039:叔母達の来訪(2)
「いやあ、あんなに混んどるとは思わんかったわ」
ダイニングに現れるなり、祖父は、両手にぶら下げた大きなレジ袋二つを食卓テーブルの中央にドンと置いた。その中には、十人分のお寿司が入っている。近くの回転寿司の店で、お持ち帰りにしてもらった物だ。お寿司は叔母の香澄のリクエストで、祖父が調達しに行ってくれたものの、混雑する時間帯だった為に時間が掛かってしまったらしい。
「あそこは、予約が利かんであかんのだわ」
「あら、ネットでの予約は可能だと思うわよ。私、こないだ予約したもの」
「あのね、椿お姉ちゃん。年寄りがネットなんて使える筈がないでしょう?」
「こら、香澄。俺だって会社にいた時は、パソコンくらい浸かっとったわ」
「だって、お父さん、未だに人差し指だけでキーボードを打ってるじゃない」
「しょうがないだろ。年取ってから、キーボードなんて覚えられんわ」
「はいはい。私、お父さんみたいな人、会社に入ったばっかりの頃に見た事あるわよ」
「ふーん、私が会社にいた頃は、偉そうなオヤジに手書きの原稿を渡されて、良く清書させられてたわ」
「葵お姉ちゃん、それって、九十年代の話でしょう?」
「そんだけ当時は、のんびりと仕事してたって事よね」
「うん、残業はあったんだけど、当時はメールの対応で振り回されるような事は無かったわね」
「ふーん。私には想像できないんだけど、パソコンが職場に導入されて、仕事のやり方がガラッと変わったって話は良く聞くわね」
「俺は、パソコンは嫌いだ」
「お父さん、パソコン、使えないもんね」
「バカ言え。昼休みとかに、しょっちゅうゲームしとったわ」
「だから、そういうのは、使えるって言わないのよ……。あ、樹、そろそろ皆を呼んで来てくれる?」
大人達の話をテキトーに聞き流していた僕は、母さんに「分かった」と返事して、鯨岡菜摘や緑川瑞希達を呼びに、座敷の方へ向かって行った。
★★★
叔母さん達が来た事で、何だか男女比がますます女に傾いた気がする。今ここには十一人いて、男は祖父と彩人と僕だけだ。まあ、彩人くんは幼児の括りだから、実質的には祖父と僕だけなんだけど……。
「ああ、お寿司がお腹いっぱい食べられるってのは、サイコーだわ」
「バイキングなら、向こうでも、お腹いっぱい食べられるんじゃないの?」
「バッフェの事? 全然、美味しくない何とかロールしか無いわよ」
「あら、カルフォルニアロールとか、私は好きよ」
「チーズとアボカドが許せるかどうかだよね。僕は好きだけど」
「ふーん。子供は、やっぱり適応力があるって事ね」
「香澄叔母さん、僕、もう子供じゃないんだけど」
「まだ、中学生じゃない。それに、香澄さんって言ってよね」
「はいはい。叔母さん」
「むぅ。葵お姉ちゃん、樹くんがイジメるぅ」
香澄を中心に三姉妹が騒いでいるのを、祖母が窘めた。決して、僕の事ではない。
今日のメニューは、お寿司を中心に、手羽先と各種のサラダ。手羽先は椿叔母さんの手土産で、サラダだけが母さん達のお手製だ。
「もう、あんた達、うるさいよ。ほら、菜摘ちゃん達もいっぱいお食べ」
「ありがとう。あ、この手羽先、美味しい」
「そうよねえ。これ、ビールに最高なのよねえ」
そう言う椿叔母さんの手にあるのは、辛い方。一応、僕らの為に辛くないのもある。
「アメリカにもバッファローウィングってのがあるんだけど、酸っぱい味なのよねえ」
「ふふっ、あればあれで美味しいじゃないの」
「そうかしら。まあ、ビールに合うのは同じなんだけど……」
「もう、葵お姉っちゃんったら、香澄とアメリカの話で盛り上がらないでくれる。それより、震災の話をしてよ」
「こらっ、椿っ!」「あんたねえ」
祖母と母さんが、椿叔母さんの能天気な発言を同時に窘めた。すると香澄叔母さんが、さっきまでとは一変して落ち着いた声音で言った。
「まあ、椿お姉ちゃんが空気読めないのは前からだけど、ある意味、それがこっちでの常識なのかもね。要は、そんだけニホンでの報道が変だって事よ」
「香澄、何が言いたいわけ?」
「香澄まで、政府やマスコミが何か隠してるとか言うんじゃないでしょうね」
椿叔母さんと祖母が相次いで声を上げる。既にあらかた食べ終えた祖父が、静かに席を立った。祖父は、これまでに母さんから震災の話を延々と聞かされていて、もう飽き飽きといった感じなんだろう。
「……アメリカでの報道も、ちょっと行き過ぎだとは思うんだけど、ニホンに人が住めなくなるのは確定って感じなの。当然ながら向こうの関心事は、アメリカの国土への影響がどんだけあるかって事よ」
「それ、本当なの?」
「本当よ。椿お姉ちゃんの所、衛星放送でCNNとか見られるんじゃなかったっけ?」
「私が英語オンチなの、香澄だって知ってるでしょう?」
「字幕だってあるんだから、ちょっとは見てみなよ……。とにかく、こっちに来て私が感じたのは、あまりにも新型発電所事故に無関心って事なの」
「無関心じゃないわよ。未だにテレビは、震災と発電所事故の報道が続いてるじゃない」
「それはそうなんだけど……、葵お姉ちゃん、そろそろ話を変わってよ。あ、樹くんでも良いわよ」
「……はあ」
母さんが盛大な溜め息を吐いた。椿叔母さんの顔に、ますます困惑の表情が浮かぶ。いつの間にか菜摘と瑞希も、こっちに真剣な顔を向けている。
祖母は、退屈し出した幼児三人の相手をしてくれていた。
★★★
母さんと僕は、大地震が起こってからの事を、かいつまんで説明して行った。できるだけ淡々と話すように心掛けてはいたけど、どうしても所々で強い感情が漏れ出てしまう。更に、菜摘も時々口を挟んできたりして、話は思いの外に長くなってしまった。
途中で、祖母がデザートのケーキを出してくれて、それを食べ終えると祖母と幼児三人は座敷の方へ行ってしまった。
僕らが一通り話し終えると、椿叔母さんが素直に「ごめんなさい」と謝ってくれた。
「私、そんなに深刻な事になってるだなんて思ってなかったの」
「まあ、一番大変なのは、物流が滞っている事ね。水と食料が来ないと、どうしようもならないわ」
そこで瑞希が声を上げた。
「いや、救援物資とかは来てるんです。ただ、ガソリンが無いから配りようがなくて」
「それで、皆、こっちに来ちゃったって訳ね」
「皆じゃないわよ。この子達の両親とか弘道さんは、まだヒカリ市にいるの。まあ、七割以上の人は避難しちゃったみたいなんだけど」
「そうなのね」
「弘道」というのは、僕の当sんの名前だ。
その時、ダイニングの引き戸がガラガラと開いて、祖母が入って来た。
その祖母の「そろそろ子供達、お風呂に入れてやった方が良いんじゃないかい?」という声を受けて、急に話題がお風呂の事になる。
確かに今日は人が多いから、どんどんと入らないと後の方の人は夜遅くなっちゃう。既に祖父が一番風呂に入っているそうだ。
「アメリカだと、ベッドルームにはたいていバスとトイレが付いてるから楽なのよね。ニホンは本当に不便だわ」
そんな香澄叔母さんの言葉に、椿叔母さんがあからさまにイラっとした感じだったけど、母さんが「まあまあ」と取りなして、入浴の順番を決めて行く。それが一通り決まった所に、愛奈が萌香ちゃんと一緒にやって来て言った。
「愛奈、萌香ちゃんと一緒にお風呂に入るぅ」
そこに祖母から、「お祖父さんが風呂から上がったから、香澄、早く入りなさい」と声が掛かった。
「じゃあ、萌香の事は愛奈ちゃんに頼もうかしら」
「でも、愛奈ちゃんと二人だと、ちょっと心配じゃない」
「葵姉さんの言うのももっともね」
「あ、アタシが一緒に入ります」
菜摘が申し出てくれた事で、ちょっと窮屈ではあるけど、愛奈と萌香の入浴を任せる流れになった。
すると、そこに彩人が瑞希の手を引いてやって来た。
「ボク、お姉ちゃんと一緒が良い~」
どうやら、彩人は瑞希と一緒にお風呂に入りたいという事らしい。
「ふふっ、瑞希ちゃんは男の子にモテるのねえ」
「じゃあ、ちょうど良いから、お願いしようかしら」
椿叔母さんが了承した事で、瑞希と彩人は菜摘達の次に入る事になったのだが……。
「だったら、樹くんは、久しぶりに私と一緒に入ろっか?」
「あらあら、樹くんだって、モテるじゃないの」
「あの、人妻に言われても嬉しくないです……、てか、香澄叔母さんも椿叔母さんも、からかわないで下さい」
「そう言う樹くんだって、本当は彩人が羨ましいんでしょう?」
「あ、いや、そんな事は……」
「あはは。そんなの当然だよねー。彼女ちゃんなんだから」
「樹くんも、いつの間にか男の子になっちゃったのよねー。お姉さん、淋しいわあ」
「あのー、僕は前々から男なんですけど」
そうやって僕が弄られているのを、少し離れて所で彩人と手を繋いだ瑞希が、じーっと見ていたのだった。
★★★
やがて、瑞希と彩人が風呂から上がった気配を察した椿が、急いで脱衣所に入って行った。その後、彩人は椿に連れられて、布団を敷いてある奥の座敷へと向かったようだった。
僕が母さんに促されて脱衣所に入ると、パジャマ姿の瑞希が髪の毛を乾かしていた。
「あ、樹くん、すぐに場所を開けるね」
「別に、ゆっくりでも良いよ」
「そう。ごめんね」
瑞希に謝られたものの、僕は瑞希と一緒にいられて嬉しかった。
「彩人は、どうだった? 大変じゃなかった?」
「彩人くん、良い子だったよ。頭も洗ってあげたんだけど、ちゃんと大人しくしてた」
それから瑞希は、一泊置いてから、僕の方に向き直って言った。
「あのね、樹くん。彩人くんって、私達が最初に出会った頃の樹くんとそっくりなの。私、あの頃に樹くんと一緒にお風呂に入ったの、思い出しちゃった」
そう言って、少し恥じらいがちに笑う瑞希の顔を、僕は複雑な気分で眺めたのだった。
END039
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「風評被害」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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