020: 食糧問題
僕がそっと家に戻ってみると、鯨岡家の三人はまだそこにいた。全員がリビングのソファーに腰掛けて、テレビ画面に見入っている。
普通、こんな時の僕は菜摘の隣に座るのに、今日は誰からも離れて、そっと部屋の隅に立った。菜摘の顔を見るのが、何となく気恥ずかしかったからだ。
僕は、ぼんやりとテレビに目をやった。テレビ画面では、男性のアナウンサーが首都電力による計画停電の情報を読み上げていた。その計画停電とは、電気の供給が少ない中で大規模な停電を予め防ぐ為、地域毎に電気を順番に止めていくことらしい。
一回の停電は三時間程度なのだが、今回は急な決定の為、ユーザー側の対応が間に合うとは思えない。初日に大混乱するのは必須だろう。そんな憶測を交えて、アナウンサーは伝えていた。
電気が来なければ工場も操業できない。中には設備を急に止められない業種もあるので、たとえ三時間でも丸一日工場のラインを止めざるを得ないケースがあるのだそうだ。
「良かったわね、首都圏だけで。こんな状態で、もし電気まで来なくなったらと思うと、ぞっとするわ」
朱美さんの表情には、とても実感が籠っていた。
首都圏でも地震の被害が比較的大きかった地区があるから、そういう所の人達は大変だ。
計画停電の次は、首都圏のスーパーからインスタント食品とかが、どんどんと消えているという報道があった。実際にスーパーの棚に何も商品が無い映像を見せられると、なんか不思議な気がする。
「さっき、葵さんが言ってたとおりになっちゃったわね。やっぱり、ネットの情報って凄いわ。でも、こんな映像が流れちゃうと、逆に、『あたしも買いに行かなきゃ!』ってなるんじゃないの? ああ、うちらって、食べ物が無くて飢え死にしちゃうのかしら?」
「そうね。うちは、お米だったらあと三日分くらいかしら。その後は、もうどうしようもないわね」
「うちも同じくらいかも。まだ余裕があると思ってたんだけど、おにぎりばっかり食べてるから、お米の消費量が多いのよね。まあ、当たり前の事なんだけど……。その後は、もうなるようになれだわ」
「少なくとも明日と明後日は、おにぎりよね」
母さん達の会話を聞いて、僕も不安になってきた。だけど、何故か愛奈だけは、ニコニコ顔だった。
「大丈夫。愛奈、おにぎり大好きだもん」
そんな愛奈を横目で見ながら、溜め息まじりに母さんが言った。
「やっぱり、子供達だけでも何とかしてあげたいわね」
テレビ画面では、『震災の被災者を守る為にも、不要不急の物は買わないようにしましょう』と、コメンテーターが呼び掛けていた。
『買い溜めをすると、被災地に回す食糧などの物資がますます足りなくなってしまいます』
「ねえ、朱美さん、やっぱり逃げましょうよ」
「えっ、逃げるって、避難するってこと?」
「ええ、取り敢えず、私は実家かな。うちの実家、セントラル州のナコヤなの」
「そう言えば、そうだったわね。良いわね。あたしなんか、親戚全員ハッピーアイランドだから、逃げようがないわ」
「一緒に私の実家に来れば良いじゃないの。朱美さん達だったら、大歓迎よ」
「そう言えば葵さんの実家って、大豪邸ですものね」
「豪邸ってほどじゃないけど、空いてる部屋なら充分にあるから、そうしなさいよ。最悪、うちは子供達だけでも引き取るわよ」
「青木麻衣が、オキナワに行ったよ」
僕は、今日の昼間、麻衣から聞いたことを母さん達に話した。
「やっぱり、良いわね、お金持ちは」
朱美さんがしみじみと言う。
「俺は、ここを離れないぞ。いや、離れられないんだ。責任があるからな」
突然、後ろから父さんの太い声が割り込んで来てびっくりした。振り向くと、帰宅したばかりの父さんが、コートを脱いでいる所だった。
「あら、あなた、帰ってたのね?」
「ああ、たった今な」
テレビでは、インターネット上に、新型発電所事故の危険性を大げさに煽る書き込みがされている事を、批判的に伝えていた。昨日の父さんと同じで、「ネット・イコール悪!」って感じの言い方だ。
更に女子アナが、こんな風に注意していた。
『皆さん、噂には惑わされないようにしましょう。信憑性の無い情報をメールで安易に転送したり、他人に広めたりしてはいけません。ぜひ、正しい情報に基づいて行動して下さい』
その言葉を聞いた朱美さんが言った。
「昼頃、テレビに出てた政治家の人も同じような事を言ってたわ。『正しい情報に基づいて行動して下さい』って。その後、その政治家は、『半世紀前のロシアの事故と比べて、今回の新型発電所事故は規模が小さいから、人体への影響は、まず無いだろう』みたいな事を言うのよ。それで、最後にはまた、『落ち着いて行動しましょう』ですって。ねえ、葵さん。何かおかしいと思わない。まるで、何か大事なことを必死に隠そうとしてるみたいで、気味が悪いわ」
やっぱり、朱美さんもそんな風に感じてたんだ。
僕は、母さん以外にも自分と同じように感じている人がいて、何故かホッとした。
「問題は、何を隠しているかって事ね」
母さんが、不気味な声でボソッと言った。しばらくの沈黙の後で、朱美さんが叫んだ。
「あら嫌だ、もうこんな時間。十時過ぎちゃったわ。ほら、菜摘、愛奈、帰るわよ」
ふと隣を見ると、さっきから無口だった菜摘は、既に半分意識が無い様子。
愛奈の方は、ついさっきまで元気だったのに、いつの間にか菜摘の肩に凭れて眠っていた。あどけない寝顔が微笑ましい。
「二人共、ここに置いてったら? 良ければ、そっちの和室にお布団敷くわよ?」
鯨岡姉妹の様子を見た母さんが、そう提案した。
「えっ、良いの? ほら、菜摘どうする?」
「アタシ、もうダメえ。眠~い」
「仕方ないわねえ。じゃあ、そうさせてもらうわ。お姉ちゃんがいれば、愛奈も大丈夫だろうし」
そういう訳で、二人はうちに泊まることになった。と言っても、今日が特別って事ではなく、両家の間では割と良くあったりする。
母さんが布団を敷くと、菜摘は歯も磨かずにそのまま布団の中に潜り込んでしまった。愛奈は、朱美さんに布団まで運ばれて行った。
和室の襖がパシッと閉められたのを合図に、僕は二階へ上がって行った。
★★★
僕は、部屋に入ると緑川瑞希に電話した。すぐに、さっきの公園での出来事が頭を掠めて、「しまった!」と思ったけど、無意識だったのだから仕方がない。
瑞希は、ワンコールで出た。僕は冷静を装って、避難するかもしれない事を伝えた。
『良いな、樹くん、逃げる所あって』
瑞希の親戚は、ハッピーアイランドの中にしかいない。菜摘の所と同じ状況だ。
『それに、お父さん市役所だから、絶対、逃げない。お父さん、今日、機嫌悪いから、逃げる話なんてしたら、きっと叩かれる』
やっぱり昼間、青木麻衣が瑞希の家庭について言っていたとおりの状況のようだ。
「ねえ瑞希、瑞希のお母さんはどうなの? 瑞希のお母さんが良いって言えば、瑞希だけでも僕らと一緒に避難すれば良いよ」
『それができれば嬉しいけど……、樹のお母さん、良いって言うかな?』
「大丈夫、絶対に良いって言うよ」
僕らは、それからも少しの間、たわいもないことを話して電話を切った。
瑞希も僕も、さっきの公園での事には全く触れなかった。僕自身、今となってはあれが現実の事だったのか、あまり自信が無い。
ベッドに入っても、僕はなかなか寝付けなかった。
END020
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「イルージョン」です。次話からは、第五章になります。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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