035: 立派な被災者
祖母さんがダイニングから出て行った後、この場の雰囲気を変えようと思った僕は、ひとつの提案をした。
「そうだ、これから皆でスーパーに行こうよ。ねえ、母さん、良いでしょう?」
「まあ、別に良いけど……」
母さんは、さすがに言い過ぎたと思っているのか反応が鈍い。
「確か九時からだから、もうやってるよね?」
「そうね」
今は、もう少しで午前九時半になろうって時刻だったから大丈夫だと思ったんだけど、念の為に確認しておいた。
「わあ、愛奈、スーパー行きた~い!」
突然、鯨岡愛奈がはしゃぎ出した。
菜摘が「愛奈、はしゃぎ過ぎ」と妹を窘めながらも、『楽しみで堪らない』といった表情だ。もう一人の女子の緑川瑞希はと言うと、明らかに口元が綻んでいる。
「じゃあ、決まりだね」
「せっかくだから、お昼に食べる物も買っておきましょう」
「わーい!」「やったあ!」「嬉しい!」
女子三人が歓声を挙げた。当然、僕も嬉しくはあるんだけど、むしろ瑞希の笑顔の方に見惚れていたりする。
「じゃあ、五分後に集合という事で良いわね」
最後は母さんの言葉に全員が了承を示して、足早にダイニングを出て行った。
★★★
祖父母の家から道路を挟んだ反対側にある大型の食品スーパーは、全く普段どおりに開店していた。
僕らは、入口の自動ドアを通り抜けた途端、それぞれが思わず感嘆の声を発した。
――ここには、全ての食材が当たり前にある!
最初に「樹、凄いねこれ」と菜摘が驚きの声を上げると、「私、ここにずっといたい」と瑞希が呟く。母さんも声が出ない程に興奮している様子だったけど、やがてボソッと「凄い!」と一言。
僕自身もまた、感動の渦中にいた。予め分かってはいたけど、想像するのと実際に自分の目で見るのとでは大きな違いだ。
「うわあ、お菓子があ~んなに沢山あるう!」
愛奈は突然叫び声を上げると、お菓子コーナーへと一目散に走って行く。その後を「愛奈、待ちなさい」と慌てて菜摘が追い駆けて行った。
僕は、こないだ親友の金森翔太が電話で言った言葉を思い出した。
『なあ、樹。こういうこと思わないか? 俺らが今まで当たり前にあるもんだと思ってたものが、本当は当たり前なんかじゃなかった。それがあるって、実は凄い事だったんだ。今回の震災でさ、そういうのを、すっごく思い知らされたよ』
たった今、僕が感じているのは、まさに翔太が言った事そのものだと思った。
僕は、母さんに向かって言った。
「本当はさ、これが普通なんだよね。ああ、普通って凄いね。普通って本当は凄い事だったんだ」
「もう、樹ったら、何を馬鹿なこと言ってるのよ。周りの人達に変な目で見られるじゃないの」
「だって、仕方ないじゃない。僕らって『立派な被災者』なんだもの。ちょっとは、大目に見てもらいたいな」
「ふっ、『立派な被災者』って言葉、なんか、おっかしい」
瑞希が隣で笑っている。
「もう、しょうがない子ねえ」
母さんも一緒になって笑ってしまい、僕らはますます変な集団になってしまった。
★★★
久しぶりに食品スーパーでの買い物を堪能した後、いったん僕らはレジ袋をぶら下げて祖父母の家に戻ってから、再び外に出た。菜摘と愛奈の姉妹が、「外を散歩したい」と言い出したからだ。
ここ数日、彼女達はほとんど外に出ていない。ましてや、外で思いっ切り身体を動かした事など望むべくもなかった。菜摘のように活発な奴にとって、この状態は相当に堪えたことだろう。まだ小さい愛奈にとっては、尚更だ。
もちろん、それは瑞希や僕にしても言える事だった。
僕が、「母さんも行く?」と訊いてみたら、「あなた達だけで行ってらっしゃい」と言われてしまった。
「でも、一時間くらいで戻って来るのよ。お昼は、さっき買ったお惣菜を食べましょう。あ、それと、車には充分に気を付けてね。ここはヒカリ市とは違って、交通量が多いんだから」
そう言って母さんは、笑顔で僕らを送り出してくれた。
街には、普段通りの様子が溢れていた。コンビニ、ケーキ屋、ファーストフードと、どの店も開いている。
僕らがゲームセンターの前を通り掛かった時だった。
「こらっ、そこの君達、止まりなさい! ちょっと、話があるの」
いきなり、知らない女の人に呼び止められた。最初はオバサンに見えたけど、近付いてみると、まだ若そうだ。オバサンに見えたのは、冴えないグレーのスーツが原因みたいだった。
僕らが気付かないフリをして通り過ぎようとすると、今度はヒステリックに喚き出した。
「こら、無視する気? 『止まれ』って言ったでしょうがっ! 君達、学校はどこ?」
「学校ですかあ? うちら三人は、センターヒルズ南中学ですけど-」
「何、その学校? でまかせだったら、承知しないからね」
「本当だってばあ。うちら、ハッピーアイランドから来たんだもん」
どうやら、菜摘に対応を任せたのが間違いだった。
「何よ、そのふざけた口の聞き方は! あなた達、中学生なんでしょう? 学校は、どうしたの、学校は? まだ、春休みじゃないでしょうがっ!」
僕は、この女の人の意図がようやく分かってきた。『こっちの中学だって、三年生だったら、もう学校に行かなくて良い筈なんだけど』と思いつつ、僕らは二年生なので正直に、「学校は、休み……」と言い掛けた所、先に菜摘が答えてしまった。
「学校は、休校でーす。うちらの学校、新型発電所の事故でお休みになっちゃったんでーす」
「何、そのふざけた理由……」
「本当ですってば、オバサン……」
その後も菜摘はごちゃごちゃ言ってたんだけど、その人は聞いてなかった様子。どうやら、「オバサン」という単語に過剰に反応したらしく、途中で、固まってしまったからだ。でも、すぐに再起動して、更にヒートアップしてしまった。
「学校が、休校な訳ないでしょうがっ! 私はこれでも中学校の教師よ。あなた達、どれだけ私を馬鹿にしたら気が済むの。もう良いから、さっさと私に付いて来なさい」
「えっ、うちら、拉致られちゃうんですかー?」
「何が、拉致よ。あ、そうだ。名前と住所と電話番号を教えなさい!」
仕方なく僕らは、順番に名前を言った。愛奈はその人の剣幕にかなり怯えていたので、菜摘が代弁した。
でも、住所と電話番号で詰まってしまった。この場合、祖父母のものを言うべきだろうか? でも、覚えて無いし……。
「何で、中学生にもなって住所と電話番号が分からないの?」
「あ、自宅のなら判ります。えっと、ヒカリ市センターヒルズ……」
「ちょっ、ちょっと、ヒカリ市って何よ?」
「だからー、ハッピーアイランド州の……」
「もう、何を言ってんの、あなた達は?」
そこで僕は、「だったら、僕の祖父母の家に来て下さい。すぐそこですから」と言ってみた。僕の言葉に、その人は仕方なく合意してくれた。
祖父母の家には、五分くらいで到着した。
その女性教師が駐車場にあるヒカリナンバーの車を見付けた時、彼女の顔に困惑した表情が浮かんだ。そして、僕が母さんを連れて来て挨拶を交わした途端、女性教師の態度が急に穏やかなものになった。
「そうなんですか。それは大変でしたね。君達、さっきは、ごめんなさいね。えーと、何か足らないもの無いかな?」
「う~ん、足らないものか。そう言われても、沢山あり過ぎて判んないかも」
菜摘が真剣に悩んでいる中、愛奈が元気良く言った。
「足りないモノって言うと、お父さんとお母さんかなあ?」
「バカっ、愛奈ったら何言ってんのよ。そうゆう意味じゃないんだってばあ」
「だってえ、愛奈のこと、ちっとも迎えに来てくれないんだもん」
そう言って口を尖らせる幼女の顔を、女性教師は、じっと目を逸らさずに見詰めていたのだった。
END035R
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「父との再会と別れ」です。
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★★★
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