022: 三号機爆発
「お前ら、その恰好、いったいどうしたんだよ。樹と菜摘だって、全然、判らなかったぞ。どう見たって、変質者じゃねえかよ」
そう言って、さっきから僕らを散々コケにしているのは、親友の金森翔太である。
「しょうがないじゃない。樹のお母さんが、『早死にしたくないなら、この恰好しろ』って言うんだもん。アタシだって、こんなの嫌だったんだからね」
いったいぜんたい、どんな恰好かと言うと、頭には耳まで隠れる帽子を被り、目にはスキーのゴーグル、口にはマスク、首に襟巻をして、手には手袋と、とにかく、皮膚が直接外気に触れないようにしてある。更に、その上に僕だけは、いつものパーカーでなくて、昔、父さんが山登りの時に使ってたという白いウィンドブレーカーを羽織っていた。表面がすべすべだから、イルージョンの付着を減らせるからだけど、それも母さんに言わせると「気休め程度」って事らしい。
翔太の部屋には、小さいけどテレビがある。パソコンの前に座った翔太を他所に、僕と菜摘は並んでベッドに腰掛けると、まずはテレビを見始めた。翔太のパソコンは古くて、立ち上げに時間が掛かるからだ。
テレビの内容は、あまり昨夜と変わっていなかった。ガソリンが足らない。スーパーの棚からこんなもの、あんなものが消えてしまった。買い溜めをすると、被災地に必要な物が行かなくなる。必要な物以外は、買わないようにしましょう。誤った情報に惑わされず、正しい情報に基づいて行動しましょう……。
「正しい情報って、いったい何なの?」と、菜摘が聞く。
「正しい情報かあ。たぶん、政府に都合が良い情報の事なんじゃね?」
やっとパソコンを立ち上げて、ゲームを始められる状態にした翔太が答えた。
「でも、実は枝松の奴、家族を海外に避難させてるんだってよ」
僕が「えっ、あの枝松長官が?」と聞き返すと、翔太は他にも様々な裏情報を教えてくれた。全部、昨日、麻衣から聞いた話だそうだ。
「メルトダウンだって、もう起きてるんだってさ。それも、一号機だけじゃなくて、四号機までの全部が危ないらしいぞ。昨日からヤバいって言われている三号機なんて、今日にでも爆発するかもしれないんだってよ」
「えっ、また爆発するの?」「それ、本当?」
僕と菜摘は、顔を見合わせて同時に叫んだ。
「ねえ、今度爆発したら、うちらはどうなっちゃうの?」
心配そうに菜摘が翔太に問い掛ける。珍しく真剣な顔だ。
「さあ、爆発の内容次第じゃねえか?」
細かい事までは、翔太も聞いていないらしい。
その時、テレビ画面が切り替わった。そして、相変わらずくたびれた様子の枝松官房長官が現れて話し出した。
「また、このおじさんなの? こいつの顔、もう見飽きちゃったよ。こいつ、まともなこと何も言わないし……」と菜摘が不満げに言うのを、突然、翔太が制した。
「しーっ、静かに。今度は違うみたいだぞ」
『……午前十一時一分、新型発電所三号機建屋から白い煙が上がっているのが確認されました。推定では一号機と同じ種類の爆発と思われますが、これによりイルージョンが大量に飛び散った可能性は低いと認識しております。発電所の二十キロ圏内にまだ残っておられる方は、至急、屋内に退避して下さい。詳しいデータは現在収集している所ですので、この後の事は、それを待って判断させて頂きます……』
「嘘付きっ!」
菜摘が叫んだ。
「だって、この人、三号機の爆発は無いって、ずーっと言ってたじゃない。もう信じらんない。だから、大人は嫌い。大人は皆、嘘付きだあ!」
興奮した菜摘は、テレビの正面に立って怒り心頭な様子。じっと両手の拳を固く握って、じっと画面を睨んでいる。その両脇に立つ僕と翔太もまた、注意深くテレビ画面を見詰めた。
三号機の建屋から、煙が上がっている映像が映し出される。枝松長官は「白い煙」と言ったけど、どう見たって黒っぽいじゃないか!
建屋がアップになった。それを見て僕は、またもや愕然とした。遠くからの撮影なので少しぼやけてはいるけど、建屋の上部が黒こげになっていて、鉄骨のようなものがむき出しなのが、ハッキリと判る。
「なあ、こんでも俺ら、逃げなくて良いんか?」
さすがの翔太も怯えた表情だ。僕と菜摘は、お互いの顔を見合わせた。もう一度、翔太がボソッと言った。
「でも、麻衣が言うにはさ、高速道路が閉鎖されてるんだってよ」
「何でだよ?」「何それ?」
「これは麻衣の推測なんだけど、俺らを逃がさないようにしてるんじゃないかってさ。ハッピーアイランドから大量に人が逃げていかないように……」
「何で、そんなことするのよ。それじゃあ、うちらは見殺しって事じゃないっ!」
またもや、菜摘が大声で叫んだ。
「首都圏の人達が、パニックを起こさないようにしたいんだってよ。政府もマスコミも、できるだけ国民を刺激しないようにしてるんだ。もしハッピーアイランドの人達がどんどんと外に逃げ出すような事になれば、すぐ南のイーストゲート州北部の人達が不安になって、『逃げなきゃ!』って思うだろ? そうなると、次はトキオも含めたイーストゲート州南部の人達が不安になって、首都圏一帯が大混乱になっちまう。そうやって、どんどんと玉突き状態で不安がニホン中に広がって行くのを、政府は恐れてるんだよ」
翔太の話は、昨日、母さんから聞いたのとだいたい同じ内容だ。
「つまり、うちらなんか、どうなっても良いってことなわけね」
「ニホン政府がそう決めたんだよ。たぶん、俺らは政府から見捨てられたんだ。ハッピーアイランドの二百万人なんて、一億を超えるニホン全体からすると、誤差みたいなもんだしな」
その後、僕と菜摘は家に戻ることにした。時計は正午を回っていたし、三号機の爆発の事も心配だったからだ。
さっきの映像を見れば、やっぱり異常事態だと思わざるを得ない。政府は、もう信用できない。母さんは、どう判断するんだろうか?
僕は、母さんを含む「大人達」の意見を聞いてみたくなったんだ。さっき菜摘は、「大人は皆、嘘付き」って言ったけど、所詮、僕らは大人に頼るしかないのだから……。
★★★
再び僕と菜摘は、さっき、「変質者」と言われた格好をして、翔太の家を出た。
僕らが家のすぐ傍まで来た時、シルバーの小型車がスーッと前から来て僕らのすぐ手前で停まった。そして、僕が『何だろう?』と思う間もなく、助手席から緑川瑞希が飛び出して来た。
「えーと、樹くんと菜摘ちゃんだよね?」
「そうだけど……」
「うわあ、何なの、その恰好?」
瑞希の反応は当然だった。
僕は慌ててゴーグルと帽子をむしり取る。でも、マスクと手袋はそのままにしておいた。僕の隣で、菜摘が僕にならってゴーグルを外した。
瑞希の方は、普段着のままだった。ピンクのセーターの上にダッフルコートを着ている。
「私、お母さんとスーパーに行ってたの。仮設テントの前で二時間も並んだけど、ちゃんとお米とか買えたよ」
おいおい、その恰好で二時間も外に居たのかよ。その間に、三号機が爆発したんだぞ!
本当は、そう言いたかったけど、笑顔の瑞希の前では言えなかった。
「瑞希もさあ、マスクとかした方が良いよ」
僕は、押さえようとしたけど、口調がどうしても刺々しい感じになってしまう。
「爆発したんだよ、三号機。十一時頃だったかなあ」
僕の代わりに、菜摘が言った。
「ばくはつ、したの?」
瑞希は、まだ状況が良く飲み込めない様子だ。
「そうだよ。僕ら、逃げなきゃ」
僕がそう言った時、辺りに仄かな甘い香りが漂った。
「その事なんだけどね、樹くん。もし樹くんのお母さんにお願いしたら、本当に瑞希だけでも連れて行ってくれるかしら?」
END022
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「瑞希の母からの申し出」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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