038:叔母達の来訪(1)
僕の母さんは三人姉妹の長女で、妹達とは七つと九つも年が離れている。と言っても、母さんは四十三歳だから、下の叔母さんでも三十四歳。十三歳の僕からすれば、紛れもないオバサンではあるんだけど……。
そんな叔母さん達二人は、昔から僕を猫かわいがりする人達である。毎年、母さんの姉妹達は、お盆の前後とお正月にナコヤの祖父母の家に集まるのを習慣にしていて、僕が小さい頃なんか、叔母達二人が競うようにして僕を可愛がってくれた。それに僕も幼稚園の頃までは叔母達を慕っていたんだけど、さすがに小学生にもなると鬱陶しくなってくる。
そんな二人の叔母が相次いで結婚したのは、僕が小学三年生の春の事だった。
上の叔母の名前は、中馬椿。百六十センチそこそこの母さんと違い、女性にしては長身でスレンダー。学生時代は、バスケ部で活躍した体育会系女子だったらしい。今は、ご主人が経営している住宅リフォームの会社で、インテリアデザイナーとして働くキャリアウーマンだ。
椿叔母さんには、四歳になる息子の彩人くんがいる。母さんも叔母さん達も僕そっくりだって言うんだけど、もちろん、僕には良く分からない。だけど、人見知りで大人しい所は、僕も似ていると思う。
椿叔母さんはナコヤに住んでいるので、祖父母の家に行けば必ず会えるのだが、もう一人の下の叔母さんとは、最近はずっと会っていない。僕がアメリカから帰って来ると、入れ違いのようにしてアメリカへ行ってしまったからだ。
その叔母さんの名前は、平松香澄。ご主人は自動車会社勤務のエリート会社員だ。現在、アメリカのデトロイトに赴任して三年目。僕が会ったのは結婚式の時と、その後のお盆の二回だけだから、あんまり印象は無いんだけど、背が高くてカッコ良い人だというのは覚えている。
一方、香澄叔母さんの方は、母さんと同じくらいの背丈しかない。だけど、顔付きは少しきつい印象の母さんとは対照的で、やや垂れ目がちの可愛らしい感じの人だ。
この香澄叔母さんには、アメリカのデトロイトで生まれた女の子がいる。名前は萌香ちゃん。確か今は二歳の筈だ。
僕は、この萌香ちゃんとは、まだ会った事が無い。
実は、つい最近まで僕と母さんは、この春休みにアメリカに行く計画を立てていたんだ。目的地はニューヨークとデトロイト。ニューヨークは、僕らが小学四年生からの二年間、滞在していた所。そしてデトロイトは、その萌香ちゃんに会いに行く為だった。だけど、逆に香澄叔母さんと萌香ちゃんが一時帰国する話になって、僕らの訪米を取りやめた経緯がある。
そんな訳で、椿叔母さんと彩人くん、香澄叔母さんと萌香ちゃんの四人が祖父母の家にいる僕らに会いに来てくれたのは、僕の父さんが訪問した次の週末の事だった。
先に来たのは香澄叔母さんと萌香ちゃんで、僕と母さんが中部国際空港に迎えに行った。そして、その日の午後に椿叔母さんと彩人くんが合流したという訳だ。椿叔母さんは、その日、仕事を早めに切り上げて駆けつけてくれたらしい。ご主人の方は、週末も含めて出張で不在との事。まあ、椿叔母さんの一家だったら家がナコヤなんだから、いつだって会える。
★★★
僕と一緒に避難している女子三人は、萌香ちゃんがやって来た時点で、幼女の可愛らしさにメロメロだった。
いつも妹の愛奈に対しては厳しいというか意地悪な態度を取っている鯨岡菜摘でさえ、何故か萌香ちゃんには甘々なのが不思議だ。そうなると愛奈が拗ねちゃいそうだが、その愛奈もまた萌香ちゃんの世話を焼きたがる。どうやら彼女は、自分が「お姉ちゃん」の立場になるのに憧れていたらしい。
それと、本来は人見知りの激しい筈の緑川瑞希までもが鯨岡姉妹と一緒にはしゃいでいるのが、僕には凄く不思議に思えた。僕と瑞希とは長い付き合いになるけど、こんなに彼女が子供好きだなんて全く知らなかった。でも、そんな風に幼女と戯れている瑞希もまた、僕にとっては最高のご褒美だったりする。僕は、彼女の意外な側面が見られて凄く満足だった。だけど……。
「まあ、あの子が樹くんの彼女ちゃんなのねー。ふーん、可愛い子じゃないの。さっすが、私の甥っ子だけあるわ。ねえ、葵お姉ちゃんも、そう思わない?」
「それ、どういう意味よ」
「つまり、小さい頃から私のような美女が身近にいた事が、樹くんの女性管に大きく影響してると思うのよねえ。小さい時の樹くんって、いつも『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って言いながら、私の事、追い掛けてたんだもの」
「何を言ってんの。あんたは、『叔母さん』でしょうが」
「ひっどーい! あ、そうだ。私の事、昔みたいに『お姉ちゃん』って呼ばせなきゃだね。おーい、樹くーん!」
「聞こえてますよ、香澄叔母さん」
「お、叔母さんですってえ!」
「あんた、もうアラフォーなんだから、そういうのは諦めなさい」
「あのね、葵お姉ちゃん。まだ私は三十四でアラサーなの。来月で四十四になるお姉ちゃんと一緒なわきゃないでしょうがっ!」
ちなみに、萌香ちゃんを含めた女子四人は二間続きの広い座敷の真ん中にいて、香澄叔母さんと母さんと僕は、隅に置かれた石油ファンヒーターの前にいる。このポジショニングを見ただけで、明らかな年齢差が分かろうというものだ。
もちろん、僕が年寄り側にいるのは、叔母さんに呼ばれたからなんだけど……。
★★★
「まあまあ、賑やかだこと」
「あ、椿叔母さん、いらっしゃーい」
「あらまあ、樹くんじゃないの。なんか、また背が伸びたんじゃない?」
「正月に来た時からは、あんまり変わってませんよ」
「そうかしら……あ、こらっ、彩人ったら、挨拶もしないで……」
僕が玄関で椿叔母さんと立ち話をしていると、僕の脇を小さな男の子が素早く駆け抜けて行った。もちろん、彩人だ。
彼のお目当ては自分よりも小さい萌香ちゃんだったようだが、その前に愛奈が素早く捕獲。この年代の二年差は絶対のようで、彩人くんは全く抗えない様子。「お前、誰だあ!」と騒いでいる。
「愛奈だよ。ボクは何て名前かなあ?」
「ぼ、ボクは、彩人だけど……」
「彩人くんかあ。かっわいい」
「ぼ、ボクは、カッコ良いんだもん」
どうやら、愛奈は彩人の自尊心を踏みにじってしまったようだ。そして、そんな彩人の頭を、萌香がペチペチと叩く。その小さな手を彩人が勢い良く払い除ける。
すると、萌香ちゃんは尻餅をついてしまい、驚いて泣き出した。その声が思いの外に大きかったからか、今度は彩人までもが泣き出してしまう。
二人の間にいた愛奈がおろおろとする中、彩人を菜摘が、萌香を瑞希が抱き上げてあやし出す。
「こんなに女の子がいると、子供の世話は女の子達に任せておけば良いから、らくちんだわ」
「何、呑気な事を言ってんの、香澄。てか、あんた、ちょっと丸くなってない?」
「椿お姉ちゃんったら、ひっどーい! 久しぶりに会って最初に言うのが、『太ったんじゃない?』なの?」
「そうは言ってないでしょうが。私は、『丸くなったんじゃない?』って言ったのよ」
「おんなじ意味じゃないの……。まあ、少しは体重が増えたのは認めるけど……」
「ふふっ、アメリカの中西部は、ステーキが美味しいものね」
「そうそう。バーベキュー、最高……。と言っても、他にはあまり美味しい物は無いんだけどね」
「何処のレストランも量が多いんでしょう?」
「そうなのよ。そのせいでうちの旦那なんて、もうすっかり中年太りよ」
「あ、椿も、いらっしゃい」
「あの、葵姉さん。先週末は、顔を出せなくてごめんなさい。お義兄さん、もう帰っちゃったの?」
「うん。結局、一晩だけでトンボ返りだったわ。工場の方が大変みたいなの」
「そっか。やっぱ、大変なんだ」
「大変だったのは、旦那だけじゃないの。とにかく、色々とあるんだから。さあさあ、彩人くんの事はあの子達に任せて、ダイニングの方へ行きましょう。ほら、香澄も行くわよ」
という訳で、母さん達は夕食の支度を兼ねて、ダイニングの方に向かって行った。僕は少しだけ考えて、結局、母さん達の後を追うことにした。
END038
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、「叔母達の来訪」の続きになります。
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★★★
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