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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第六章: 脱出(三月一六日)
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031: 普通への回帰


ガソリンを満タンにしてからの僕らは、さっきまでの緊張が嘘のようにリラックスしていた。思えば、地震が起こってからの六日間は、ずっと緊張しっぱなしだった気がする。だから、今の気分は僕らにとって、ひさびさの解放感だったんだ。


再び車が走り出した時、僕は母さんに尋ねてみた。


「もし、さっきのスタンドが閉まってたら、母さん、どうするつもりだったの?」


母さんは、しばらくの間、「うーん」と考え込んでいた後で、ようやく何かが閃いたのか、僕に向かって言い放った。


「大丈夫よ。私って運が良いから」


ああ、やっぱり何も考えてなかったんだ!

僕は、内心で冷や汗をかいた。


だいたい、運が良いんだったら、こんな新型発電所の事故なんかに遭わなかっただろうがっ!

それに、そもそも父さんなんかと結婚して、実家から遠く離れたハッピーアイランドなんかに来なかっただろうし、そしたら、こんな風に苦労する事なんて無かったんじゃないのか?

でも、その場合には、僕は生まれて来なかった訳だから、少々複雑な気分ではあるんだけど……。


母さんは、前から僕に良く言っていた。


「私は、ヒカリ市が大好き。こんな良い所、ニホン中の何処どこを探したって無いと思うわ。夏は涼しいし、冬は暖かくて雪もほとんど降らない。海も山もあって、魚はおいしいし、山菜だって採れる。デパートとかが無いのが欠点だけど、でも、私はここが大好き。それと、もうひとつの小さな欠点は、新型発電所が近くにある事ぐらいかな?」


新型発電所は、小さな欠点なんかじゃ無かった。母さんの全ての幸せをぶち壊して、それでも余りがある程に大きな大きな欠点だったんだ!


僕は、昨日の夜、父さんと母さんが話しているのを聞いた。

うちの家、もう駄目ね。気に入ったお家だったんだけど、もう資産価値なんてゼロだと思う。だって、もう誰も買ってはくれない筈だもの。イルージョンまみれの家になんて、いったい誰が住みたいと思うのよ!


「ねえ、いつき、急に黙り込んじゃって、どうしたの?」


母さんが訊いてきた。もちろん、母さんの事だなんて言えやしない。


「ううん、何も。さっきラーメン食べたら、少し眠くなっちゃった」

「寝て良いわよ。この辺はもう地震の影響も無いだろうし……、大丈夫。母さん、長く運転するの慣れてるから」


そうだった。小学四年生からの二年間、僕らがアメリカにいた時、ニューヨークからカナダのケベックまで、車で旅行した事がある。その時、途中に何も無い道を延々と運転したのは、ほとんど母さんだった。

父さんは運転があまり好きでは無いようで、休みの日はほとんど運転をしない。母さんは、父さんの運転だと気持ちが悪くなるらしく、自分で運転する方が良いと言うのだ。

その習慣はニホンに戻っても変わらなくて、我が家の家族旅行でのドライバーは、だいたい母さん。めったに父さんは、運転しない。友達とかに珍しがられたりするんだけど、我が家では普通の事なんだ。




★★★



どうやら僕は、三十分くらい眠っていたようだ。時計を見ると、もうすぐ午後六時になる所。車外は、既に暗くなっている。

振り返って後ろの座席を見てみると、女子三人は、ぐっすりと眠っていた。


「母さん、悪い。本当に寝ちゃったみたい」

「良いわよ。それより、そろそろテレビ点けて良いかしら? 少しは、新型発電所の事故の情報、知っておきたいの」


そうだった。父さんも、それに後ろの三人の両親も、まだハッピーアイランドに残っているんだった。

車載用テレビの小さな画面には、やっぱり、枝松官房長官の寝ぬそうな顔が映っていた。ちょうど記者会見中だったようだ。


長官は、新型発電所周辺におけるイルージョンの濃度について、『ただちに、人体に影響を及ぼす数値ではない』という説明を、オウムのように何度も繰り返していた。

こう何度も「直ちに」を繰り返されると、「じゃあ、いったい、いつになったら僕らの身体からだに影響が出るんだよ!」とツッコミを入れたくなってしまう。きっと鯨岡菜摘くじらおかなつみなら、そうやって喚くに違いない。

その後の長官の説明によると、四号機は相変わらず火災が継続中。三号機についても、白煙がまた大きく噴出したらしい。どちらも、まだ予断を許さない状況のようだ。


そういった情報を聞かされると、改めて現実に引き戻される感じがした。もっとも、その場合の現実というのが、震災前の僕らにとっての非現実ではあるんだけど……。


やがて、母さんが運転する車は、ハマナ湖サービスエリアに到着した。明るければ女子三人に湖の景色を見せてあげたい所だけど、あいにくと既に外は真っ暗だ。それに、菜摘と愛奈あいなの姉妹はぐっすりと眠っていて、全く起きそうにない。緑川瑞希みどりかわみずきだけが、車が停まった気配に気付いて、目を覚ましてくれた。

結局、母さんが先にトイレに行って、戻って来てから僕と瑞希がトイレに行った。そして僕は、トイレから出て来た瑞希と、手を繋いで車に戻った。


「何だか、私、今でも夢を見てるみたい」


まだ眠そうな様子の瑞希が言った。


「私、いつきくんと一緒に居られて、一生分の幸せ、使い果たしちゃったかもしんない」


何か最近は、やけに瑞希の言葉がストレートだ。


「私、何となく思うの。いつまでも、こんな幸せが続かないんじゃないかって……。でも、良い。今、楽しいから、それで良い」


陽が沈んだばかりの昼と夜がせめぎ合う時間、そんな時間にだけ存在する何か特別なパワーが、瑞希にそう言わせている気がした。


「僕は、いつまでも瑞希と一緒にいたいな」


僕がそう言うと、瑞希は笑った。でも、その笑顔がほんの少し淋しそうだったのは、周囲が暗くなっていたせいだけなんだろうか?

そんな不安を頭の隅で感じながらも、この時の僕は、その思いに蓋をしてしまったんだ。



★★★



再び、車が走り出す。少しの間、僕らは無言でラジオの音楽に耳を傾けていた。


やがて、菜摘と愛奈が起き出すと、車中が急にまた賑やかになった。時計は既に午後七時をだいぶ過ぎている。

いつも僕らが祖父母の家に来る時は、この辺は必ず渋滞するんだけど、ここも今日はスムーズだ。母さんは、「今まで、こんなに順調だったのは初めてだわ」とご機嫌だった。さっきはガソリンの事で、あんなにヤキモキしてた事なんて、もう全く頭に無いみたい。

いや、ヤキモキしてたのは僕だけで、母さんは本当に何とも思っていなかったのかも。

だけど、その後で母さんが言った言葉は、僕の予想を覆すものだった。


「でも、良かった。ちゃんと、ここまで帰って来れて、本当に良かった」


どうやら、母さんもそれなりにヤキモキしていたようだ。


「もう、ここまで来れば大丈夫よ。ふふっ、ようやく『普通』に戻って来たって感じね」


だけど、母さんの普通は僕らの普通と、ちょっとだけズレていたようだ。

その事に僕が気付いたのは、母さんの実家に一番近いインターチェンジで高速を下りた後だった。


僕らは、凄まじいまでのネオンサインと車の群れに圧倒されていた。

道路の両側にある店は、どこも開店してるのが当たり前だった。コンビニが幾つもあって、ファミレスにも人が大勢入っているし、瑞希が好きなパスタの店も、菜摘が好きな回転ずしの店も、ここにはあちこちに「普通」にある。この時間でもスーパーが開いてるみたいだし、もちろんガソリンスタンドには、待ってる車の行列なんて無さそうだ。

それと、あの派手な電飾の建物は、いったい何なんだろう?


「ああ、あれはパチンコ店よ。ナコヤには、とっても派手なパチンコ店がたくさんあるの」


首都圏では電気が足りないと言うのに、ここには豊富にあるみたいだ。

僕は、思わず溜め息を漏らしてしまった。瑞希も菜摘も唖然としている。愛奈はと見ると、何かに怯えたような表情になっていた。

ここで生まれ育った母さんだけが、「普通」に笑顔だった。


「ふふっ、まるでハッピーアイランドとは別の国に来たみたいね。実は前から思ってたんだけど、今は特にそう思っちゃうわ」

「ホントだ。何だか外国にでも来ちゃったみたい」

「ええーっ! お姉ちゃん、ここって外国なの?」


今日、何度目かの素っ頓狂な声を上げた愛奈の疑問に答えたのは、瑞希だった。


「ううん、違うよ。ここはニホン。私達の方が、いつの間にか知らない国に迷い込んでいただけ」

「そうだよ、愛奈。だって、おにぎりしか食べれない事なんて、うちらが生まれてから初めてだったじゃん。それってやっぱ、二ホンじゃなかったって事なんだよ」


確かにそうかもしれない。『たまには菜摘も、良いこと言うじゃないか』と感心していたら、今度は急に我儘を言い出した。


「ああ、アタシ、もう一度、コンビニ寄りたくなっちゃった」


母さんが、笑いながら答えた。


「そうね。ここだったら、普通にスイーツとかもあるでしょうし……。私も寄りたいと思うけど、もう遅いから明日にしましょう。私の実家のすぐ傍に大きなスーパーがあるの。それに当然、コンビニだってあるわ。だから、明日は、気軽に好きな食べ物を買いに行けるわよ」

「やったあ! 何かワクワクしてきちゃった」

「うん、本当に帰ってきたんだね」

「そう、私達の国、ニホンに」


菜摘の感激の言葉に、僕と瑞希が答えた。


「ニホンって、本当に良い国だったんだなあ」

「そうね。私も好きよ、ニホン」


菜摘に続いて母さんが感慨深げに呟いた時、ちょうど僕らを乗せたミニバンは、無事に祖父母の家に到着したのだった。




END031


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「祖父母の家」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

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