029: 首都圏クリア
母さんの携帯に架かってきた電話に、僕が代わりに出た。
「菊池先生、僕、香山樹です。母さん、運転中なんで」
『あ、香山くんでも良いわよ。運転中ということは、香山くんも避難してる途中って事ね。良かったわ』
「鯨岡菜摘と緑川瑞希も一緒です。彼女達は、両親がまだヒカリ市に残ってますけど」
『そうなんだ。保護者の方は大変なのよね。皆さん、お仕事があるし……。あのね、学校なんだけど、やっぱり当分の間、お休みになったの。卒業式や終業式がどうなるかは決まってないんだけど、たぶん、やらないと思うわ。お母さんや鯨岡さん、緑川さんにも伝えておいてくれるかな?』
「あの、クラスの他の皆も、やっぱり避難してるんですか?」
『そうねえ、あと残ってるのは、えーと、高萩勇人くんぐらいかな。私も今は実家にいるのよ。結局、反対してた滝沢教頭も折れてくれて、教職員全員、避難して良いことになったの』
僕は、リカちゃんの話を聞いてホッとした。高萩勇人の事は心配だけど、奴は頑固だし、そういう男だ。「俺は、絶対に逃げない!」とか言っていそうだ。
でも、リカちゃんが避難できたのは良かったと思う。先生だって、これから結婚して、赤ちゃんを産まなきゃなんない身体なのだから。
「あ、お姉ちゃん、あれ、ラーメン屋さんだよね?」
愛奈が、前方の店を指差して叫んだ。
「ホントだ。あのラーメン屋、営業してるみたいだね」
愛奈が示した店の駐車場に、車が何台か停まっているのが見える。店には電気も点いてるし、確かに開店しているようだ。
「この辺、水が出るんだね」と僕が呟いたのを聞いてか、母さんが口を開いた。
「でも、計画停電はあるでしょうから、それなりに大変だと思うわ。停電がお店の暇な時間に当たれば良いけど、お昼時だったりしたら悲惨よ。仕込みだけして売れないなんてことになったら、目も当てられないでしょう。それに計画停電って、直前じゃないと実際にやるかどうか判らないって言うじゃない。ほんと、酷い話よね。冷蔵庫の中の食材の事とか、きっと、凄く神経を使うと思うわ」
「ふーん、皆、大変なんだね。あのお店、偉いね」
愛奈が感心したように言うと、母さんは、そうね」と頷いた。
★★★
トキオに近付くに連れて、次第に道路が混み始めた。母さんの燃料計を見る目が真剣だ。ガソリンは三分の一と少ししか無い。慎重に使わないと、トキオで足止めを食ってしまう。
やがて、完全に渋滞に嵌まってしまった。僕は、目の前にコンビニの看板を見付けて言った。
「ねえ、母さん、あそこのコンビニ、やってるかな?」
「たぶんね。さっきから、どこも開いてるもの。そう言えば、昨日からあまり食べて無かったわね」
そうだった。昨日の朝、おにぎりを食べた切りだ。その後で僕が口にした物はと言えば、父さんが会社から持って来てくれたペットボトルの水を、今朝、母さんと二人で分け合って飲んだくらいだ。
こんなに長時間、何も食べなかったのは、インフルエンザで二日間寝込んだ昨年の冬以来かもしれない。
「ちょうど良かったわ。皆でお昼ご飯を買い込む事にしましょう」
母さんの言葉で、さっきまで静かだった車内が、また急に騒がしくなった。
「お姉ちゃん、おにぎり売ってるかな?」
「愛奈ったら、本当におにぎり好きだね。でも、他の物もあるかもだから、ちゃんと見て選んだら?」
鯨岡姉妹のはじゃぎぶりに釣られて、瑞希までもが、「私、お菓子が食べたーい!」と言い出した。
「そうね、もうずっと、そういう物は食べて無いんでしょうし、あれば買ってあげるわよ」
「あの、私、お小遣い持ってきたから、自分で……」
「大丈夫よ。瑞希ちゃんのお母さんから、ちゃんと貰ってるから」
やがて、車がコンビニの駐車場に入ると、皆が我先にとお店の中に駆け込んで行く。いつも見慣れたコンビニの店内が、妙に懐かしい気がした。さすがにお惣菜のコーナーは品数が限られていたけど、おにぎりはちゃんとあった。それにサンドイッチとかも何種類か置いてある。逆に、カップラーメンとかの保存食の方が、売り切れていた。
食べ物を選ぶ皆の目が真剣だ。何かを見付ける度に、誰かが歓声を挙げる。僕もついつい買い過ぎてしまいそうになって、母さんに注意された。
「皆、ゆっくりで良いのよ。しばらくの間は、ここに居るつもりだから」
そんでも、狭いコンビニにそう長くは居られない。それに、食べ物を見たら急に食欲が出てきて、早く食べたくなってしまう。
僕らは、おにぎりとパン類、飲み物、そして、お菓子とかも買い込んで、車内で食べることにした。外で食べるのには、まだ抵抗があったからだ。
たくさん買った筈なのに、見る見る内に胃袋の中に納まって行く。
食べてる時は、皆が笑顔だった。あの地震の瞬間以来、見なかった満面の笑みを誰もが浮かべている。
僕らが食事をしている間、母さんはコンビニのレジのオバサンと随分長く話し込んでいたようだ。
「次のインターから、高速に乗れるみたいよ」
ようやく、運転席に戻って来た母さんが言った。何やら嬉しそうだ。僕は、母さんの笑顔もまた、久し振りに見たなと思った。
★★★
コンビニで遅めの昼食を取った後、道路の渋滞は幾分マシな状態になっていた。その為、三十分もしないうちに、僕らは常磐高速道に乗る事ができた。
その後、八十キロに速度規制が掛かってはいたものの、割と順調な走行が続き、気が付くと首都高速に入っていた。
「やっぱり、空いてるわね」
「いつもは違うの?」
「そうね。平日の午後だと、渋滞してる事の方が多いわね」
要するに、首都圏でもガソリンが足りておらず、車を使っての外出を控えている人が多いという事だ。だけど、業務用の車両はそうも行かない訳で、優先順位を付けて最低限必要な場合にのみ、車を動かす事になる。
僕は、『これじゃあ、北の方への物流が滞っても仕方がないな』と思った。
そんな風に首都高速が空いていたお陰で、高速に上がって一時間ちょっとでトキオを抜けてしまった。母さんが言うには、過去の最短記録なのだそうだ。
僕の家族は毎年、お盆と正月の時期にヒカリ市とセントラル州のナコヤとの間を行き来している。でも、後ろの座席に座る女子三人は、そうじゃない。あまりトキオに来た事がないせいで、首都高速を走っている間、彼女達は始終はしゃぎっぱなしだった。その三人にとっては、林立する高層ビル群ですら珍しい上に、スカイツリーやトキオタワーとかを次々と見せられてしまっては、それもしょうがないのかもしれない。
特に、最年少の愛奈は強烈な印象を受けたようで、その後、「トキオって、すっご~い」が彼女の口癖になってしまった。
★★★
トキオを抜けた後も車両の数が少ない為に、僕らのドライブは順調だった。ところが、ガソリンもまた順調に減って行った。
エビナのサービスエリアを覗いてみたものの、スタンド待ちの長い列が出来ていたので、母さんは、ためらわずにパスした。次のアシガラサービスエリアもチェックはしたけど、スタンドが閉まっていて駄目だった。
いつの間にか、時刻は午後三時半になろうとしていた。
「母さん、ガソリンどんな感じ?」
僕は思い切って聞いてみた。僕の席からでは、燃料計を見ることができない。
「まだ、少しならあるわ。まあ運だめしってとこね」
母さんの返事には、どこか投げやりな所が感じられて、僕の不安は却って増大した。
まだ、ハコネのお山を越えなきゃいけない。調べて見ると、次のサービスエリアはフジガワまで無い……。
「ねえ、本当に大丈夫なの、母さん? 次のゴテンバで降りる?」
母さんは、まだ余裕みたいだけど、信じちゃって良いんだろうか?
今は、平常時とは違うのだ。こんな山の中でエンストしたら、ロードサービスとか、普通に来ると思えないんだけど……。
僕は、いよいよ心配になってしまった。
END029
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「ガソリン問題」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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