037: 避難生活
大地震の発生から、既に十日が過ぎた。この十日間は、たぶん僕の一生で一番長い十日だったと思う。
だけど、新型発電所の事故に関しては、未だに全く回復の目途が立っていない。むしろ、緊迫感が増しているようですらある。それを政府は必死に隠しているみたいだけど、僕のような素人の目で見ても、化けの皮が剥がれ掛かってるって感じだ。
もはや、政府もマスコミも信用できない。となると、父さんはもちろん、菜摘や瑞希の両親の事が心配になってくる。
それと、心配なのは学校の事だ。母さんは、「当分、学校なんて始まる訳がないじゃない」と言うけど、それは僕らにとって決して良い事じゃない。まあ、菜摘だけは、別かもしれないけど……。
とにかく、僕らは四月から三年生。高校受験の事だって考えなきゃなんない時期だ。「そんな大事な時に、勉強を教えてもらえない」ってのも問題だけど、それ以上に、「このままヒカリ市の高校に進学して良いんだろうか?」というのが気になってくる。
「樹さあ、いくらなんでも、それは大袈裟なんじゃない? まあ、どうせアタシの頭じゃ、樹と同じ高校は無理なんだけどさ」
「菜摘は、能天気で良いよなあ」
「こら、樹。能天気、言うな!」
「はいはい。僕も大袈裟だとは思うんだけど、先の事が分からないってのは不安なんだよなあ」
「私も樹くんの不安な気持ち、分かる。でも、まずは目先の事」
「確かに、瑞希の言う通りかもしんない。ほんと、僕らの学校って、いつから始まるんだろう?」
担任の「リカちゃん」こと菊池先生は、僕らがヒカリ市から逃げて来た日以来、何も連絡して来ない。連絡が無いって事は、今週も休みで、「このまま春休みに突入」ってのを意味する。つまり、今の避難生活が当分は続くという訳だ。
僕にとって、この避難生活自体に不満がある訳じゃない。祖父母は良くしてくれるし、親しい女の子達と一緒に居られるってのは、最高にハッピーだ。まあ、女の子達と言っても、主に瑞希の事なんだけど……。
だけど、子供だけで避難している女の子達にとっては、当然、楽しい気分だけではない筈だ。
緑川瑞希は、毎日のように母親に電話を入れていた。どうやら彼女には、「じきに母親だけでも、こっちに来る」と思い込んでいた節がある。だけど、それが簡単には叶いそうにないと気付いてしまい、落ち込んでいるのだ。
「お母さん、ガソリンが無いんだって」
瑞希は、何度も僕にこぼしていた。確かにガソリン不足は長引いているものの、先週末には開き始めたスタンドもあると聞いている。今週は、その数が増えている筈だ。だから、長時間並びさえすれば、多少の分量なら手に入れられる。問題は、それでトキオまで行けるかどうかって事だけど、本気で探せば何か方法がある筈。トキオまで行けば、電車でもバスでも移動は可能だ。
つまりは、「ガソリンが無い」は口実なのだ。本当は、瑞希だって分かってるに違いないんだ。
「お父さんは、絶対に駄目。頑固。でも、お母さんは後で来るって言ってた」
そう言い張る瑞希も、やっぱり頑固なのだ。
鯨岡菜摘と愛奈の所も、事情は同じだ。菜摘のお父さんは信用金庫の管理職。「市民に寄り添う身近な金融機関」というのが、キャッチフレーズだ。だから、ヒカリ市に残っている人がいる限り、店を閉める訳にはいかないのだそうだ。
それでも若い女性や妊婦さんには避難を認めたようで、残った人員だけで何とかやりくりして平日は毎日営業しているらしい。そして朱美さんもまた、旦那が心配だからと言ってヒカリ市に残っているのだ。普段は喧嘩ばかりしてる夫婦だけど、実は案外、仲が良いんだと思う。
一番心配なのは愛奈だったけど、不思議と寂しげな顔を見せない。愛奈は、「お姉ちゃんとお兄ちゃんがいれば、あたしは平気だよ」と言う。
「津波とかで、家族をみ~んな亡くしちゃった子だっているんだもん。愛奈は、まだ幸せな方だよ」
そう言って愛奈は、相変わらず僕の首にへばり付いて、甘えてばかりいるのだった。
★★★
青木麻衣から母さんの携帯に電話があったのは、火曜日の夕方の事だった。母さんの携帯の番号が何で分かったかというと、金森翔太から聞いたらしい。
『私、今、オサカにいるの。一昨日の夜中にオキナワから来たばかりなんだけど、こっちは普通で驚いちゃった。むしろ、オキナワの方が新型発電所の事故の影響で、大騒ぎしてたぐらいよ』
「えっ、そうなの?」
『うん。オキナワって米軍の基地がある影響で、ニホンの政府やマスコミ以外の情報が普通に入って来るのよ。でね、アメリカなんかじゃ、私でも大袈裟じゃないかって思えちゃうぐらいに悲観的な報道がされていてね。『ニホンは、もう駄目だ!』っていう意見が一般的なのよね』
「そっか」
『うん。それで、本土にいる親戚とかに必死で避難を勧めてたりするんだけど、ニホンの報道って、パニックを恐れてか『直ちに影響はありません』のオンパレードじゃない。全く話が噛み合わないのよねえ……。で、その理由がオサカに来て良く分かったわ。ナコヤの方はどうなの?』
「こっちも普通の状態だよ。てか、全く別の国みたいっていうか……。僕らは先週の木曜に来たんだけど、そん時は僕もメッチャ驚いたよ」
『だよねー。あ、それで、菜摘と瑞希も一緒なんだよね?』
「うん。でも、どっちの親もヒカリ市なんだ。なんか、淋しそうでさ」
『そうなのね……。まあでも、しょうがないよね。信用金庫に市役所だもの。朱美さんと由希さんも、まだ向こうにいるんでしょう?』
「そうなんだ」
『そっか。あ、それで、翔太なんだけど、トキオでの生活は大変みたい』
「計画停電だろ?」
『うん、それもあるんだけど、避難先が親戚の家だったじゃない。やっぱり、長くなると居辛いらしくてね。それに、その親戚の家って、良くある3LDKのマンションなの。到底、二つの家族が暮らせるようなスペースなんて無いってわけ。そんな狭い所に何日も一緒にいたら、いくら身内だってギスギスして当然よね。それで翔太達、相当に窮屈な生活を強いられてるみたい』
「なるほどね」
麻衣の場合、オサカの伯父が総合病院を経営しているらしく、それなりの資産家でもある為、元から賃貸に回しているマンションを幾つか所有しているとの事。その内のひとつがタイミング良く空いた為、取り敢えず、そこに住まいを確保したらしい。ただし、このままオサカに定住することになった場合、もっと広い所に引き超すとの事だ。
麻衣の父親は、以前からその病院で医師として働いて欲しいと懇願されていたようで、今回の新型発電所事故で、恐らく麻衣は家族でオサカに移住する事になりそうなのだとか……。
『……ヒカリ市の家の事もある訳だし、すぐにって話じゃないの。まあ、状況次第ではあるんだけど、最終的には引っ越す事になると思う』
「てことは、翔太と離れ離れになるってこと?」
『まあ、そうなるわね……。本当は、こっちに翔太も来て欲しいんだけど……、やっぱり、難しいわよね』
麻衣の話は、僕にもショックだった。彼女は、僕の大切な幼馴染でもあるのだから当然だ。でも、翔太の場合、僕以上にショックだろう。
麻衣との話を早めに切り上げた僕は、菜摘と瑞希に代わってあげた。そして、その二人もまた、麻衣がヒカリ市から引っ越すかもしれない事を聞かされて、落ち込んでしまった。
その後、僕は翔太に電話をするかどうかで悩んだけど、結局、出来なかった。僕には翔太の気持ちが良く分かるが為に、彼に言う言葉が見つからなかったからだ。
僕は、自分で思っている以上に、まだ子供なのかもしれない。
END037
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「叔母達の来訪」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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