表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第五章:緊迫(三月十四日/十五日)
26/85

026: 限界の夜


避難の為の荷造りは、まもなくして終わってしまった。母さんは、何十年も戻って来れないみたいな事を言っていたけど、だからと言って何から何まで持って行くってのは非現実的だ。だいたい、ミニバン一台に積める量なんて、たかが知れている。一緒に行く鯨岡くじらおか家の三人や、緑川瑞希みどりかわみずきの荷物だってあるんだ。無駄な物なんて、持って行ける筈がないじゃないか。

それに考えてみると、僕が小学四年の時に家族でアメリカへ渡った際、こっちに残しておく荷物を母さんの実家に運んで、その大半が今もそのままなのだ。アルバムだって、こっちにあるのは新しいのだけ。しかも最近はデジタルだから、本当は紙に印刷したのなんて必要ない。

という訳で、最終的に僕の荷物は、大きめのスーツケースに段ボール一箱となった。母さんも僕と同じくらいで、ミニバンに積めるのは、それが限界という結論に収まったのだった。



★★★



荷造りを終えた後、再び僕は一階に下りて、リビングにあるテレビのスイッチを点けた。

テレビ画面には、もう見慣れた顔になってしまった枝松長官が、またもや会見を開いていた。どうせ、四号機の火災の件だろうと思っていると、案の状そうだった。

枝野長官の説明では、四号機も水素爆発だと言う。そして、その火災は今も続いているらしい。つまり、イルージョンの放出も続いているという訳だ。

更に、小規模の爆発だとはしたものの、二号機でも水素爆発が起こった事を枝松長官は認めた。朝の六時半だったと言う。

もはや僕は、「水素爆発だから、格納容器は壊れておらず、外にイルージョンは出ていない」だなんて理屈は、全く信じちゃいなかった。問題は、イルージョンの濃度だ。三号機の周辺で毎時四百ミリイル、四号機周辺で百ミリイルという高い値が観測されたらしい。


「イル」というのはイルージョンの略で、イルージョンが人体に与える影響度を表す単位だという。発電所内で観測されたそれらの値は、数時間そこにいただけでも身体からだにかなり深刻なダメージを被るレベルらしい。

枝松長官は、それよりもっと気になる発表をした。

現在、発電所から二十キロ圏内の人に退避勧告が出されているが、今回、新たに二十キロから三十キロ圏内にいる人にも、「建物から外に出ないように」という勧告を政府が出したと言う。


窓を閉じる、換気はしない、洗濯物は外に干さない、そして、できるだけ外気に触れない、外気を直接吸い込まない。

うちは新型発電所から四十キロの距離だから、それには該当しないが、それでも本当に大丈夫なんだろうかと疑ってしまう。


母さんはと見ると、再びパソコンに向かって何かを調べている。時折り小さな叫び声を上げたりして、見てると結構、異様だ。


良いな、母さんはパソコンがあって……。

僕は、そう思わずにはいられなかった。今は、何かをやっていないと落ち着かない。テレビをじっと見ているだけじゃ駄目なのだ。


再び電話の着信音が鳴って、今度は母さんが取った。


「なーんだ、菜摘なつみちゃん……。ええ、良いわよ。でも、気を付けて来るのよ……。うん、待ってるから。それと、お母さんいる? ふーん、そうなのね……。うん、代わってくれるかな……」



★★★



それから五分後、鯨岡菜摘と愛奈あいながやって来た。ほんの五秒の距離なのに、二人共すっごい重装備だ。

その二人の顔を見て、僕は何故か嬉しかった。いつも会ってるというのに、不思議だと思った。


菜摘は、僕の家に入ってくるなり、家にあるゲームのたぐいを片っ端からやりたがった。いつもだったら、「何、こんなの」と馬鹿にするようなボードゲームでも、僕に勝とうと真剣になる。普段からテンションが高い奴だけど、今日の菜摘は、それに輪を掛けてハイテンションだ。妹の愛奈ですら、「お姉ちゃん、ちょっと変」と言い出す程だ。まるで、幼稚園の頃に戻ってしまったみたいだった。

だけど僕だって、たぶん、少しおかしいのかもしれない。普段の僕なら、そんな菜摘に振り回されるのは真っ平ごめんな筈なのに、今日は喜んで付き合ってしまっているからだ。


「瑞希も、ここに来ればいいのに」


何かの拍子に、菜摘が言った。

もちろん僕だって、そう思うさ。それに瑞希だって、退屈してるに違いないんだ。いや、それとも、さっきの僕がそうだったように、目に見えない何かに怯えて震えているのかもしれない。


「でも、ここまでは来られないよ。危ないよ、今は」

「そんでも瑞希は、いつきが迎えに来るのを待ってるんじゃないの?」


そうかもしれない。いや、そうに違いない。きっと瑞希は、僕が来るのを待っているんだ。そして、僕と一緒に避難したがっている。

何故か、凄くそんな気がした。


瑞希の所に行ってやりたい。でも、僕だけじゃどうにもならない。

さっき、電話で翔太が言ったとおりだ。まだ中学生は子供、子供の僕には、何にもできやしない。


「母さん!」


僕は改めて母さんに、「いつ避難するか?」を問い掛けた。

母さんは、何も言わない。困惑している。今まで、僕に一度も見せたことの無い表情だ。


菜摘が、僕達親子をじっと見ている。そして、深く溜め息を付いた。菜摘のような女の子には、全然、似つかわしくない溜め息だった。


「ねえ、樹、もう少し待ってあげようよ。ねっ、トランプしよう。樹の番だよ。ほら、愛奈も待ってるよ」


僕は、菜摘に誘われるままに、トランプのゲームに興じるしかなかった。そういうフリをするしかなかった。



★★★



そうして、また一日が終わろうとしていた。

外は、再び闇に包まれる時刻になっている。雨戸の無い階段の上の窓から外を覗くと、いつの間にか雨は止んでいるようだった。西の方の雲の一部だけが、薄っすらと赤い。


「そう言えば、みんな、お腹が空いたわよね?」


突然、母さんが聞いてきた。確かに、今日の僕は、朝、おにぎりをひとつ食べた切りだ。その後は、何も口にしていない。

菜摘に、「お腹、空いた?」と問い掛けると、「別に」と言う。愛奈はと見ると、大きく首を横に振っていた。「何か食べたの?」と訊くと、やっぱり、「別に」としか言わない。

不思議と僕もお腹が空いていなかったので、そのとおり母さんに答えると、母さんが突然、声を出して泣き出した。まるで、幼い少女のように泣きじゃくっている。


リビングのテレビは、消してあった。愛奈が怖がるからだ。その愛奈がさっき、こんな事を言った。


「もうテレビは嫌い。テレビは嘘ばっかだって、お母さんが言ってた!」


――大人はみんな、嘘付きだ!


僕の頭に、そんな言葉が浮かんだ。確か、菜摘が言ったんじゃなかっただろうか? それとも、映画か何かのタイトルだったかもしれない。


母さんは、まだ泣いている。僕らは、そんな母さんを少し離れた所から見守っているしかない。


やがて、母さんが涙交じりに話し出した。


「情けない。もうお水が無いの。それに、お米だってあんまり残ってない。さっきブログを見てたら、今日から営業を始めたスーパーがあるみたいだけど、そこも午後三時で閉まっちゃってる。それに、こんな時に外なんか出たくない。それに……それに、そもそもこんな所で食事をすること自体、危険なのよ。食べ物に付着したイルージョンが、体内に入って来てしまうわ。今日は浮遊してるイルージョンの量がすごく多いらしいの。たぶん、家の中にまで入って来てると思うの」


母さんが、また泣き出した。下唇をギュッと噛んで、もう声は出さないものの、目から涙が止めどなく溢れ出ている。


「私、本当に情けないわ。食べ物が無いことが、こんなに情けないとは思わなかった。子供に何も食べさせてあげられないなんて、私、親として失格だ。ごめんなさい。ごめんなさい……」


菜摘が言った。


あおいさんは悪くないよ。葵さんはちっとも悪くなんかない。悪いのは、あの発電所だよ。それと首都電力、そして新型発電を推進した政府だよ、ねえ、樹だってそう思うでしょう。樹も何か言いなよ」


でも僕は、どんな言葉も思い付かなかった。僕は、母を慰める言葉を何も知らない。やっぱり僕は、まだまだ子供だ。



★★★



結局、この日は避難できなかった。

菜摘達はしばらくして家に戻り、母さんと僕は何も食べないまま、翌朝まで眠れない夜を過ごした。


僕は、瑞希に電話しなかった。




END026



ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「出発の朝」です。次話から第六章になります。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ