表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第六章: 脱出(三月一六日)
32/86

032: 祖父母の家


「まあまあ、良く来たね」


玄関のスライド式のドアを開けると、祖母がにこやかに出迎えてくれた。


「アタシ、いつきくんとは同級生の、鯨岡菜摘くじらおかなつみです。お世話になります。あと、この子は妹の愛奈あいなです」

「鯨岡愛奈、六歳でーす」

「あらあら、大きくなったねえ、二人とも」

「えっ、ひょっとして、前に……」

「あはは、覚えてないみたいだね。こないだ、うちらがハッピーアイランドに行ったのは、樹や菜摘ちゃんが小学生になったばかりで、愛奈ちゃんなんて、赤ちゃんだったからねえ」


そうなのだ。僕が小学二年生の時、祖父母はヒカリ市の家に遊びに来た事がある。その時は鯨岡家も呼んで、うちの広い庭でバーベキューをした。


「お母さん。この子が、樹の彼女よ」

緑川瑞希みどりかわみずきと言います。宜しくお願いします」

「まあ、べっぴんさんだこと。あおい、この子も、お前の家の近くの子かい?」

「ええ、うちの近所の子で樹の同級生よ」


祖母は軽く頷くと、瑞希に優しく微笑み掛けた。


「樹の祖母の森本敏子もりもととしこです。あたしの方こそ、宜しくね」


祖母の挨拶の言葉に、瑞希の顔がほんのりと赤らんだ。


「それじゃあ、台所に食事を用意しとるから、まずは食べながら話そうかね」


そうして僕らは、祖母に案内されて広いダイニングへと入って行った。



★★★



祖父母の家のダイニングキッチンには、十人が余裕で座れる大きな食卓テーブルがある。元々、この家は二世帯が住む事を想定して造られており、特にダイニングは娘三人の家族が集う事を考慮してある為、老夫婦二人が住むにしては有り得ない程に広いのだ。

その食卓テーブルには、既に御馳走が所狭しと並べられていた。和食が中心だけど、ブリの煮付けとか、おでんだとか、僕の好物だってちゃんとある。「別の国」に紛れ込んでしまっていた僕らにとっては、どれもが凄くおいしそうだ。


「ごめんねえ。本当は焼き肉にしようと思ったんだけど、葵が電話で『今まで、おにぎりしか食べてなかった子が急にお肉なんか食べたら、お腹壊すでしょうが』なんて言うから、軽いもんにしたよ。明日は、ちゃんとお肉にしてあげるから、今日はこれで我慢しておくれ」

「ううん、これでも充分に御馳走です」


笑顔で菜摘が答えると、瑞希も相槌を打った。


「だいたい、もう夜の八時を過ぎてるんだから、軽い物で良かったのよ」

「そんな事を言ってもねえ……」

「いやいや、とても美味しそうです」

「うん。僕もそう思う」


そうして、熱々のご飯をよそったお茶碗が全員に行き渡った時、ガラッと引き戸が開いて、パジャマ姿の祖父が顔を出した。どうやら、今までお風呂に入っていたようだ。


「いらっしゃい。良かったなあ、葵。無事に着いて」

「あの、初めまして。鯨岡菜摘です」


慌てて立ち上がった菜摘が、元気よく挨拶する。更に、瑞希と愛奈が二度目の自己紹介をしてから、やっと僕らは遅めの夕食を頂いた。


「お姉ちゃん、美味しいね」

「美味しいに決まってるじゃん。御馳走なんだから……」

「だって、本当に美味しいんだもん」

「もう、愛奈ったら黙って食べなよ」


鯨岡姉妹の会話を、祖母は嬉しそうに聞いていた。


「たくさん、お食べよ」

「うん。愛奈、二ホンのごはん、大好き」


愛奈の言葉に祖母が怪訝な顔をしたので、母さんがヒカリ市の現状を説明した。

ガソリンが無い事。食料が不足している事。水道が断水していて、給水車の所に水を貰いに行きたくても、ガソリンを使いたくないしイルージョンが怖いから、なかなか貰いに行けない事。同じ事情で、ようやくスーパーが営業を始めたけど、とても行く気にはなれない事……。


「……だから、この子達は、ずーっとおにぎりばかり食べてたんだけど、いよいよ、水もお米も無くなっちゃって……」

「そうかい。大変だったねえ。ニホンも戦争の時は食べ物が無くて大変だったって言うけど、あたしが物心ついた時は、戦争が終ってだいぶ経ってたからねえ……。あ、でも、学校の先生からは、しょっちゅう聞かされたよ。戦争は絶対に駄目だって、もう耳にタコができるくらい、何度も何度も言われたねえ。それで、食べ物は残しちゃ駄目だって、嫌いな物も全部、給食を食べさせられたんだよ」

「昭和の頃は、そうだったみたいね。今は、食べたくないなら残しても良いって感じなんだけど」

「今は、飽食の時代って言われてるからねえ」

「お母さん、それ、もう随分と前の言葉だから」

「そうなんかい? だけど、今のニホンで食べる物が無いだなんてねえ。信じられない話だけど、葵が言うんだから、本当の事なんだろうねえ」


そこで、菜摘と愛奈の会話が聞こえてきた。


「愛奈は、昭和の頃に生まれなくて良かったね。給食で出た嫌いな物も食べなきゃなんないなんて、マジで地獄だと思うよ」

「愛奈、嫌いな物ないから大丈夫だもん……。でも、戦争の時も、ニホンがニホンじゃなくなっちゃったんだね?」

「うーん、イマイチ意味が分かんないんだけど……、今のハッピーアイランドは、戦争の時とおんなじって事になるのかなあ」


僕と同様に姉妹の会話尾を聞いた祖母が、「菜摘ちゃんも愛奈ちゃんも、面白い事を言うんだねえ」と言って、笑っている。

僕は、青木麻衣と最後に会った時、言われた言葉を思い出していた。


『……いい、ここは戦場なの。いつまでも中学生が戦場なんかにいちゃ駄目……』


麻衣は確か、そんな風に言ったんだ。


「そうか、ハッピーアイランドは戦場だったんだ」


僕の言葉を母さんが引き継いで、祖父に向かって早口で捲し立てた。


「そうなのよ、お父さん。ヒカリ市は今、まさに戦場のような状態なの。食べ物も水もガソリンも無い。外にはイルージョンの粒子が漂っていて、危険だから出歩くこともできやしない。みんなね、外に出れないから雨戸を閉めて、じっとしてるしかないの。まるで防空壕に身を寄せ合って、敵の爆撃機が去るのを待ってるような状態だったんだから……」

「何か、信じられんなあ。今のニホンにそんな所があるなんてなあ」


そう呟く祖父の口調に僕はこの時、何故か心に引っ掛かるものを感じていた。でも、それが何だったのかは、もっと先になるまで分からなかったんだ。



★★★



食事の後、ずっと楽しみにしていたお風呂にみんなが順番に入った。菜摘と愛奈以外は一人ずつだったから、時間が掛かった。女の子に先に入ってもらった為に、僕が入ったのは夜の十時半頃。それ迄は、ずっと震災のテレビを見て過ごした。

菜摘の風呂上がりは何度も見たけれど、瑞希のはもちろん初めて。その彼女がダイニングの引き戸をそおっと開けて「お先にどうも」って顔を出した時、僕は背筋にぞくぞくするものを感じて、思わず風邪かなって思っちゃった。でも、それから彼女が僕の近くに寄って来た時、彼女の髪の甘酸っぱいシャンプーの匂いに、僕は幸せを感じたんだ。


「ごめんね。私、ひとの家なのに、何かシャンプー三回も使っちゃって」

「そんなの全然問題ないから」


早口でそう言った僕は、照れ隠しの為、急いで脱衣室に飛び込んだ。

髪の毛を洗ってみて、さっき瑞希が言ったことが良く判った。ごわごわになった髪の毛には、一度や二度のシャンプーじゃ全然泡が立たない。三度目でやっと普通にシャンプーした状態になった。


身体からだもじっくりと洗ってから、いよいよ湯船に入る。ここに瑞希がハダカで入ってたことを思うと、またもやドキドキしてしまう。

祖父母の家の浴槽は木で出来ていて、僕んのよりも広い。手足を伸ばして首まで浸かっていると、震災後の緊張感がサァーっと湯の中に溶けていく感じがする。

ああ、生き返る。ちょっと年寄りくさいけど、本当にそんな感じだった。


結局、僕が寝床についたのは、午後十一時を大きく回ってからだった。僕達の寝る部屋は一階の座敷で、奥の部屋に女子三人、ふすまひとつ隔てた手前の部屋に僕と母さんが寝た。

そんな近くに瑞希が寝てることを思うと、すっごくドキドキしたけど、余程疲れてたのか布団に入った途端、僕はストンと眠りに落ちて行った。




END032


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「脱出の翌朝」です。次話から第七章になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ