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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第六章: 脱出(三月一六日)
30/92

030: ガソリン問題


「ねえ、本当に大丈夫なの、母さん? 次のゴテンバで降りる?」


そんな僕の心配を他所よそに、相変わらず母さんは呑気だった。


「まだ赤ランプが点いてないから、行ける所まで行っちゃいましょう」


母さんの言葉に被せるようにして、鯨岡菜摘くじらおかなつみの奴が「行っちゃえーっ!」と大声で叫ぶ。


「お前なあ、こんな山奥でエンストしたら、どうなると思ってんだよ!」


僕が思わず菜摘をたしなめても、彼女はあっけらかんと言い放った。


「そん時はさあ、ヒッチハイクでもすれば、良いじゃん。アタシがやれば、どんな車だって停められると思うよー」

「お前なあ、高速道路でどうやってヒッチハイクするんだよ?」

「そんなの簡単じゃん。スカートの裾を、ほんのちょっと持ち上げるだけだと思うんだけど……」

「馬鹿か、お前。だいたい今日の菜摘は、スカートなんか履いてないだろ!」

「あ、そっか……」


そんなくだらない会話を菜摘と交わしているうちに、ゴテンバのインターチェンジは通り過ぎて行った。でも、意外な事に、まだ赤ランプは点灯していない。

更に、スソノ、ヌマズを過ぎて、フジのインターチェンジに残り二キロと迫った時、再び菜摘は、言い放った。


「もう一丁、行っちゃえーっ!」


すると母さんが、「あ、ようやく赤ランプが点いたわ」と呟いた。

その母さんは少し言い辛そうにして、更に不気味な事を口にした。


「そう言えば、昨日、この辺りで震度六強の地震があったわよね? ひょっとすると、フジガワのサービスエリアのスタンドも、ヤバいんじゃないかしら?」


僕が「えっ」と小さな叫び声を上げた時、既に車はフジインターチェンジの入り口を過ぎてしまっていた。


「あとは、フジガワサービスエリアのスタンドが開いているのを祈りましょう」

愛奈あいな、お祈りだって。頑張るのよ。任せたから」

「何で、妹にお祈りだけ任せるんだよ!」


僕がツッコミを入れると、菜摘はケラケラと笑っている。駄目だった時は、こいつにマジでヒッチハイクをやらせてやりたくなってきた。


フジガワのサービスエリアが、徐々に近付いて来る。その間、愛奈は健気にもずっとお祈りのポーズを取っていた。クリスチャンの両手を組み合わせる奴だ。それを見て、緑川瑞希みどりかわみずきも一緒に祈ってくれている。真ん中の席の菜摘だけは、駐車場の空きスペースを探してキョロキョロと目を走らせていた。

やがて、僕らの車が止まると、愛奈を押しのけて菜摘が最初に外に出た。急いで僕も助手席から飛び降りる。すると、そこに茫然と立ち尽くす菜摘の姿があった。


いつき、あそこ!」


菜摘が指差したガソリンスタンドには、車が一台も無かった。

ああ、だから言わんこっちゃないのに……。


「仕方ないわね。まっ、どうするかは後で考えることにして、まずは何か食べましょう」

「えっ、さっきコンビニでおにぎり食べたじゃん」


僕が声を上げると、母さんは優しく微笑みながら言った。


「ここなら、きっと温かいものが食べられるんじゃないかしら」



★★★



僕らは、母さんに促されるままに歩き出した。母さんが愛奈の手を、僕は瑞希の手を引いて建物のある方に向かう。僕らの後を最後に菜摘がトボトボと付いて来た。さすがの彼女も、さっきの「行っちゃえ-っ!」には後ろめたさ感じているんだろう。


「あっ、そうだ。もうマスク取っても良いわよ。ここだったら、安全でしょうし」


母さんの言葉で、僕達は一斉にマスクを外す。たかがマスクだというのに、何だか凄い解放感がある。瑞希も同じように感じたのか、足取りが急に軽やかになった。

僕らは、外したマスクを近くにあったゴミ箱に投げ捨てた。母さんが、「本当にイルージョンの粒子が付着してたら、こんな所に捨てちゃ駄目なんだけど……」と呟いていたけど、今更だと思った。


サービスエリアの建物の中は、割と空いていた。それなのに、フードコートの前で僕達は、一様に立ち竦んでしまった。

だって、ここ数日は夢の中でしか出会えなかったような御馳走が、すぐ目の前にあるんだもの。

味噌ラーメンだとか、カツカレーだとか、地震が起こる前だったら当たり前にあったメニューだというのに、今は全身が総毛立つ程の感激に震えている自分がいる。やっぱり食べ物っていうのは、人のもっとも根源的な本能なんだって、僕はつくづく思ったんだ。


「お姉ちゃん、愛奈、味噌ラーメンが食べた~い!」


愛奈が可愛い歓声を挙げた。それを合図に、僕らは券売機の前に列を作る。そして、それぞれの食券を握り締め、それを震える手で係のお姉さんに渡す。


「特製味噌ラーメンですね。お席に座ってお待ち下さーい」


そんな風にお姉さんから言われても、僕らはその場から離れられない。だって、あの震災からの六日間、おにぎり以外の物を口にしていないのだから……。

あ、そういや一回だけ、レトルトのカレーを食べたっけ。あれは、本当に御馳走だったな。でも、今ここで待ってるラーメンと比べたら、きっと雲泥の差なんじゃないだろうか?


お姉さんが、トレイに載せたラーメンを渡してくれた時、余程、僕は幸せそうな顔をしていたんだろう。「ラーメン、大好きなんですね?」だなんて言われてしまった。だけど、そんなことも気にならないくらい、僕の目はラーメンに釘付けになっていて、それを、母さん達が待っているテーブルまで運んで行く時の僕は、本当に幸せの絶頂にあったと言っても過言じゃなかったと思う。

僕が席に着くとほぼ同時に菜摘と瑞希も席に着いて、代わりに母さんは愛奈と自分の分を取りに行った。そして、ようやく全員が揃うと母さんが言った。


「さあ、食べましょう」


僕らは、一斉に割り箸を割って食べ始めた。最初のひとくち、僕は不覚にも涙を零してしまった。

ふと前を見ると、菜摘までもが泣いていた。この気の強い幼馴染がマジに泣いた所を見て、僕は心底驚いた。でも、気持ちは分かる。もの凄く良く分かる。

僕の隣では、瑞希が夢中で麺を啜っている。菜摘の席の隣では愛奈が、熱いスープをレンゲで掬っては、ふうふうしながら飲んでいた。


「お姉ちゃん、美味しいね。本当に美味しいね」

「愛奈、良かったね」


菜摘は、涙声のまま言った。


「お母さんやお父さんにも、食べさせてあげたいな」


僕の母さんも、目尻が微かに濡れていた。



★★★



食べ終わってトイレを済ませ、僕らが再び車に戻った時、母さんが声を張り上げた。


「さあ、これからが勝負よ!」


母さんが、ゆっくりと車を走らせる。僕らも緊張して身構えた。

でも、控えめな蛍光灯に照らし出されたガソリンスタンドに近付いた時、母さんの勝負はあっけなく終わってしまった。車の列なんて無くっても、そこは普通に営業していたのだ。


給油機に車を寄せると、すぐに若いお兄さんが飛び出して来て、「いらっしゃいませ-」と元気良く応対してくれた。

母さんは窓を開けて、「レギュラー、現金で良いんだけど、どれだけ入れられるかしら?」と聞いた。首都圏のスタンドでは、どんなに並んでも十リッターしか入れられないと聞いていたから、その時、母さんはそんな風に言ったんだ。

ところが、お兄さんはキョトンとした顔でこっちを見ている。


「……どれだけ入るか、というご質問でしょうか?」


どうやら、母さんが発した言葉の意味が、そのお兄さんには正しく伝わらなかったらしい。

もしやと思って、僕が訊いてみた。


「満タン、できますか?」

「満タンですね? 満タンで宜しいですね?」


お兄さんに二回も確認されてしまった。心持ち安心したような笑顔だった。


「もちろんです、お願いしまーす」


母さんもまた、最高の笑顔で答えていた。

どうやら、ここにはガソリンがふんだんにあるようだ。ガソリンも食べ物もふんだんにあるなんて、何て素敵な所なんだろう!


「ハコネのお山を越えたら、そこは天国だったってわけね」


心底、嬉しそうに母さんが言った。


「ええーっ、天国? ここって天国なの? 愛奈、いつの間にか死んじゃったの?」


突然の愛奈の素っ頓狂な声に、みんなが一斉に笑い出した。瑞希までもが大声で笑っていた。




END030


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「普通への回帰」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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