあって嫌だったからだとか。そのサッカー部ではフォワードを務めてはいるけど、あまり熱心な部員では無い。もっとも、うちのサッカー部自体が弱小なのて、仕方がないっていう部分もある。

ちなみに、僕も部活はサッカー部で、翔太は同じチームメイト。その僕も彼と同じで、サッカーは、そこそこ楽しくやれればいいと思っている。


それから、翔太の成績はと言うと、僕と同じくらいだろうか。つまり、そこそこ良くはあるんだけど、麻衣には歯が立たないって訳だ。

そんな翔太なのに、麻衣に対しては何故かいつも強気に振舞おうとする。まるで「俺が麻衣を守ってやってるんだ」とでも言わんばかりの態度なのが、僕にはちょっと無理しているように思えて仕方がない。


ともあれ、緑川瑞希、鯨岡菜摘、青木麻衣という女子三人に、親友の金森翔太と僕とを加えたのが、幼稚園の時から一緒にいる僕の大事な幼馴染五人組という訳だ。



★★★



「お前さあ、今日は特に寝ぼけてねえか? さっきも、何かふらふら歩いてて、見てて危なかったぞ」


翔太の言葉に、麻衣は相変わらず「あらそう?」と、そっけなく呟いた。今の彼女は目が虚ろで、明らかに危なっかしい。

才色兼備な麻衣だけど、唯一の弱点が低血圧症で朝に弱い事。彼女の場合、そういう体質なのだから仕方がない。


「ねえ、あんた達、これ見て何も思わないの?」


翔太と麻衣のカップルに、菜摘が割って入ってきた。


「ミモザの木だろ。昨夜の嵐で折れたんじゃね?」

「そうね、凄い嵐だったものね」


その麻衣が、ミモザの木に近付き掛けた時だった。


「は、は、はっくしゅん!」


突然、菜摘が盛大なくしゃみをした。


「だからあ、早く着替えてらっしゃいって言ったでしょうがっ!」

「もう、分かったわよ。ちゃんと待っててよね、麻衣」


渋々ながらも菜摘が自分の家の方に引き上げると、改めて麻衣は、悲惨な姿を晒しているミモザの木を眺めて言った。


「でも残念ね。何か、『私達の子供時代が終わっちゃったな』って感じかしら」

「麻衣さあ、それって、ちょっと大げさ過ぎないか?」


翔太が言うと、直ちに麻衣も言い返す。


「別に、良いじゃない。少しぐらい思い出に浸らせてよ。私達、この木の回りで、どれだけの幼い頃の時間を過ごしたと思う? ねえ、いつきくん?」

「ま、まあ、そうだね」


いきなり自分にられて、僕は少し焦りながら答えた。

すると、ハッキリと麻衣が「そうよ」と頷いてみせる。


「樹、もう時間よ」と母さんの声がして、勝手口から僕の鞄を手渡してくれた。慌てて僕がそれを受け取ると、翔太が声を上げた。


「じゃあ、行こうか!」


その言葉で僕ら二組のカップルは、ぞろぞろと僕んの庭から道路へと出て行く。

学校へ向かって歩き出すと、自然と翔太は麻衣の隣に並んで何やら話し始めた。僕の隣には、両手に鞄と手提げ袋を重そうに抱えた瑞希がいる。僕は、すぐ目の前を行く翔太と麻衣の後ろ姿を見ながら、幼かった過去へと思いを馳せた。


ミモザの木の周りで鬼ごっこに興じていた頃、翔太と麻衣、瑞希と僕のペアは既に出来上がっていた。もちろん男の子どうし、女の子どうしの話や遊びもあったけど、気が付くと、それぞれがカップルでいて、それが僕には居心地が良かったんだ。


そして、もう一人、そんな僕らの周りを飛び跳ねている元気な奴がいたような……。


「あれっ、何か忘れてないかな?」


突然、麻衣が振り返って首を傾げている。


「おーい!」


後方から、聴き慣れた女子の呼び声がする。


「あんだけ、待っててって言ったのにぃ。もう、意地悪っ!」


うわあ。菜摘が、鬼のような形相で追い駆けて来る!


「やっべえ、鬼が来たあ。逃げろ-っ!」と翔太が叫んで、菜摘を含めた五人が、一斉に学校へと駆けて行った。




END004


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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